土屋の挑戦 インクルーシブな社会を求めて⑰ / 高浜敏之

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17 リハビリ時代に出会った人たち② Oさんの出産

弟が長年、認知症対応型グループホームのホーム長として働いていた。彼から聞く話に興味を抱いた。私もそんな職場で働いてみたいな、そう思った。

その願いがかない、非常勤スタッフとして週1日ほど東京都内にある認知症対応型グループホームで採用していただいた。そこで出会った、ある女性の入居者さんのことを思い出す。

Oさんはもともと医療関係のお仕事をされていた。ご主人に先立たれ、以来独り暮らしをされていたが、認知症を発症して私が勤務する認知症対応型グループホームに入居された。

自己主張をはっきりとされ、気性の激しいOさんだったが、大の子供好きで、午前中は職員と共に近所の公園を散歩し、砂場で遊ぶ子供たちと交流するのが常であった。

昼食時に差し掛かり、ホームに帰る際にいつもこうおっしゃっていた。

「子供はかわいいね~、私は子宝に恵まれなかったけど、まあその分お父さんとあちこち旅行できたからね~、わが人生に悔いなし、あははは」

認知症の代表的な症状は健忘である。いうまでもなく、この会話は毎日、まるで初めての発言であるかのような新鮮さをもって、リピートされた。

時が経ち、やがてOさんの認知症も進行し、周辺症状も激しくなっていった。それにともない、ホームの男性職員が、Oさんのご主人になる機会が増えていった。

ある日、私が夜勤を担当していたときのこと。突如、Oさんが汗だくになって居室から飛び出してきて、フロアーで介護記録を書いていた私に向かって、切迫した面持ちでこう言った。

「お父さん、早く、早く!!!」

何事かと思い、急いでOさんの居室に向かうと、部屋は散乱しており、ベッド上にバケツと布団が丸められて置かれ、その上に丁寧に布団が掛けられていた。

そのバケツと布団を指さして、Oさんが満面の笑みを浮かべ、私をじっと見て、こう言った。

「お父さん、生まれたよ~、たいへんだったよ~、私、頑張ったよ~、赤ちゃんみて~、かわいいでしょ~」

そのバケツと丸められた布団は、Oさんの赤ちゃんだった。

丁寧に布団が掛けられていた。

その時私は、まだ子供はおらず、数年後に妻の出産に立ち会う経験をすることになるが、とりあえず認知症ケアのセオリー通りに、Oさんのリアリティーの世界に参加して、ありったけの演技力を振り絞って、Oさんのご主人になりすまし

「お母さん、よく頑張ってくれたね~、ありがとう!」と伝え、居室を整理してフロアーに戻り、中断した介護記録を再開した。

入居者さんが寝静まった森閑とした薄暗いフロアーに一人いる私の胸の底から、不思議な感慨がこみあげてきた。

その後、私は勤務していた認知症対応型グループホームを離れ、介護系ベンチャー企業の立ち上げに参加することになるが、その出来事は忘れえない思い出として、鮮明に記憶に刻みこまれた。

しばらくしてOさんが他界された、とかつての同僚から聞いた。

いま私は「パパ、早く、早く!!!」と3歳と1歳になる遊びたい盛りの娘から急かされている。

生と死は季節のように巡る。

私の勤務していた認知症対応型グループホームは、春先になるとエントランスに植えられた黄色いミモザの花が咲き誇り、しばしの散策から帰還する入居者のみなさんを待ち構えていた。

娘たちはいま、私が仕事を終えて自宅に帰り、二人を乗せる亀となって部屋中を歩き回る時を待ち構えてくれているようだ。

 

◆プロフィール
高浜 敏之(たかはま としゆき)
株式会社土屋 代表取締役 兼CEO最高経営責任者

慶応義塾大学文学部哲学科卒 美学美術史学専攻。

大学卒業後、介護福祉社会運動の世界へ。自立障害者の介助者、障害者運動、ホームレス支援活動を経て、介護系ベンチャー企業の立ち上げに参加。デイサービスの管理者、事業統括、新規事業の企画立案、エリア開発などを経験。

2020年8月に株式会社土屋を起業。代表取締役CEOに就任。趣味はボクシング、文学、アート、海辺を散策。

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