『面を打つ②~面の怨念~』 / 富田祥子

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前回は私が作った般若の話をしましたが、今回は「本物」の面の話を…。

能面というと女面が思い浮かぶ人が多いと思います。そして、大概「怖いー」という感想が出てきます。ですが、私は美しいとは思うものの、怖さは感じたことはありません。
ただ、鬼面やそれに類するものは別。めちゃくちゃ怖いです。それも本物の…。

なので、初めに能面の創成期である「室町時代の面」の話をしたいと思います。
能面は、主に室町時代に作られたものが正当なもので、それを「本面」といいます。

能役者が付ける(面を掛けるといいますが)ものが、その本面です。もっとも、室町の面は現在はほとんど使われることはないです。傷みが激しく、うかつに触れるとぼろぼろになってしまうので。

ですから、現代の能役者は「写し」を使います。平たくいうとコピーですが、江戸期以降、能面はこの「写し」が主体となって引き継がれていきます。
室町時代の本面を、そのままそっくりに写すことが、能面師の役割なのです。いかに良く写すか、能面師はそこに命を賭けます。

ちなみに江戸期に作られた中にも素晴らしい本面はいくつかありますが、それでも江戸時代は写しが主です。

自らの創作性はすべて排除される世界なので、能面師は芸術家ではなく、職人です。
それでも、この写しが難しいのなんの…私には到底、不可能です。

なぜか。私は論外だとしても、凄い腕をもつ先生方も苦心されるのは、間違いなく「時代」です。

南北朝・室町時代の研究は私のライフワークですが、あの時代、人々は現代人の想像の及ばぬ激烈な状況の中にありました。

戦乱、飢餓、天災、道端に転がる数多の死体…凄まじいまでの現実の中で、能面師はまさに命を削って面を打ったのです。明日をも知れぬ命と引き換えに、地獄を写し出すかのような気迫で面を打ったのです。

もう一つ。あの時代、地獄も極楽も確実に人々の中にありました。彼らは実際に鬼を見、怨霊を見、天災が起これば神の怒りと震え上がり、無念の思いで死んだものの怨念とも考えたのです。

そしてあと一つ、それは室町時代に打たれた面が創作物である「本面」だったからです。その面は実際に世阿弥など、偉大な能役者によって使用されるために唯一無二のものとして生み出されました。舞台で使われるために作られたのです。

そしてその舞台は、さまざまな伝承や歴史に彩られた世界を現わすものでした。さまざまな霊や神、鬼がうごめき、冥界と地上界は混ざり合い、怨念と無念、恨み、情、そして鎮魂が織りなす幽玄の世界。

私たちにとってはお話しだけのものが、彼らには現実そのものでした。

そうした中で打たれた面は、この平穏な時代に(室町時代に比べれば)、飢えの心配もなく、神の怒りも感じることなく、のんきに生きる者の手の届くところではないのです。(とはいえ、このコロナ禍の状況ではそうとも言えず、それどころかこのままでいくと世界に待っているのは室町時代以上の破滅的状況ですが…それにもちろん凄い方はいらっしゃいます。)

でも、そう言ってしまえばお終いなので、自分の精神をいかに高めるか、それに賭けるべく腕や心を磨くのです。
本面の魂を感じ取り、そこに自らの魂を写し入れるために。

室町時代について、もう少し…。
室町時代は民衆の文化が花開いた時代です。爆発するようなパワーが渦を巻き、能面だけでなく、今につながる芸能が生まれました。

「本物」が生み出された時代です。
私は前回、自分の打った般若に哀しみを感じるといいました。しかし、戦国時代の能面師、般若坊が打った本面は…恐ろしいのなんの。

凄まじいまでの気迫。自らを裏切った男を喰い殺し、相手の女を引きちぎり、それでもなお恨みは晴れることなく、本物の鬼となって人々を震え上がらせた。その怨念が、面に漂っているのです…。

よく、能面を付けると、顔から離れなくなったなんて話を聞きますが、般若坊の打った「般若」の面を見ると納得できます…。
しかも不思議なことに、その「般若」の面には、間違いなく哀しみがあるのです。どう打ったら、あれほどの怨念と哀しみが共存できるのか分からないのですが…。
ともかく、般若坊の面はそういう作品です。

機会があると私も本面を見に行きますが、5、600年の時を経ても、今なお面は自らの命を生きていることを実感し、身動きもままならぬ状態になります。
それほどまでに、室町時代の面は生きているのです。

これが、「魂が込められた」というのでしょう。

あんな面を打ってみたいと思いますが、形にするだけで悪戦苦闘している身には、届かぬ夢ですね。

まずはまともに面を打てるよう、日々精進していかねばと思う今日この頃です。

 

富田 祥子(とみた しょうこ)
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