トリアージ / 佐々木 優

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洗濯したばかりの私のTシャツを頭からかぶり、「パパー!」と叫びながらよちよち歩きでふところに飛び込んできていたあの長女が、今春、高校を卒業する。

彼女は今もなお進路に悩みながら、大学のオープンキャンパスへの参加や受験で私と行動を共にしてきた。彼女にとっては一大イベントで、私にとっては愛娘との小旅行。

親父はのん気で申し訳ない。

コロナ禍になるまで、彼女は機会を見つけては福祉施設でのボランティア活動に出かけていた。高齢者や障がい者とのふれ合いのなかに何かを見つけたのか、帰宅しては私に笑顔で報告して質問を投げかけた。福祉業界にいる私は、そんな彼女とのやり取りがたまらなく嬉しかった。

進路を考えるとき、彼女のなかでもともと抱いている建築デザイナーへの夢と、一方で湧いている医療福祉分野への興味とが競い合っているようだった。

ある日、私は彼女に意地悪な質問を投げかけてみた。

「ねぇ、りん。例えば、りんが困っている人のお世話をしに行くとしてさ、めちゃくちゃ遠くに住んでて、しかも何も貰えないかもしれないけど、すごーく優しい人と、すぐそこに住んでいて好待遇だけど、よく怒られる怖い人がいるとしたら、りんならどっちの人の家に行く?」

突拍子もない質問に少し驚いた表情をしたあと、私をじっと見つめて彼女はこう言った。

「両方を助けに行くよ。だって二人とも、困っとるやん。」
「その人がどんな人とかどこに住んどるとか、私が助けることに関係ないもん。」

私しばらく言葉が出なかった。なぜなら、どちらかを【選ぶ】はずだと思っていた彼女が【両方を助ける】という答えを出すとは予想していなかったからだ。同時に、私の愚問をたしなめられた様な気がして恥ずかしくなった。

親父は娘の成長を喜んだ―――

コロナ禍にある今、この日本でも【命の選別】が始まろうとしていると聞いた。

海外ではすでに医療は崩壊している地域もあり、不足する人工呼吸器を取り合うような状況下にあると報道されている。
私が携わる重度訪問介護サービスのクライアントのなかにも人工呼吸器のユーザーは多い。彼、彼女らの日々の暮らしの命綱は人工呼吸器である。

命綱を外される人がいて、それを使って生きながらえる人がいるシーンを想像してみる。

同じ命の前に【生産性】を盾に残酷な選別が行われ、医療現場が倫理的な修羅場と化すのであれば、これはまったくの悲劇でしかない。私は目を覆いたくなる。

「両方を助けに行くよ。だって二人とも、困っとるやん。「その人がどんな人とかどこに住んどるとか、私が助けることに関係ないもん。」

確かに、休日の昼下がりにリビングで交わした親子の言葉遊びにも似た会話のやりとりは、生死が入り乱れる地獄のような環境下でくだされる苦渋の決断とは対極にあるかも知れない。

しかし、常時であっても非常時であっても、我々の身体の中には常に赤い血が流れている。どんな時でも必ず心にタマシイは宿っているのだ。

我々は非常時のどさくさにあっても押し流されてはならない。
不都合から目を背けてはならない、聞こえないふりをしてはならない。
冷静になれば【命の選別】など、決してできるはずがない。

足の指で土を思いっきりかみしめて、ありったけの誇らしさとともに、生きたいという声に耳を傾けて、人類の叡智(えいち)をもってとにかく助けようではないか。

私が慕うある篤志家はこう言っていた。

「使命とは、命を使うと書きます。何のために自分の命を使うのか、それが大切です。」

私は私の命を、一生懸命に生きようとする目の前のクライアントの命を繋ぐために、守るために使いたい。そして、こんな私をいつも支えてくれる大切な仲間のために使いたい。

何でもないような日常を重ね、穏やかに家族と過ごす日々。友人らと、会社の仲間らと集まり、飲み歌い、笑いあう賑やかな歓楽街。これらはすでに遠い昔の記憶にも思えてきた。

まさかこんな混沌とした時代が訪れるとは誰も予想だにしなかっただろう。

でも私は、懐かしい過去を取り戻すより、未来を掴むためにこの足を踏み出したい。

きっと誰にもできるはずだ、人間はそれほど捨てたもんじゃない。

 

佐々木 優(ささき まさる)
ホームケア土屋 四国

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