『カティサーク~大航海時代~』 / 富田祥子

19世紀半ば、カティサークは中国から英国へと、はるばる紅茶を届けるために海を渡った。いかに速く進むか、そのために作られたこの帆船はシャープで美しい曲線を有し、大航海時代の終焉を飾るものとなった。

上の写真は、カティサークの帆船模型である。

帆船模型とは、実際に帆船が作られる前に、はたしてその船が航海に耐えうるかなどの構造や装飾を検討するために英国海軍により作られた起源をもつが、いつしかそれは実用を離れ、多くの愛好家をもつ一個の趣味となった。

私は昔、古い本に載っていたカティサークの帆船模型を見て、一目で魅せられ、5年をかけてこの模型を製作した。しばしば休息を伴いながら。

根気のいる作業だった。イタリア語と英語だけの簡単な解説書はあったものの、すべてが手探りで、立ち止まっては製作本を探して研究し、試行錯誤しながら、やり直しを繰り返し、木を買い足し、自分好みのアレンジを凝らし…後にも先にもこの一作しか作っていない。

この帆船をじっくり眺めることは久しくなかったけれど、年初に手入れをすることがここ10年くらいの行事になっている。

新しい年が始まり、帆船を磨きながら、出帆について考えていた。
19世紀、帆船が海の覇権を握っていた頃、それは想像を超える困難とともにあったはずだ。

荒れ狂う海の中で必死に舵を切り、敵国の軍艦とぶつかり合い、壊血病に悩まされ、多くの船乗りが海の藻屑と消えた。時には船と共に。

彼らはそれでも、名誉と栄光のために、あるいは財を成すために、あるいはわずかな賃金を手に入れるために、人生を掛けて、大海原を航海したのだ。

大航海時代は、私にとってロマンそのものだが、当時は厳しい現実そのものだったのだろう。

それでも、彼らが危険を承知の上で帆船に乗り、大海原へと続く道を選んだのは、海の魔力とそのスリルに魅せられたからだという気がしてならない。

彼らの行く先には何があったのか、暗い夜の海で何を見ていたのか。
少なくとも彼らが間違いなく有していたのは、「いま」という時間だったのではないだろうか。

朝の次に昼があり、昼の次に夜があり、夜の次に明日がある。日々、命がけだったはずだ。この先、何が起こるのか、何と出会うのか、知りうる術もないまま、それぞれの目的のために帆を掲げて前に進んでいったに違いない。

そうしてある船は財宝を積み上げ、ある船は戦いに打ち勝ち、ある船は水底深く沈み…何千という帆船が、自らの運命を海の中に見出した。
人もまた。その中でネルソン提督は栄光と共に倒れ、コロンブスは大陸を見つけ、ダーウィンは進化論を生み出したのだろう。

大航海時代ははるか昔に終わりを告げた。しかし、いつの時代にも変わらず、人々は帆を上げて、自分自身の港を目指す。

出帆。この未知なる響きの向こうに、どのような明日が待っているのだろうか。

帆を高く上げて、風とともに前進するロマンに満ちた彼らの旅路を、帆船の埃を払いながらつらつらと考えていた。

 

富田 祥子(とみた しょうこ)
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