人工呼吸器を付けますか?⑥-価値観を変える- / 田中恵美子

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ALS患者さんたちの人工呼吸器の装着をめぐる話を続けてきたが、そろそろ終わりにしたいと思う。これまでに述べてきたことは、ALS という病に罹患し、そのことだけでも大変なのに、療養環境が整わないことでより生きることが難しくなってしまっているということ。だから療養環境を整えなくてはならないということだ。

これは障害の社会モデルの考え方からすると、ごく簡単なことで、その人の身体ではなく、その身体を受け入れない社会に課題があるのだから、社会を変えていこうということだ。従来、障害者運動が主張してきたことと同じである。

だが、そうはいっても日本の社会の中では障害を社会との関係でとらえるということ自体がまだ受け入れられているとはいいがたい。知らない、理解していない人が多い。あるいはわかった、と思っても、どうしても身体に障害を結び付けて考えてしまう。ついつい、身体が動かないから、そのために何かができないから、その人が原因だといってしまいがちなのだ。価値観を変えること、それも根本的に変えることが求められる。

また一方でALS の場合、その人の身体の変化そのものが非常に大きな苦しみを与えている。今までできていたことができなくなる。次々とできないことが増えていく過程で、いくら「そのままの身体でいいんだよ」と肯定しても、その肯定しているそばで身体が変わっていく。本人も周りもその身体に意味を見いだしていくプロセスを経験する間がないのだ。

何かができるということに価値を見いだしている現代社会の中で、何かができなくなっていく、そして最後には瞼を動かすこともできなくなっていくという喪失体験の中で「何もできない自分/その人」を承認すること。これも大きな価値観の変化が求められる。容易ではない。非常に困難なものだ。

人工呼吸器を装着して生きている人たちが人工呼吸器を装着した理由の多くに、講演会や相談などで自分の経験を話すことが誰かの“役に立った”と実感できたことを挙げる。それもやはり“役に立つことができた”自分という存在に対する承認欲求が満たされたから、といえる。

“できる”ことの価値は計り知れない。そしてそれが自らを蝕んでいく。ただいるだけの存在では許されない。そこにいて何かの役に立っていることで、自分も他者も生きている意味を感じることができる。

だが、ALSの場合、やがて瞼も動かなくなって最後はロックドインという現象になる場合がある。そうなったら人工呼吸器を外してほしいと事前指示書を書く人もいる。しかし、動かなくなったら意味がないと思いがちな私たちの意に反して、その状態になってもなお、実は人は何かを成し遂げる存在であり続ける。

自ら積極的に何かを発することはなくとも、誰かに世話をしてもらうことに対して反応することが、その人の表現になっているのだ。

ALS に罹患しロックドインになった母親をみとった川口有美子さんは著書の中で、植物を育てるように母親に接していたことを記している(*)。母親に対する自分のかかわり方が即、母親の体調に反映される。まるで鏡のように。

私たちには知らないことがたくさんある。今の自分の価値が絶対だと思わない方がいい。自分の身体が変わり、環境が変わり、人とのかかわりが変わり、その時の自分が、他者がどうあるのか、わからない。けれど生きていくこと。生きることを支えること。今、いえるのはそれだけだ。

*:川口有美子 2009『逝かない身体』医学書院

 

◆プロフィール
田中 恵美子(たなか えみこ)
1968年生まれ

学習院大学文学部ドイツ文学科卒業後、ドイツ・フランクフルトにて日本企業で働き2年半生活。帰国後、旅行会社に勤務ののち、日本女子大学及び大学院にて社会福祉学を専攻。その間、障害者団体にて介助等経験。

現在、東京家政大学人文学部教育福祉学科にて、社会福祉士養成に携わる。主に障害分野を担当。日本社会福祉学会、障害学会等に所属し、自治体社会福祉審議会委員や自立支援協議会委員等にて障害者計画等に携わる。

研究テーマは、障害者の「自立生活」、知的障害のある親の子育て支援など、社会における障害の理解(障害の社会モデル)を広めることとして、支援者らとともにシンポジウムやワークショップの開催、執筆等を行い、障害者の地域での生活の在り方を模索している。

 

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