人工呼吸器を付けますか? -ALS患者さんとの出会いー② / 田中恵美子

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前号で触れた調査は、1999年9月に始まり、2000年3月まで続きました。3つの地域で合わせて11人の患者さん、9人のご家族、12人の医療関係者にお話を伺い、それらとその他のトピックスをまとめた本が2004年に出版されています。

だいぶ古い本になりましたので、状況は大きく変わっているところもありますが、変わっていないところもあります。

今でも記憶に残っている患者さんの一人は雪深い山奥の自宅に暮らしていました。私たちとお会いした時はすでに人工呼吸器を装着していらっしゃいました。そのため基本的にはパートナーである妻が病気の経過についてお話してくださいました。

発症から人工呼吸器装着まで2年と進行が比較的速く、年齢もまだ50代と若かったので、とにかく生きるために人工呼吸器の装着を決めました。
そしてインタビュー当時は、訪問看護・介護も利用していましたが、基本的な介護の担い手は妻でした。特に夜間はほとんどすべての介護を妻が行っており、時々レスパイトのため病院に短期入所しながら在宅生活を続けていました。

一通りお話を伺って、ご本人に文字盤を向け、「今日はありがとうございました。何か伝えたいことはありますか」とお聞きした時のことでした。
私たちは覚えたての文字盤を使いながら、インタビューの際にできるだけご本人からお言葉をいただきたいと思っていました。読み上げながら文字を追う私たちの言葉が詰まりました。

「い・き・る・も・じ・ご・く・し・ぬ・も・じ・ご・く」

すべての思いがこもった言葉でした。

雪道を迎えに来た担当医の車で、私たちは言葉を失っていました。涙があふれてどうしようもありませんでした。彼は今どんなにつらいのだろうか。

担当医は生きるために医療を受けるのは当たり前であり、当然人工呼吸器は生きるための道具であるから、つけることが当たり前という方でした。当時としては、あるいはもしかしたら今でも珍しい方かもしれません。

そう、医療は生きるために受けるもの。どんな時も医療は命をつなぐために最善を尽くす。そう考えれば人工呼吸器を装着するのは当たり前のことです。しかし、ALS患者の場合、人工呼吸器を装着するかどうか、医師が患者に確認します。植竹さんの問いはそこにありました。

生きるか死ぬかという究極の問いを医療者が患者に向ける、そんな場面は他の病気にはないと。

しかもつけるとなれば、前回の患者さんのように「病院を次から次へとめぐるジプシー(*)暮らしか」あるいは「24時間続く過酷な介護を自宅で受けるか」、どちらも「細い細い蜘蛛の糸をつむぐかのようにわたりながら命をつないでいく毎日になる」(植竹 2004:5)のです。

ハッキリといえることは、この療養環境を変えることです。家族に介護の負担を強いるのではなく、社会が負担する仕組みを作ること。残念ながら仕組みはまだ今日でも作られているとはいいがたいのです。

2021年1月25日の毎日新聞は、長野県信濃町でALS患者の小林さゆりさんが行政から必要な介護量を支給されず、裁判を起こしたとあります。20年近い月日が流れても未だに変わらない状況を何とか変えていく必要があります。

 

(*)今は「ロマ」と呼称されるが、あえて発言者の言葉「ジプシー」のママとした。

引用:「#自助といわれても 町から届いた冷酷な順序 ALS患者でさえ家族介護を求める行政の“誤解” 毎日新聞 2021年1月25日
https://mainichi.jp/articles/20210123/k00/00m/040/138000c

 

◆プロフィール
田中 恵美子(たなか えみこ)
1968年生まれ

学習院大学文学部ドイツ文学科卒業後、ドイツ・フランクフルトにて日本企業で働き2年半生活。帰国後、旅行会社に勤務ののち、日本女子大学及び大学院にて社会福祉学を専攻。その間、障害者団体にて介助等経験。

現在、東京家政大学人文学部教育福祉学科にて、社会福祉士養成に携わる。主に障害分野を担当。日本社会福祉学会、障害学会等に所属し、自治体社会福祉審議会委員や自立支援協議会委員等にて障害者計画等に携わる。

研究テーマは、障害者の「自立生活」、知的障害のある親の子育て支援など、社会における障害の理解(障害の社会モデル)を広めることとして、支援者らとともにシンポジウムやワークショップの開催、執筆等を行い、障害者の地域での生活の在り方を模索している。

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