パリピな母上様とオタクの娘 / 鶴﨑 彩乃

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親子の遺伝子とは、似てほしいところが似なくて、「そこはいらん!」と声を大にして言いたいところが似るという、なんとも神様のいたずら感がにじみ出ている作用だと思う。

母と祖母のエピソードで私が1番好きなものがある。それは、母が学生のときのことで、ある日、リビングの机の上に母宛のラブレターが放置されていたらしい。母曰く、興味がないとのこと。私も一度、そう言ってみてぇ(独白)。

それを母に気づかれないようにそぉーと、祖母が開封し、中身を確認した上でまたもや、そぉーと現状回復を行っていたということを母から聞いていた。ってことは・・・ばれてる!ばぁちゃん。

母は、超のつく美人。祖母は心配だったんだろうな、としみじみ思う。

私は、母方の祖父母のことは記憶にはない。しかし、母がすごく愛おしそうに「おかあちゃんとの思い出」として話すので、こちらは聞いていてほっこりするし、それを「昔のモテエピソード」として使用しないあたりが、娘にさえ「この人、ホンマにモテたんやなぁ。」と実感させてしまう理由だろう。

母の仕事は、ホステス。私が生まれたときは高級クラブのママで、母子家庭でもあった。そのため、「なんでみんなあたしのママをママって呼ぶん?」とプンスカしていたと思う。幼いからこそ母をお客さん達にとられたと嫉妬していたのだろう。

母は、前期高齢者がベテラン化した今でも居酒屋の店主である。そりゃあ、大抵の人と5分もあれば友達になってしまうという才能と、人を吸い寄せられるダイソン並みの吸引力を持ち合わせていれば、天職だろう。

それに加えて、困っている人を放っておくことができず、「いっちょ、任せなさい。」と何でもかんでも引き受けて、「大丈夫かな?」という私の心配をよそに、当の本人は清々しい顔でニッコニッコして帰ってくるのだ。本当勘弁してほしい。

そのため、人望がえげつない。そういうところも全部ひっくるめて、母は、パリピだと思う。

一方で娘である私はというと、美人ではない。父方の祖母も、母方の祖父母も美人・イケメン揃い。いとこも美人率高めなので、親戚の集まりで「私だけ配合ミスられてる。」としみじみ思うのは極秘事項である。

まぁ、自分のメンタルに影響を及ぼすほど、自分のルックスに嫌悪感はないので良しとする。しかし、髪の毛も含めた「容姿」に関するところには、できるだけお金をかけずに一生を終えたい。

その代わりに私がお金をかけたいところ。それは「オタ活」だ。日本史・漫画・アニメが好きで、そこそこのガチ勢のため欲しいものは割と多い。

母には、「ビアスや服とか買ったら?」と言われていたが、私はどうもそっち方面は向いていないらしく、テンションがまったく上がらなかった。

高校のときせっせとお金を貯めて、7万円ほどした「大河ドラマ 篤姫」のDVDBOXをやっと手に入れたと、勝ち誇った顔で母に伝えたらドン引きしていた。母よ。オタクとはそんなもんだ。

ある意味、正反対の性格の娘ではあるが、母の影響を受けているところもある。それは、「多様性の尊重」と「障害に対する考え方」だろうか。

母のお店には、セクシャルマイノリティの人、障害とはされていなくても生きづらさを抱えている人・外国人等、色々な人が来ていた。そして、笑っていた。

そこに私がたまに行くと、ニコニコして輪の中に入れてくれた。そこで、私は「世の中」という狭くて広い不思議な世界を感じたのである。

人には、色々な考え方があって、否定するだけでは、人生はつまらないこと。自分で学び、人に尋ね、できるだけ広い視野を持ち、自分の頭で考える。それを私に教えるだけでなく、母は常に体現していた。

母は私の障害に関しては、冷徹なほどシビアだった。「障害者ということだけで、甘えていいことにはならない。」「自分が障害者であることを自覚して、人生を自分の足で歩んでいきなさい。」と常に言われて育った。

少しでも甘えたり、傲慢になると完膚なきまでに論破されるため、「この人は鬼かな。」とよく思ったものだ。

しかし、そういった母の教育方針があったため、精神的に誰かに依存することなく自分で考え、行動するということが私の中で自然に身についたと思う。この母に育てられたから、私の根幹ができたのだろう。

 

◆プロフィール
鶴﨑 彩乃(つるさき あやの)
1991年7月28日生まれ(計算不要)

脳性麻痺のため、幼少期から電動車いすで生活しており、神戸学院大学総合リハビリテーション学部社会リハビリテーション学科を卒業しています。社会福祉士・精神保健福祉士の資格を持っています。

大学を卒業してから現在まで、ひとり暮らしを継続中です。
趣味は、日本史(戦国~明治初期)・漫画・アニメ。結構なガチオタです。

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