有難いんだけどね・・・的なお話 / 古本聡

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その①

大学生の頃。ある日の夕方、学校近くのカウンターだけの小さな飲み屋に立ち寄った。母娘でやっている店で、娘は二十歳ぐらい。学生の間で可愛いと評判だった。冷酒を頼むと、升に突き立てたグラスになみなみと注がれて出てきた。
脳性麻痺で不随意運動がある私は、こぼしそうで持ち上げるのにまごついた。すると、

「今飲ませてあげるからね、ちょっとだけ待ってて~」

と若い女性の澄み切った声が聞こえた。その甘美な響きに期待がムクムクと膨らみ、心の中で小躍りした。

やがてグラスが持ち上げられ私の方に差し出される気配がしたので、口をすぼめてそれを迎えようと・・・。目をふと上げると、そこに見えたのは母親の方だった。トホホ・・・。

その②

友人と二人で博多の屋台で飲んでいたら、いつの間にか玄人さん集団と相席になってしまった。何を話したかはもう覚えてないが、どうやらその集団のトップらしき人物と馬が合ったらしい。やがて、すっかり飲みすぎたのか、鋭い尿意に襲われた。慌てて近くの植え込みの中に。次の瞬間、私の背後に黒スーツ数人の壁が築かれた。
「ゆ~っくりやったらええですよ」、と野太い声。

ふと見ると、車いすが倒れないように押さえてくれていた手には小指がなかった。その時やっと、自分が置かれていた状況を把握した。

その③

長野県にある地ウィスキーを出すバーに行った。店内は大人の落ち着いた雰囲気で、結構気に入った。席に通され、早速その店の一押しというウィスキーをダブルのロックでオーダーした。
タバコの煙を燻らせながらジェントルマン風に待っていると、やがて注文したものが運ばれテーブルに置かれた。ふとグラスに目をやると、ストローが挿さっているではないか。しかも、あの、途中でクルクルと渦巻きが付いたやつが・・・。

「こ、これは・・・?」、とその渦巻きを指さしながら、柔和な笑顔で立っていたボーイさんに尋ねると、

「当店のサービスです。以前、車いすでお越しのお客様にも喜んでいただけました」、

という答え。

「そ、それはご親切に、どうも」、とアダルティーな余裕を醸し出しながらも、私は心の中で叫んでいた。

「ああああああ、カッコつかね~~~~><」。

その④

妻とまだお付き合い段階の頃。大阪で二人で焼き鳥屋に入ろうとした。ところが、入口の引き戸の幅が狭すぎて車いすが乗り入れられないことが判明。諦めてそのまま立ち去ろうとしたとき、店員が二人飛び出してきて、ものの数秒で引き戸を取っ払って店内に招き入れてくれた。戸はすぐにまた元の位置に。私たちが席に着くと、
「ゆっくり飲んで、食べてってや~。あの扉、元取れるまで外しまへんで~!」

と店員さんが明るく笑いながら言った。

ああいう大阪人のノリ、ごっつぅ好っきやわ~(笑)

その⑤

知り合いの下半身マヒのお年頃女子がある日、外出の身支度を整えていた。人生初のお泊りデート。気分はルンルンワクワク。勝負ランジェリーも身に着けたしお化粧もバッチリ。あとは車に乗るだけという瞬間、中年過ぎのヘルパーさんが叫んだ。
「夜用のオムツ、用意しますか?!」

その⑥

電動車いすで横断歩道を渡り始めたとき、急に後ろから男性の張り切った声が。
「お手伝いしましょう。」

押しても押しても一定の速度でしか進まない電動車いす。道路の向こう側に着いたとき、また例の男性の声。

「すっごい重いもんなんだねぇ!」

その⑦

大学受験の時、休み時間にトイレに行った。車いすの前の方に腰をずらしてようやく小便器への狙いが定まった瞬間、背後から「手伝います!」と声がしたのと同時に、両脇を抱えられ持ち上げられてしまった。
「ウッ・・・」。止まってしまった・・・。

その年の4月、その大学の門はくぐれなかった。

その⑧

私は、一昨年まで本業が翻訳者だった。若い頃、仕事で毎日のように企業や官庁を、売り込み営業のために訪問していた。移動にはもちろん、車いすを使っていた。
ある日、とある半官半民の団体でプレゼンを終えて帰ろうとしたら、そこの若い女子職員がわざわざ玄関ホールまで送ってくれた。その時、深々とお辞儀をするその女性の口から聞こえてきた言葉。

「お疲れさまでした。お大事に・・・。」

その⑨

居酒屋で隣席になった上品そうな老夫婦に言われた。
「早く全快するといいわねぇ・・・。ご不自由でしょうに」

いやいやいや、病気だったらここで酒飲んでませんから。

 

◆プロフィール
古本 聡(こもと さとし)
1957年生まれ

脳性麻痺による四肢障害。車いすユーザー。 旧ソ連で約10年間生活。内幼少期5年間を現地の障害児収容施設で過ごす。

早稲田大学商学部卒。
18~24歳の間、障害者運動に加わり、障害者自立生活のサポート役としてボランティア、 介助者の勧誘・コーディネートを行う。大学卒業後、翻訳会社を設立、2019年まで運営。

2016年より介護従事者向け講座、学習会・研修会等の講師、コラム執筆を主に担当。

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