社内公募企画「重度訪問介護をやって良かったこと」 / 渡部有真(秋田事業所)

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世間では「カタイ仕事」と言われがちな前職を、私は辞した。あえて、何の仕事をしていたかは記さない。しかしこれから私が書き記す随所には、その片鱗が見え隠れしているであろうから、拝読して下さる方々の想像にお任せしたい。

「気を付け、上司に対し、敬礼。」

機敏な動作から一日が始まる。そんな中での私は、施設内のコンプライアンスの見直しやら官公庁の照会に対する回答案やら行政文書案やら苦情・訴訟関係の書面案やら…なんだかまどろっこしい書面の作成を担当する業務を任されていた。たった一人で。

困ったことに、私がそれらの任を受けるや、怒涛のように次から次へと仕事が舞い込んでくるではないか。とはいえ、そんな状況でも同僚や上司は、誰ひとり手を差し伸べてはくれなかった。

それもそのはず、人間だれしもわからないものには滅法消極的になるものである。ましてこの業界は、後手後手な対応がお家芸のような側面もあり、そんな職場の環境が私には合っていないと思いながら、かれこれ11年の月日が経っていた。

負けず嫌いな私はというと、ありとあらゆる過去事例や現在の情報とにらめっこしては、何遍も何遍も書面案を書き起こしていた。どんなに苦境に陥っても、周囲にはそんな心の内に気づかれたくはないという難解なプライドから「余裕綽々」といった態度を貫いていた。

「自分がやりたい仕事って本当にこれなのか…」

このまま一生この仕事を続けて後悔しないか。いつの日からか私は、そんな事をずっと自問自答するようになっていた。

元はといえば、私も現場を担当する側であったから、とりわけ、現場のつらい叫びなど分かるつもりでいた。現場をよりよい方向に導きたいとの思いで、是正案や対策を必死に起こしていた。無論、コンプライアンスはきっちり押さえながら、である。

しかし結局のところ、一人ゆえに、加えて至極マニアックな仕事ゆえに、誰も理解などしてはくれないし、一度起案が手から離れれば(所内の決済をクリアすれば)、所長の指示や発示に代わってしまうから、誰ひとり感謝などしてくれるものでもなかった。ことさらに感謝されることを望んでいたわけではない。

ただ私は、「誰か」のためにした「何か」で人から「感謝や喜び」を感じたかった。そんな感情が日に日に強くなっていったことは今も鮮明に覚えている。とは言いながら、これまで今一つ一歩を踏み出す勇気がなかった。

理由はほかでもない…閉鎖的且つグルーミーな環境下での特殊な経験、それと普通車免許、これ以外なんにも資格などなかった。そんなこんなでとてつもなく高い壁にぶち当たり思い悩んでいたある日、ひょんなことがきっかけで事態が一転した。

「資格?それは気にしなくていいと思うよ。あるに越したことはないし、今後必要になる場面はあるだろう。でもね、人のために一生懸命に仕事して、感謝されたり頼りにされたりすること。それに必要なのは、ゆうまのその人間性だよ。」

衝撃が走った。

重度訪問介護に出会う前の私に、そんなアドバイスをくれた人物、それが今の直属の上司である。上司がくれたその一言で、私がこれまで持っていた介護職への印象や想像が一気に変わった。

前職では、「人柄はいいんだけどな。」、「人としては悪くない。」などと、職員が職員を揶揄する環境が常だった。だからこそ、上司から私に向けられた「人間性」という言葉が、歪んだ私の心に深く突き刺さった。

「私にとって重度訪問介護をやって良かったこと。」

それは、「誰か」のためにした「何か」で「感謝や喜び」を感じることができること。資格や経験という枠組みを超えて人の笑顔や喜びを共有できることは、私にとって何にも代えられない宝物だと感じている。現在、重訪の仕事に就いてから約5か月が経とうとしている。

無資格未経験での挑戦は、とてつもなく大きな勇気が必要であったが、ホームケア土屋の一員になれて本当に良かった、と良い意味で痛感している。ケア、サービス、手技やノウハウなど、何一つとっても新鮮な学びである一方で、私自身、まだまだ経験不足な面ばかりである。

それでも、新規のクライアントから、ご要望により一つ一つ新たなケアやサービスをさせて頂けた時には、「ほんの少し、心に寄り添うことができたかな。」などと、言葉では言い表せない喜びを感じることが癖になってきている。

今後も、新生土屋の一員として、人間性を生涯勉強していきながら、より一層、まっすぐに・誠実に・丁寧に、クライアント一人ひとりの心に寄り添うことができるアテンダントを目指していきたい。

最後に、支離滅裂な拙い文を拝読していただき、ありがとうございました。全ての方々に感謝の意を表し、末筆とさせていただきます。

 

渡部有真(わたべ ゆうま)
秋田事業所

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