『記憶~光~』 / 富田 祥子

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年が暮れようとしている。
思いもよらないことが、立て続けに起こった一年だった。

今日を生き延び、明日を生き延びる。明後日を生き延び、明々後日を生き延びる。それを繰り返し、繰り返し、いつか光が差し込んでくる。そう信じて、歩いてゆくしかないのかもしれない。

つらい状況にあるときは、こうは思えないけれど、それでもいつかは過ぎ去った日々のことになる。あまりにもひどい出来事があった場合には、私の分かることではないけれども。

旅の話をしよう。

長い旅だったけれど、それほど怖い思いをしたことはない。もちろん、石を投げられたり、殴られたり、からまれたり、パスポートやお金を取られたり、髪に火をつけられたりといったことはある。でも、怖いというのとは違っていた。強いて言えば、腹立たしいという感じだろうか。

それよりも、私が思い出すのは、しんどかったという感覚だ。日々の移動、たびたび遅れるバス、夜中の宿探し…

旅人は四六時中、観光し、楽しいことばかりしているように思われるかもしれないけれど、全くそうではない。旅は、とりわけ移動の連続だった私の旅は、9割がしんどいことだらけ。その分、残りの1割は素晴らしいのだけれど、その残りの1割にすべてを賭けて、9割の困難を耐え抜くのだ。

例えば、バスでの旅はハプニングの連続で、明るい時間に目的地に着くはずが、いつまで経っても着く気配はない。そのうちに、どんどんどんどん暗くなってきて、22時になっても、23時になっても走り続けている。

その間に感じる心もとなさは、思い出してもしんどくなる。
そして、深夜、ようやくバス停に到着し、見知らぬ土地での宿探しが始まるのだ…
宿を探すのを諦め、ベンチで眠ることもある。

そういうげんなりする状況に遭遇するたびに、もっとも結構よくあるのだけれど、私はいつもこう思って心を奮い立たせていた。
数時間後には、少なくとも明日か明後日には笑い話になると。そう思って、数々の状況を耐えて、やり過ごしてきた。

あれから何度も年が巡り、すべてが遠い日々になり、その間にもさまざまな思いを味わってきた。喜びも、楽しさも、孤独も、悲しみも。

今年は、多くの人がとても苦しい状況の中で、日々を生きてゆかなければならなかったけれど、来年こそは光が差し込みますように。
よい年になりますように。

心を込めて。

 

富田 祥子(とみた しょうこ)
ホームケア土屋 大阪

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