土屋の挑戦 インクルーシブな社会を求めて㉑ / 高浜敏之

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21 失敗のすすめ

出身大学である慶應義塾の創始者である福沢諭吉の代表作に「学問のすすめ」という作品がある。私はここで「失敗のすすめ」について書かせていただきたい。

確かに「学問」はおすすめだ。経験の幅には限界がある。その経験を超えた知見を、私たちは「学問」を通じて得ることができる。私も10台後半にこの「学問」の魅力と可能性を発見し、自分なりにぼちぼち勉強してきたと思う。全盛期は1日に1冊は本を読んだかもしれない。そのなかで突然自分の視界が開かれ、新しい地平を目撃するような体験を何度もしてきた。まさに人生を変える書物との出会いである。

しかし、この自分の人生の羅針盤ともいえる「学問」以上の学びをもたらしてくれたものがある。それが、自分自身の「失敗」である。

たくさん学んできたが、それ以上に、たくさん失敗してきた。むしろ、あまりにも失敗するから、普通に生きたいがゆえに、学問に頼らざるをえなかった、というのが正直な感想だ。それはある種の逃避行だったかもしれない。自分の失敗経験やその原因は、直視するにはあまりにも眩しかった。フランスの17世紀のモラリスト文学者であるラ・ロシュフコーの有名な箴言、「太陽と死はさも似ている、どちらも直視できない」を思い起こす。

アルコールやギャンブルにまつわる様々な失敗、他者にかけた迷惑、その根っこにあるゆがんだ自我、その自我がもたらす様々な対人関係のトラブル、枚挙に暇がない。思い出すだけで顔が赤らんでくるような気がするし、穴があったら入りたいという気持ちになる。羞恥心や罪悪感で身悶えしそうになる。

太宰治の「人間失格」を若かりし日に読んだときに、まるで自分の独り言を聞いているような気分にさせられた。だから、三島由紀夫がそうであったように、私も太宰治という作家がしばらくどうしても好きになれなかった。真実を見たくなかった。否認の結果、自分を魅惑する、または忘却させてくれる、超越的な何者かへの憧憬が強まっていった。

しかし、そんな生き方や考え方の方向性に限界がきた。35の春の底つき体験によって、私は治療共同体に参加することになった。そのコミュニティーは、失敗した人たち、敗北した人たち、挫折した人たち、しかいなかった。そしてみんな、できるだけ真実を見ようと努めていた。

失敗の事実と、その原因やその時に生じた感情の起伏を、できるだけ正直に語ろうと、みんな努めていた。それだけが、唯一の解決の道だと、みんな思っていた。真実を見ること、そして真実を語ること、そのことが許される心理的安全性が保証されていた。

貪るように仲間たちの話に聞き入った。10台後半で太宰治の「人間失格」を読んだ時と同様の感覚、自分自身の独り言を聞いているような感覚がやってきた。しかし、その時は、嫌悪感はなかった。素直に、正直に、共感できた。そして自分自身も肩の力を抜いて、自分自身の物語を正直に語ることができた。

仲間たちから共感されているのが全身で感じられた。人生の羅針盤が、学問から失敗経験に継承された。恥ずかしいこと、情けないこと、みっともないこと、数々の生きた失敗経験を、正直に見て、言葉にして、その背後にある様々な経験や感情を見て、感じて、言葉にして、倦むことなく探求すること。

生きた「失敗経験」は、いかに生き、いかに関わるか、というのっぴきならない人生哲学を深めるための、最良のテキストだった。肩を並べる書物は、他に見当たらない。だから、大切なのは、失敗経験そのものというより、失敗経験を直視し、言葉にすること、だと思う。

治療共同体の仲間のなかで、これが苦手な人がいた。その人たちは、アディクションの無限ループからなかなか抜け出すことができなかった。共通の傾向があった。みんな「頭がよかった」。彼らは、頭がよくて、言い訳を紡ぎだすのが曲芸的なレベルでうまかった。真実を否認するために、巧みに言い訳のオンパレードを展開した。真実はなかなか視野に入ってこなかった。だから、彼らは変わらなかった。

失敗したという自覚がなければ、失敗したことにはならない。彼らは永遠の成功者だった。成功者であり続けるという点において、彼らは失敗し続けた。卒業したはずの治療共同体に、何度も同じ表情で戻ってきた。

運よく、私は失敗者になることを許された。失敗経験から、最高の学びをプレゼントされた。もちろん、迷惑をかけた方々、傷つけてしまった方々、裏切ってしまった方々に対して、最大限の罪悪感を抱く。何とかして償いたい、心理的負債から解放されたい、心からそう思う。

しかし、彼女たち/彼らには、もはや会うことはできないかもしれない。直接謝罪することも、償うことも、おそらくできないだろう。だから、社会運動や、社会的事業や、ケアを通じて、なんとか別の形で、世の中に報いていきたいという想いもある。自分勝手な話だが、社会的支援を通じて、自分自身の心理的負債から解放されたい、心身を清めたい、なんていう想いもある。

新生土屋は「失敗」から生まれた組織だ。「失敗」の結果、ある者は去り、ある者は残った。治療共同体の経験から、断言できる。「失敗」は、直視することなく、通り過ぎてしまえば、ほとんど無価値の経験である。繰り返すだけだ。

しかし、私たちが小賢しさにハマることなく、その経験を「直視」し、真実に向かって誠実に歩んでいけば、それはまさしく「宝物」である。少なくとも私にとっては、ニーチェやヘーゲルや老子や西田幾多郎より、「失敗経験」のほうが、はるかに素晴らしい師匠だった。「失敗」を直視すれば、私たちはその反復強迫と負のスパイラルから、必ず逃れることができると、信じている。

治療共同体で、何回も、「奇跡」を、目撃してきたから。

「成功」からは、奇跡は生まれない。せいぜい思い上がりが生まれるだけだろう。

「失敗」こそが、創造と革新の母である。

そう信じている。

 

◆プロフィール
高浜 敏之(たかはま としゆき)
株式会社土屋 代表取締役 兼CEO最高経営責任者

慶応義塾大学文学部哲学科卒 美学美術史学専攻。

大学卒業後、介護福祉社会運動の世界へ。自立障害者の介助者、障害者運動、ホームレス支援活動を経て、介護系ベンチャー企業の立ち上げに参加。デイサービスの管理者、事業統括、新規事業の企画立案、エリア開発などを経験。

2020年8月に株式会社土屋を起業。代表取締役CEOに就任。趣味はボクシング、文学、アート、海辺を散策。

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