奇妙な経験 / 古本聡

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ロシアという国は、帝政時代から旧ソ連時代を経て現在でも「不思議の宝庫」と呼ばれてきた。ともかく、日本や西欧諸国ではありえないことが起こるのだ。私も10年近くをあの国で過ごしたので、そういう“不思議”には何回も遭遇した。

例えば、モスクワの目抜き通りを、サイドカーにツキノワグマを乗せて爆走する爺ちゃんバイカー、盗難・悪戯防止策として冬の間はマイカーをせっせと雪に埋めていた愛車家過ぎるオジサン、零下20℃くらいの日に、寒さで粘度が上がってしまったエンジンオイルを加温するために車の真下で焚火を起こしていた運転手さん、新年が明けたからと飾っていたモミの木を8階の窓から丸のまま投げ捨てていたウチのお手伝いさん、黒猫に行く手を横切られた(不吉なことがある予兆)から今日は有休をとると電話してきた父の秘書さん、・・・等々、枚挙に暇がない。

今日は、そんな奇妙な体験の中でも、比較的ロシアに詳しくない方でも笑えたり、私の気持ちを分かっていただけそうなエピソードを紹介してみたいと思う。

その①『高速道路を横断する○○』

モスクワに住んでいたころ、たまに、母の運転で郊外をドライブしに出かけた。

モスクワの町をぐるりと囲むように、都心(クレムリン)から40キロくらいの距離にある環状高速道路(高架構造ではなく、地表に敷かれている)を気持ちよくクルージングしていた時のこと。300mくらい前方にある、道路右側の森の中から、ソレは巨体を現した。

轟音を立て、真っ黒のディーゼル排ガスを吹き出しながら、そして周りの木々をバキバキバキバキと薙ぎ倒しながら・・・。

しかも、いきなり・・・、そして結構な迫力で。

ソレはコレだった↓

T-55型中戦車。中戦車といえども、普通乗用車と比べればその車体は相当にデカイ。ソレがその巨体を現し、悠々と道路を斜めに横断、左側の森に突入して消えていった。

私が乗っていた車は急ブレーキでつんのめりそうになりながらようやく停車した。唖然としたまま親子でソレを見送るしかなかった。

その間、大砲の発射口はずぅ~っとこちらに向けられていた ・・・ ような気がする。

そう言えば、別の日に同じ環状高速道路をかなりの速度で走っていた時、ふと横を見ると、道路に沿った畑地を戦車がほぼ同じスピードで並走していたこともあったっけな。戦車って結構速い。

その②『見ちゃったよぉ~^^;;』

これもモスクワでのこと。

夏休みのある日。暇なので母の買い物に同行した。目的の店の前には、当時のモスクワ名物だった、買い物客の長い行列ができていて、私は路駐した車の中で待つことに。モスクワの大きな通りには必ず、歩道と車道との間に緑地帯があって、夏の日差しが強い日は木陰に停めた車内で居眠りするのがすこぶる心地よいものだった。

そのとき、私が乗っている車の真横にあった芝生帯に、田舎から出てきたそのままの恰好(頭にはスカーフ、着古したブラウス、そして踝まである長いスカート)の女性が立ち入ってきた。年齢は50歳くらいだったろうか、年季の入り過ぎたマトリョーシカといった風情。

何するのかなぁ・・?と、ボーっと眺めていたら、その女性は・・・、
まず、威風堂々とした動作で両足を肩幅にひろげ【やや古いが、オードリーの春日のように】、次にスカートの股間辺りを、前側は右手で、後側は左手でつまみ、体からやや引き離したと思いきや、そのまま中空の一点を見据えて蝋人形のように固まった。その眼差しは、恍惚としているものの、どこか真剣さを漂わせるのであった・・・。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(約1分間)

ふとその人の足元に目をやると、キラキラと夏の陽光を反射させながら、水たまりがジュワァ~~~~と、広がっていくのが見えた。

うわぁぁあああ~~・・・・ かんべんしてよぉ~~~^^;;;

と思った次の瞬間、その人は「ポンッ、ポンッ!」と軽くその場を飛び越して、さっき出てきた店の扉にまた入って行った。何事もなかったかのように。

ただただ、ポッカ~~~~~~~~~~~~ン(呆)、であった。

ちなみに、日本でも同様なシーンを高速のSAで目撃したことがある。

その③『目が合っちゃったよぉ~・・・><』

ロシア式の葬儀では、亡くなった方の自宅ないしは別の納棺場所から埋葬場所まで基本的に棺のふたは閉めずに人の手で運んでいく。そして、さすがに都市部では霊柩車を使うようになっていたが、当時はまだ、モスクワでも郊外の方だと、近親者とごく親しかった友人ら数名が棺を担いで葬列を成して墓地まで運ぶ習慣が残っていた。

その際、棺内の故人は晴れ着(最も派手な)に身を包み、周りは花々で埋め尽くされる。

真冬のある日、車で郊外に出かけた際、そんな葬列に出くわした。

棺は赤く、その縁からラメの入った薄ピンク色のショールがヒラヒラと微風に吹かれてフワリフワリと見え隠れしていた。葬列の人たちの年齢層から、数十メートル先でも運ばれていた故人が女性で、しかも若い人だと分かった。

空は抜けるような晴天だったが、気温はマイナス15~20度。路面はアイスバーンになっていて、その上をサラサラ雪が乾いたチリのように風に運ばれていた。

スリップを用心して、車は減速しながら葬列に近づいて行き、葬列に追いついたころにはほぼ徐行速度になっていた。

車がソロリソロリと進んで行き、棺と並んだ瞬間のことだった・・・。
棺を担いでいた男性の一人が何かに躓いたのか、あるいは寒さで足の力が抜けたのか、突然ガクッと膝を落とし転びそうになった。

すると、次の瞬間、棺が車の方に、しかも私が座っていた後部座席の方に、ガタンッと音を立てて大きく傾いたのだ。

私が乗っていた車は急停車した。

ブレーキングの反動で倒れた体を起こした直後、あることにハッと気がついた。真っ白な顔に深紅の口紅、仄かにピンクの頬紅の、表情の無い顔が棺の中で斜め横向きになって私の視野に飛び込んできたのだ。

そして、見開いたまま焦点を失った、真っ青だがガラスのように透明感のある瞳が二つ、私にまっすぐ向けられていた・・・。

暫くの間、私は、凍りついたように、視線をそむけることができなかった。

「幸運が訪れるよ。」

と翌日、ロシア人のお手伝いさんに言われた。そういう迷信があの国にあったのか、あるいはただの慰めの言葉だったのかは、いまだに分からないでいる。

 

◆プロフィール
古本 聡(こもと さとし)
1957年生まれ

脳性麻痺による四肢障害。車いすユーザー。 旧ソ連で約10年間生活。内幼少期5年間を現地の障害児収容施設で過ごす。

早稲田大学商学部卒。
18~24歳の間、障害者運動に加わり、障害者自立生活のサポート役としてボランティア、 介助者の勧誘・コーディネートを行う。大学卒業後、翻訳会社を設立、2019年まで運営。

2016年より介護従事者向け講座、学習会・研修会等の講師、コラム執筆を主に担当。

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