『面を打つ①~般若~』 / 富田祥子

  • sns

私は20代前半の頃から、能面を打っています。仕事や旅で休むことも多いので、実質は10年くらいだと思いますが、飽き性の私が10年も同じことをするなんて、よっぽど相性が良いのだろうと思います。

上の面は、みなさんもよくご存じの「般若」です。
般若は海外でも人気が高く、タトゥーにしている人もちらほらいます。

般若には「白般若」「赤般若」「黒般若」と、主に三つの色があり、白は気品が、黒は野獣の凄みがあります。
私が作ったのは「赤般若」で、白と黒の現すものの中間あたりという感じでしょうか。

この般若、魔除けの作用もあるとかないとかで、私は壁に掛けています。姪っ子や甥っ子は、それを見て真剣に怖がるので、なかなか上手くできたかなと、ほくそ笑んでいます。

般若には、なぜ魔除けの作用があるといわれるのか。

般若は嫉妬や怨念を現わす面です。男に裏切られ、捨てられた女が鬼に変わった、鬼に変わるほどの激しい嫉妬心と執着心、凄まじい恨みを写し出す面なのです。
そんじょそこらの鬼では太刀打ちできないので、魔物も逃げ出す面として、玄関に飾る人が多いです。

ちなみに面は、「おもて」と読みます。
面打ちをご存じない方も多いと思われるので、少しばかり説明させていただきます。

能面は真四角のヒノキから作ります。木づちで激しくノミを叩きつけ、ある程度の輪郭を作るところから面打ちは始まります。そして、彫刻刀で仕上げてゆくのです。
ほぼ仕上がると、紙のやすりで表面を整えます。

土台ができると、そこから彩色が始まります。絵具も一から調合します。それを塗り、紙やすりで落としながら微妙な陰影をつける作業を繰り返します。

それができると毛描きですね。眉毛や髪の毛を引き、目と歯に墨を入れ、頬を叩き、唇に紅を差します。
般若などの鬼面では、角を金に塗り、目と歯に銅板を入れて金箔を貼る作業もついてきます。銅板を目や歯に合わせた形にするのは、かなりの苦労を伴います。

そこから、古びた面の感じを出すために、「汚し」をかけていきます。500年経った感を出すためには、汚しをいかにかけるかが重要なポイントとなります。

実はこれ以外にもまだ色々あるのですが、基本はこんな感じです。
かなりの手間暇がかかるので、1作作るのに半年から1年を費やします。早い人でも3カ月かかりますが、これは仕事並みに面を打った場合です。

長い時間、一つの面と向き合うので、自然に自分の想いが面に映し出されます。面と向き合い、対話を重ねるからでしょう。
私はこの般若を打っていて、哀しみをより面に写した気がします。

もとは美しい人だったのです。一人の男を真剣に愛した、純粋な人だったのです。でも、裏切られた。甘い言葉も約束もどこ吹く風と、あっさり捨てられ、男は他の女を選んだ。おそらく地位や金銭に釣られて。

それが女を鬼にしたのです。狂おしい嫉妬心と執着心、喰い殺しかねないほどの壮絶な恨み。愛憎半ばするとは、このことかもしれません。
そして女は鬼になり、いまだその思いは消えず、漂っているのです。

面は鎮魂かもしれません。
面を打つことで、彼女の想いを昇華し、あとには哀しみだけが残るのです。

だから私はこの面を見るたびに、彼女の辛く哀しい魂が鎮められることを願うのです…

と、こう書きましたが、それはただ私が甘いからにすぎないのでしょう。
能面は本当はそんなものではない、もっと凄まじいものです。次回はその話を…

 

富田 祥子(とみた しょうこ)
ホームケア土屋 大阪

  • sns