土屋の挑戦 インクルーシブな社会を求めて㉔ / 高浜敏之

  • sns

24 土屋のビジョン

多様な声の聞こえる交響圏へ

私たちがどんなコミュニティーのメンバーになりたいか、私たちが提供する訪問介護サービスを使ってどんな社会を作っていきたいか、そんな想いを土屋のビジョンに書き込ませていただいた。ビジョンとは未来図のことだ。株式会社土屋の乗組員がどこに向かっていこうとしているのか、その羅針盤こそ、ビジョンである。

「交響圏」というワードとは、日本の社会学の第一人者である見田宗介氏の「社会学入門」の中で出会った。見田宗介氏によれば、交響圏とは「喜びと感動 に満ちた生のあり方、関係性のあり方を追求 し、現実のうちに実現することをめざす」社会であり、それと対比されるルール圏とは「人間が相互に他者 として生きるということの現実から来る不幸や抑圧を、最小のものに止めるルールを明確化してゆこうとする」社会である。

社会を親密圏/公共圏という二項対立でとらえるフレームもあるが、それをさらに文学的に書き換えたものが交響圏/ルール圏と捉えても、当たらずとも遠からずともいえるのではないだろうか。

まずこのワードを選択した理由としては、やはり過去の失敗への反省がある。明確なゆるぎない価値を集合的に実現しようと目標を据えたとき、その組織は官僚型組織に向かっていくだろう。一人一人は組織の細胞になり、部分になり、役割に還元されていく。きわめて合理的な方向性だ。より効率的に目標が達成されていくだろう。しかし、同時に失われていくものもある。

一人一人の全体性が失われ、役割に還元された場所では本当の意味での他者との出会いは失われる。崇高な目標達成が目的であり、プロセスは手段に過ぎない。その結果、プロセスに内在された意味や応答可能性は漂白される。

そうではないコミュニティー、結果のみならずプロセスも尊重され、他者を目的達成のための手段としてみるのではなく存在そのものが目的であると思えるような関係が取り結べる、そんな場所に私たち自身がなりたい、という想いを、「交響圏」というワードの選択に込めさせていただいた。

そして、そんな私たち自身は、生産性至上主義のもと人を経済的価値の実現においてのみ評価し、生産性が劣っているとみなされる人の存在価値を役に立たないといって否定するような、そんな社会の底流に流れる価値観に否を唱え続けたいと思う。

事業活動を通じて、私たちは有用性の原理の最も鋭い表現ともいえる優生思想に抗議し続けたい。そんな想いを、「交響圏」とういうワードの選択に込めさせていただいた。

すなわち、私たちのビジョンは、1970年代から続いてきた障害者運動の最も本質的な精神を、21世紀的なスタイルで継承していくという私たちの宣言文でもある。

その出発点の記憶を「母よ、殺すな」という宣言に刻んだ青い芝の会も、府中療育センター闘争から全国公的介護保障要求者組合の運動に展開した新田勲さんと三井絹子さんの兄妹も、「いのちの無差別平等」を世に訴え続けたという点では一致しているように思える。

ドイツ観念論の哲学者であるエマニュエル・カントの有名な定言命法、「全て理性的存在者は、自分や他人を単に手段として扱ってはならず、 つねに同時に目的自体として扱わねばならない」と、日本の障害者運動の共通価値である「いのちの無差別平等主義」の本質は相通じるものがあると考える。

これは口でいうほど簡単だとは思わない。私たちは子供のころから家庭などの親密圏でも、学校や職場などの公共圏でも、比較され続けたし、競争し続けてきた。私たちの中に競争原理と能力主義、その延長上にある優生主義は深々と根づいている。その原理そのものが社会を動かす重要なエンジンの役割をしていることも否定できない面があると思う。その罠には誰しもがやすやすと嵌まってしまう。

だから、私たちは私たち自身を見つめ続ける必要がある。定期的な自己点検すなわちセルフモニタリングが求められる。私たち組織マネジメントを担う者たちのみならず、アテンダントしかり、そしてクライアントしかり。

同じ価値を実現する仲間として、経営陣とアテンダントとクライアントが協力しながら、「他者を手段としてのみ」みなすような価値観からの脱却を図っていきたいと思う。

そんな他者が他者として自律性を保ちながら存在するようなコミュニティーは、多様にならざるをえないだろう。いろんな価値観の、いろんな身体特性の、いろんな精神構造の、いろんな人種やセクシャリティーの、とにかくいろんな人たちがいる社会の実現を追求したい。

多様性が許される社会は寛容な社会だ。寛容な社会は心理的安全性が保証されている。簡単に人を排除するような社会は息苦しい。いろんなバックグラウンドや特技を持った人たちがちゃんこ鍋のようにごった煮になっているコミュニティーは刺激的で楽しい、私はそう思う。

この楽しさへのこだわりは手放したくない。だから、不寛容に対してはできるだけ不寛容でありたい。不寛容が集団感染した社会は恐ろしい。排他性のクラスター集団が生まれた社会は、その場限りの人為的な安全性は保証されているように見えるかもしれないが、その不自然さゆえに基盤は脆弱に思える。事実は多様性でしかありようがないのだから、見せかけのモノトーンは人為的なものにしか思えない。いうまでもなく、自然界は多様性が保たれており、多様性が保たれなくなった自然は滅びる。

多様な声の聞こえる交響圏へ
この未来図を手繰り寄せるために、訪問介護サービスの提供のみならず、今後もありとあらゆる手段を選択していきたいと思っている。

 

◆プロフィール
高浜 敏之(たかはま としゆき)
株式会社土屋 代表取締役 兼CEO最高経営責任者

慶応義塾大学文学部哲学科卒 美学美術史学専攻。

大学卒業後、介護福祉社会運動の世界へ。自立障害者の介助者、障害者運動、ホームレス支援活動を経て、介護系ベンチャー企業の立ち上げに参加。デイサービスの管理者、事業統括、新規事業の企画立案、エリア開発などを経験。

2020年8月に株式会社土屋を起業。代表取締役CEOに就任。趣味はボクシング、文学、アート、海辺を散策。

 

  • sns