土屋の挑戦 インクルーシブな社会を求めて⑲ / 高浜敏之

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19 治療行為としての支援

多くの人がそうであるように、私の心と体にもいくつもの傷がある。この傷は、私たちの思考と行動の形を作る。この傷が深く、また放置され化膿してしまった場合、その人の思考パターン、行動パターンはいびつなゆがんだものになるだろう。私の思考や行動がゆがんでいったように。

傷は外部からやってくる。では私たちの思考や行動は、傷によって運命論的に決定され、そこからの自由と自己変革は諦めるしかないのだろうか?

人は自分自身の傷を自覚し、向き合い、その痛みから快癒することによって、新しい思考と行動を獲得できると、私は信じている。

信じたいと思っている。

貧困と病をサバイブした両親に育てられ、傷だらけの両親が自己防衛から身に着けた強迫的思考は私にも継承された。いびつなまでに「らしさ」にしばられ、傷だらけになった私の心と体は、そこからの解放を求め、様々な対象にアディクトしていき、生き難さが深まっていった。

しかし、あの時は酒やギャンブルは必要だった。がんじがらめになった自分を見えないバリアから解き放つためには、必要だった。

アディクションはバリアフリーの手段だった。精神医療でも言われる通り、アディクションはある種の治療行為だった。ドラッグという単語が示すように、それは薬と毒という両義性があった。若かりし日の私にとって、酒やギャンブルは、毒であり、薬でもあった。

年齢を追うごとにアディクションは深まった。生き難い時間の中に束の間の休息をもたらしたものの、知らない間に自身の心と体はますます追い込まれていっていた。薬であると理解はしていたが、毒でもあるということは、無意識に否認していた。認めてしまったら、大切な薬を手放さなければならないから。

そんな最中に、障害を持った人たちと出会った。介助のお仕事と出会った。権利回復運動と出会った。心が震えた。これだと思った。おそらく、私の心の奥に潜む傷が、新しい治療薬を発見したと思ったに違いない。しかもこの薬はどうやら酒やギャンブルのような毒性はなさそうだ。副作用が弱いドラッグ。真剣に取り組み始めた。

身体のケアをすることを通じて、私の心がケアされた。傷からの快癒を感じた。ケアをする手は優しくなければならない。優しく触れることを通じて、心の奥の化膿した傷口が優しく手当されるような感じがした。

差別と抑圧を生き延びて、権利を求めて闘う障害者運動のリーダーたちの姿を見て胸が高鳴った。

強い男の子に育てようと必死になった母に、躾という名の暴力を振るわれた小さな私、「貧乏人!」とみんなから揶揄され、気が弱く悪ガキからいじめられた幼き日の私、復讐の鬼と化したかのように暴力を伝染させ、他者を傷つけた思春期の私、集団暴行を受けて立ち上がることも、身動きすることもできなくなった私、他者を傷つけ、傷つけることによってさらに己の傷を深めていった私、そんな傷だらけになって、だけどその外圧を撥ね退けるにはあまりにも無力だったかつての私を、差別や抑圧を受けた障害者に投影していたかもしれない。

しかし、彼女たち/彼らは、無力ではなかった。屈服することなく、声を上げ続けた。そして、その声は、社会を変え、新しい世界を作った。心が震えた。そんな彼女たち/彼らの闘いにコミットさせてもらうことにより、私の中の無力な小さな私が、力を回復した。これこそエンパワーメントだ、と思った。

路上に倒れ伏す、私の中の小さな私、が蘇り、立ち上がり、声を取り戻すのを感じた。

介助と運動、すなわち支援は、私にとっては、自分自身の傷を癒す治療行為でもあった。

のめりこんでいった。

しばらくアルコールへの依存という治療行為と、支援という治療行為の併用だった。しかし、35の春、底つき体験がやってきた。生活が破綻した。前者を手放さなければならなかった。手放す決断をした。

その結果、自分自身の傷とその傷によってコントロールされたゆがんだ思考と行動を認め、受け入れ、名づけ、語り、そして同じような傷を持った仲間の物語に耳を傾けるという、新しい、かつ最も本質的な治療行為と出会った。治療共同体のメンバーとなった。

終わりなき物語が始まった。私たちは傷の上空を、何度も何度も、旋回し続けた。その傷の正体をできるだけ曇りない眼差しで見るよう努めた。

この傷がもたらすパターンからは少しずつ解放されつつある。しかし、この傷が一生閉じることがないということもわかってきた。寛解はあっても、完治はないということがわかってきた。

むしろ最近は、傷ついたものの可能性、傷ついたものの責任ということを意識する。精神科医ジュディス・ハーマンが名づけた「サバイバーズミッション」というやつだ。

傷を生き延びた者たちには傷ついたがゆえに与えられた使命がある。傷は他者の傷に共振するスペースを作る。傷ついた人は、より一層傷ついた人に対してコンパッションを抱くことができる。リンチされ、独り薄暗い廊下をとぼとぼと歩いていた私に、困惑した表情で「だいじょうぶ?」と声をかけた彼もやはり、傷ついていたのかもしれない。

難病の方々、強度行動障害の方々に、共感と理解をもって、心を震わせながら真摯に寄り添う仲間たちも、傷ついているのかもしれない。障害者のケアや障害者運動やソーシャルビジネスにフルコミットしてきた私が傷ついているように。

傷ついた私たちは「サバイバーズミッション」を担っている。傷ついているがゆえに傷ついた人へのコンパッションを抱き、傷ついた人をケアすることにより自らの傷から回復しようとしている。傷からの回復プロセスは、社会変革プロセスと折り重なる。

治療行為としての支援を通じて、私たちは新しい社会を創造しようとしている。

私たちはサバイバーズミッションを抱いた傷だらけの仲間たちの治療共同体だ。

そう思っている。

 

◆プロフィール
高浜 敏之(たかはま としゆき)
株式会社土屋 代表取締役 兼CEO最高経営責任者

慶応義塾大学文学部哲学科卒 美学美術史学専攻。

大学卒業後、介護福祉社会運動の世界へ。自立障害者の介助者、障害者運動、ホームレス支援活動を経て、介護系ベンチャー企業の立ち上げに参加。デイサービスの管理者、事業統括、新規事業の企画立案、エリア開発などを経験。

2020年8月に株式会社土屋を起業。代表取締役CEOに就任。趣味はボクシング、文学、アート、海辺を散策。

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