小さな私を抱きしめて ~~ 母が私にしてくれたこと、しなかったこと~~ / 安積遊歩

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3回前のブログで、母と学校教育のことを書いた。しかし母と私の関係には、それ以外のことがもっともっとあった。だからもう少しそのことを書いてみることにする。

「不審者」という言葉がある。しかしこの言葉が蔓延してきたのは、私にとっては最近のこと。オウム真理教の映画を撮った森達也さんも言っているが、彼らによる地下鉄サリン事件が起こってからのことだ。だから、まだ四半世紀にもならないくらいなのだ。にもかかわらず、人々の心の中にこの言葉はずいぶん強固に根を張ってしまったのではないだろうか。

私の母は「不審者」を知らない人だった。つまり母にとっては、不審者は見知らぬ他人であるだけで、見知らぬ人はイコール不審者ということではまったくなかった。私の生まれた時代には、乞食さん(敢えて当時の表現の使う)と呼ばれる人たちが家を一軒一軒訪ね歩いていた。家を回って何をするのかというと、食べ物やお金をねだるのである。いまだったら、完全に不審者と呼ばれるだろう。いまは玄関に鍵を掛けている家のほうが多いだろうから、乞食さんがドアベルを鳴らしたとしても門前払いを食うだけだろう。

ところが母は「乞食」と呼ばれる人に親切だった。私が物心ついてからの記憶の中では、30くらいあった小さな市営住宅の中で、彼女が一番乞食さんに対して謙虚に丁寧に迎え入れていた気がする。もともと、その頃の市営住宅の中で玄関に鍵を掛ける人はまったくいなかったけれど、しょっちゅう来る乞食さんたちにいちいち丁寧にお金やおにぎりや芋を渡していたのは、一番貧しいと思われていた私の母だったと思う。

彼らが玄関にぬーっと立って手を差し出すと、母はエプロンからくちゃくちゃのチリ紙を取り出した。そしてチリ紙の皺を丁寧に伸ばし、そこに5円や10円を包んで置いて、その手に握らせるのだった。その小銭もないときは、塩むすび1個とか小さな蒸し芋1本とか、常に何らかの分かち合いをするのだった。また、誰に対しても、一杯のお茶でもてなすということが当たり前だった。たとえば水道の検診に来た人や、テレビの修理に来た電気屋さんとか、注文を取りに来たお魚屋さんとか、どんな人にも公平だった。玄関で母の差し出すお茶を飲みながら、人の噂話を含む地域の情報のシェアが行われていた。

そのうえ母は、私をおぶって近所の家や、ときにはもう少し遠くの親戚や知人のほうまで足を伸ばすことが好きだった。小学校しか行けなかった母は、学校時代の友だちこそいなかったが、母の幼い頃の近所の人たちや父の親戚や知人を訪ねて、どこにでも私を連れて行ってくれた。

多様性という言葉をわざわざ言わなくても、母は多様な人々を誰ひとりも排除しなかった。それはそれは見事な共生の実践であったと思う。

母は本当に子どもが好きだった。私の娘は母を知らないが、妹の子どもたちや兄の子どもたちはみな母を知っていて、母がどんなに愛情深かったかをそれぞれ聞かせてくれる。たとえば、カードゲームをしたときなど、誰よりも先に負けながらあまりに笑い転げて楽しそうなので、そこもまた子どもたちにさらに笑われるのだった。また、同じ遊びを何度繰り返しても飽きることを知らない子どもたちとともに、母も何度もかれらに付き合っていた。たとえば、落とし穴を作って、彼女はもちろんそこに落ちる役なのだが、何度落ちても嫌がらずに家に戻っては呼び出されてまた落ちて笑い転げる、というのを繰り返した。

子育てをする人のもっとも大切な能力は、子どもが大好きだというものであろう。母は子供だけではなく、見知らぬ大人も、近所の人も、親戚も、そして私たち家族も全て同じように大切にしてくれた。彼女のそうした姿があったからこそ私は宇宙を迎え、宇宙の周りに多様な人々の群れを作り上げることができたのだ。

 

◆プロフィール
安積 遊歩(あさか ゆうほ)
1956年、福島県福島市 生まれ

骨が弱いという特徴を持って生まれた。22歳の時に、親元から自立。アメリカのバークレー自立生活センターで研修後、ピアカウンセリングを日本に紹介する活動を開始。障害者の自立生活運動をはじめ、現在も様々な分野で当事者として発信を行なっている。

著書には、『癒しのセクシー・トリップーわたしは車イスの私が好き!』(太郎次郎社)、『車イスからの宣戦布告ー私がしあわせであるために私は政治的になる』(太郎次郎社)、『共生する身体ーセクシュアリティを肯定すること』(東京大学出版会)、『いのちに贈る超自立論ーすべてのからだは百点満点』(太郎次郎エディタタス)、『多様性のレッスン』(ミツイパブリッシング)、『自分がきらいなあなたへ』(ミツイパブリッシング)等がある。

2019年7月にはNHKハートネットTVに娘である安積宇宙とともに出演。好評で再放送もされた。

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