ネガティブな【あるある】は、ぶっ壊す / 佐々木 優

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私は時折、四国エリアの採用面接に関わることがある。
応募者が施設介護経験者である場合、私は自身の過去の経験、いわゆる【介護現場あるある】を共有することで応募者と打ち解けられることが多い。

応募者も日頃、認知症をもつ大勢の入居者のケアに奔走し、常に時間に追われて働いている環境を労わられることで、少なからずの親しみや安心感を覚えるのであろう。

私の経験上【介護現場あるある】は、その業界においては全国各地あまねく当てはまるようだ。

私は今でも施設介護時代にまつわる夢を見る。

「佐々木君!どしたん、あんたぁ。」
ユニットのフロアに懐かしい面々が見える。
その中のひとりの女性が私の名前を呼んでいる。
久しぶりに会えた喜びで気持ちが高揚し、私は彼女に駆け寄った。
しかし、彼女の向こう側を歩いている別の女性の姿を見て、私はそれが夢であることに気づく。
なぜなら、その女性は車椅子ユーザーであったし、すでに亡くなられているからだ。
なんだ夢かと思っても、せっかくだからとしばらく会話を楽しむこともある。

こうして夢で見るということは、私の意識・無意識、またはその狭間で、あの頃の日常が今も漂っているからだろう―――

私が障害福祉サービス(在宅)に従事するようになってから、【脱施設】というフレーズが身近に感じられるようになった。
高齢者が自身の命の終わりを迎えるまで、住み慣れた地域で生活できることは素晴らしいことだと思うが、それがそのまま【施設での暮らし】の否定に結び付ける考えが私にはない。

生きとし生けるもの、人にはそれぞれ事情がある。白か黒かで割り切れるほど単純ではないだろう。
ただし私は、今でも施設のなかで繰り広げられているだろうあの利用者さんへの苦々しい接遇、職員間の憎悪が渦巻くあの淀んだ空気。まるで死んでいるような職員らの目。それらを想い起こせば【施設での介護】は否定したくなる。

たまたま職場の巡りあわせが悪かったのだと思いたいが、採用面接で現職の応募者から聞く【介護現場あるある】は、画面のなかの落ち着いた私の表情とは裏腹に、胸騒ぎを覚えさせることからも、その普遍性がうかがい知れるのだ。

私が高齢者施設のユニットを管理していた頃、ひとりの非常勤ヘルパーさんが小さな置物を自宅から持参しては、フロアの出窓にところ狭しと飾ってくれていた。

春夏秋冬、季節にあわせて飾られる沢山の人形や動物の置物に、多くの利用者さんは訪れた季節を感じられ、手に取ってはそれらを可愛がった。
認知症を患う利用者さんの不穏時の特効薬として、私は何度も助けられた。

夏も終わるころ、彼女は自宅で夏休み中の子ども達と描いたという絵を持参してユニットの壁に貼ってくれた。
大きな模造紙に真っ赤な夕焼けと飛ぶトンボ。童謡【赤とんぼ】の歌詞が黒くしっかりと書かれていた。
利用者さん達はその絵を眺めては感心し、毎日口々に読み上げた。

ある日、女性の利用者さんが提案した。
「ねえ、みんなで赤トンボ、歌おやぁ。」

「ほうやのう・・・。」
隣のテーブル席に座る男性の利用者さんが応える。

私はその様子を少し離れたところから見守っていた。
我々が促した訳ではない。利用者さんがまた別の利用者さんを誘い、数名のコーラス隊が自然にできあがったのだ。

彼らが歌う【赤とんぼ】が、ユニットのなかに優しく響く。
私には、その様子が戦後の青空教室のように見えた。
彼らの瞳はかつての少年少女のそれとなり、時代を遡った。
歌い切った後のみんなのほころんだ笑顔がたまらなく嬉しかった―――

しかし、外野の職員からは「あんなもの、利用者が口に入れたら危ないやん。」「自分で勝手に私物を持ってきて非常識やろ。」「利用者が描いたものならともかく・・・。」などといった陰口が聞こえてくることがあった。
私にすべてを撤去するよう直接訴えてくる職員もいた。

ある日、私は怒りにまかせて介護主任へ啖呵をきった。

「あのユニットのリーダーは僕で、許可をしているのも僕で、落とし前をつけるのも僕だ。僕のユニットのことを他のユニットの連中にガタガタ言われる筋合いはない!」

介護主任は翌日、施設長も同意していると職員らに伝え、雑音を一蹴することができたが、私の苛立ちはしばらくの間は収まらなかった。それほど許せなかった。

妬みに駆られた職員が徒党を組み、一生懸命な職員の足を陰から引っ張る。
【介護現場あるある】のひとつだった―――

あれから3年。

その非常勤ヘルパーさんは現在、株式会社土屋の心強い仲間として我々と共に働いている。
事業所のコーディネーターを担いながら日々クライアントに寄り添い、アテンダントを支えてくれている。

彼女の仕事への一生懸命な眼差しはあの頃と全く変わっていないようで、私はそんな彼女を誇りに思っている。
幸いにも周りのアテンダント達からはその姿勢を支持されているようだ。

私は、少なくとも我々土屋の世界では、そんなネガティブな【あるある】は存在しないものと信じている。

でも、もし見つけたら・・・またぶっ壊すだけだ。

 

佐々木 優(ささき まさる)
ホームケア土屋 四国

 

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