「楽しい」と「楽」 / 池田憲治

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私の人生にとって欠かせない存在となったサッカー。

今も昔も私を楽しませてくれています。

楽しいことばかりでもありませんでしたが、やり続けてよかったと間違いなく言えます。

「楽しい」から続いたのですが、なぜ楽しかったのかを聞かれてもうまく答えることはできないんです。

サッカーをしている時、ワクワクして「楽しい」と心が叫んでいるんです。

それ以上の理由はないんですね。

ただ、サッカーを25年以上続けていく中で、「楽しい」という感覚は変化していきました。

小学生の頃のサッカーは、遊びという感覚しかありませんでした。

チームの練習も週に1・2回しかなく、サッカーをするのは学校の休み時間か放課後にみんなで集まってボールを追いかける。

時には中学生も呼びに行って、一緒にサッカーをしていました。

ボールが見えなくなるまで遊びまくっていたのを覚えています。

時にはゲームもしたり、缶蹴りやケードロなんかでもよく遊んでいました。

ですので、サッカーも多くある遊びの中の一つでしかありませんでした。

中学生になると、よりサッカーが遊びではなく、もっと目指すべくして「楽しむ」という感覚になっていきました。

そのきっかけの一つが県で準優勝したことだと思います。

チームメイトと一つ一つ勝ち上がっていく楽しさ、その中で上手な選手と対峙する楽しさを肌で感じて、小学生の頃とはまた違ったサッカーの楽しみ方を見つけます。

高校生では全国レベルで「楽しむ」ことを目標に進学しました。

中学生よりもさらに進化した自分で、プレーの幅は広がりましたし、よりチームプレーが可能になっていました。

また、先輩に世代別日本代表がいたので、本格的にプロを意識した考えや行動をするようになっていきます。

もちろん小学生のころからプロに成りたいと願っていましたが、その夢に本気で向き合い始めたのは高校生になってからだろうと思います。

その後も大学・ドイツでサッカーを続けていくわけですが、そのステージごとで楽しむポイントは変化していったように思えます。

こう書くと、ただ楽しんでいただけのように思うかもしれませんが、サッカーを楽しむ中で、より自分にとって厳しい道を選ぶ必要が何度もありました。

つまり、決して「楽」ではなかったということです。

イメージでいうと、ほとんど大変な思いをしながらサッカーをしているが、結果という光を掴むことができたなら、今までの苦労が全て報われる。

こんな感じですかね。

「楽」をすることなく、どのレベルで「楽しむ」ことができるのか。

私が仕事を通してする挑戦の一つです。

 

池田 憲治(いけだ けんじ)
ホームケア土屋 中国

 

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