土屋の挑戦 インクルーシブな社会を求めて⑳-1 / 高浜敏之

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20 離脱の時 ①

株式会社土屋は2020年8月に設立され、11月に事業を開始した。スタートした時点で従業員が800人以上いて、北は北海道から南は沖縄まで、日本全国で重度訪問介護事業を展開する、業界のリーディングカンパニーの一つだ。出帆したばかりで業界最大手となった。ならざるをえなかった。私たちは特異な経緯のもと生まれた会社だ。

私たちはもともと、ある介護系ベンチャー企業で重度訪問介護のサービス提供事業を立ち上げから担ってきた。その会社を私が離脱し、新しい組織を立ち上げようと決意した、あるいは決意せざるをえなかったのは2020年7月半ばである。思いついてから1か月で立ち上げたのが株式会社土屋である。

介護を受けたくても受けることができない人が、まだまだ日本中にたくさんいる。ケアニーズが満たされないために、当事者が、家族が、友人が、どれだけ追い込まれているか、それは当事者運動のアシスタントを長年務めてきた私にとっては、想像するのは難しいことではなかった。

1970年代、日本の障害者運動の幕開けの時代、重度訪問介護というサービスはもちろん存在しなかった。障害者を支える福祉制度は、施設、しかなかった。しかもその施設を利用できる人は、ほんの一つまみだった。

ケア負担に追い込まれたなかで絶望にくれた家族は、無理心中という選択を選ばざるをえなかった。その結果、多くの障害を持った人たちの命が失われた。多くの障害当事者が、家族によって殺され、しかも命を殺めた家族には「気の毒」という同情票が集まり、加害者は無罪放免となることもあった。

施設に入ることにより、家族の負担が軽減された。しかし、そこは人間的な生活を営める場所ではなかった。プライバシーは全く保障されず、異性介護も当たり前で、男性介護者が女性の障害者の入浴介護をすることも日常風景だった。トイレに行きたいといっても2時間以上待たされ、自己主張すれば全て「わがまま」と定義され、既読スルーが当たり前だった。

医学的実験のモルモット替わりにされることもあり、旧優生保護法のもと強制不妊手術すら行われた。個人を尊重する近代民主主義国家としてはありえないようなことが、当たり前の世界だった。このありえなさに対する抗議から、障害者の自立生活権が確立され、重度訪問介護サービスが生まれた。

こんな昔話が昔話でなく、現在進行形の出来事であるということを、事業の立ち上げと同時に知ることになった。木村さんや新田さんや安積さんが取り組まれた運動が、未完のプロジェクトであるということを、障害者運動に回帰した2014年に再認識した。

この未完のプロジェクトを完成に近づけることをミッションとして、ビジネスモデルを大胆に活用しながら、介護を受けたくても受けることのできない人たちが日本中にまだまだたくさんいるという現状、すなわち介護難民問題の解決のために、まさに日本中を仲間たちと共に奔走してきた。

そして、問題解決は一歩一歩着実に進んでいった。数多くの方々から「土屋さんがいてくれたおかげで、地域で生活することができた。本当にありがとうございます。」という感謝のお言葉をいただいた。

その言葉こそが最大のプレゼントだったが、もう一つ私たちの取り組みの進捗状況を実感させてくれるものがあった。それが「数字」である。

総利用者数、総サービス提供時間数、総従業員数、そして総売り上げと総利益。

これらは、私たちがどれだけ多くの方々に、どれだけ多くの時間サービスを提供し、その結果どれだけ多くの方々の雇用が生まれ、それが事業の持続可能性を保ちながら進められているか、という私たちの社会貢献のボリュームを測る指標だった。この指標を定期的に仲間たちと点検する中で、私たちのミッションの進捗と完成度をセルフチェックすることができた。

しかし、いつの間にか、この指標に過ぎない数字が、結果ではなく目的になってしまった。介護難民問題の解決が目的で、その指標が売り上げなどの数字であったはずが、売り上げや利益の最大化が目的となってしまい、私たちのミッションが付随的な結果になってしまった。

鶏が先か、卵が先か、の違いに過ぎない。結果よければ全てよし、と自分たちに言い聞かせていた。自分たちをごまかし続けてきた、といっても過言ではない。しかし、この優先順位の違い、は事業との取り組み方に現れてきた。

ステークホルダーからの厳しい評価が方々から聞こえてきた。気にならないことはなかったが、売り上げの最大化は問題解決の最大化だと自分自身を説得し、見て見ぬふりをしてきた。自己欺瞞が深まっていった。

 

◆プロフィール
高浜 敏之(たかはま としゆき)
株式会社土屋 代表取締役 兼CEO最高経営責任者

慶応義塾大学文学部哲学科卒 美学美術史学専攻。

大学卒業後、介護福祉社会運動の世界へ。自立障害者の介助者、障害者運動、ホームレス支援活動を経て、介護系ベンチャー企業の立ち上げに参加。デイサービスの管理者、事業統括、新規事業の企画立案、エリア開発などを経験。

2020年8月に株式会社土屋を起業。代表取締役CEOに就任。趣味はボクシング、文学、アート、海辺を散策。

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