AIを恐れるものは / 牧之瀬雄亮

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ここ何年か、私たち福祉や介護の業界にも「AI技術によって、もっといい質のサービスが提供されるんじゃないか」という議論があります。

遅々としてその技術が導入しきらないのは、AIに対しての根本的な不信感や、導入にかかるコストの不安感、また、人間の感覚でやらなければならない場面が多いという信念、先行的に導入した成功例がまだあまり聞かれないことなどが、導入に対して心理的抵抗を生んでいるのだと考えています。

理解できることです。
運営体の多くが、NPOや社会福祉法人、医療法人等で運営されている場合、独立採算制にこだわれば、収支をその運営組織内のみで調整する雰囲気になりがちです。収入が青天井でない以上、発展途上のように見える技術に投資することによって被る失敗を出来るだけしないようにしたいということでしょう。

今時点において、過去以上に問題がなければ、ある意味において「保守的に」組織運営をしていくことを、先に挙げた組織が選択するのは世の習い、慣性と言えるでしょう。

「慣性」と言いました。
車の運転でも、免許を取り立ての頃はぎこちなく、近所を走らせて帰って車庫入れをし、エンジンを止めてサイドブレーキをかけたかどうか確認したら、ドッと疲れるということもあるぐらい、集中します。

しかしそれを繰り返していく間に上達と慣れ、車の癖や扱いのコツなどが段々と身に染み、適度にリラックスして、却って安全な運転ができます。

何より車を持たなかった頃には行けなかった場所や、徒歩で行くには費用対効果に見合わないと感じる行動も気軽に取れるようになります。

例えば現在、公共交通機関が密でない地方で訪問介護をしようとしたとき、従事する一人一人が、運転の技術を得て、自家用車を持ち、事故を起こさないで時間通りに現れるから成立するのであって、もし自動車が普及していなければ、この訪問介護という行い自体が成り立たなかったでしょう。

公共交通機関のみしか移動手段がなければ、受けられるサービスの量と質は、現状よりもさらに都市部に偏っていたわけです。恐ろしい話です。

これと同じく、福祉という「仕事」はあっても、それについて学び高めることがなければ、また学んだことを実行に移さなければ、良いサービスは発生しません。

ここで乗り越えなければいけないのは、何を隠そう「自我」「わたし」です。

「学ぶ」の語源は諸説ありますが、「まねぶ」「まねる」であるといわれます。
個人的に私自身も我が強いので「ああしろこうしろ」といわれるのが大変に嫌いです。
納得して実行に移すまで時間がかかります。

しかし、助けを必要とする方の人生は、私が納得するかどうかなんて関係なく、刻一刻と動き続けています。

車の運転でもそうで、右に曲がるか左に曲がるか迷って止まって確認したくても、1車線道路で後ろに車が並んでいることがあります。
後ろの車に産気づいた奥さんを乗せて急ぐ父親がいるのかもしれません。

福祉に話を戻すと、生身の人間が、生身の人間を支えるべく、ないしは支える立場に居るとき、すでにある知見、解決方法、安全策等を活用できないということは全くの不幸だと私は思うのです。

無論「相手と一緒に育つ」ということは起こりますし、また私個人の経験で申せば、「育てて頂いた」ことばかりです。
一見立派なようにも聞こえますが、慣性や自己保身を暗に重要視する場合、この動きに鈍さが生じます。

施設内虐待の報告件数が家庭に比べて少ないということの統計的陥穽は、施設内虐待を構成員が虐待と認識できない場合、数えることができないという点です。慣性は、「朱に交われば赤くなる」という言葉とも似ています。

機械的に杓子定規に測られることは、人間にとって大概「嫌なこと」の部類に入ります。
しかし、ある人間、ある集団の行動や価値観が、もしも不利益を無自覚的に恒常的に産み続ける選択を取っているとすれば、それは正されるべきだと考えますし、変化に即するものの存在が必要です。

過剰な干渉や誤作動が極力抑えられるという前提のもと、AIによってとりあえずの法令的価値観、危険予測等の指標が示されることは、悪くないことですし、むしろ急がなければならないとさえ感じます。

これらは個人的、あるいは一集団における学習及び経験の進捗状況によって左右されるべきことなのでしょうか。
いつか良くなるよと、牧歌的に捉えられることなのでしょうか。

私はそうは感じません。

少なくとも一知見を参考にしつつ行動できることは、それが人であれ機械であれ、安心に繋がりやすいと思います。
一定の安心の上に、面白さや豊かさが醸成されていくのではないでしょうか。
恐れなければならないことは出来るだけ正確に恐れなければならないし、恐ればかり見ていては、楽しみを逃してしまいます。
自分が無知、無学と思う領域では尚更です。

さあ、AIの福祉分野への導入、皆さんは、どうお考えですか?

 

◆プロフィール
牧之瀬 雄亮(まきのせ ゆうすけ)
1981年、鹿児島生まれ

宇都宮大学八年満期中退 20+?歳まで生きた猫又と、風を呼ぶと言って不思議な声を上げていた祖母に薫陶を受け育つ 綺麗寂、幽玄、自然農、主客合一、活元という感覚に惹かれる。思考漫歩家 福祉は人間の本来的行為であり、「しない」ことは矛盾であると考えている。

 

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