SDGsな生き方 / 鈴木達雄

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5. 人工海底山脈と湧昇流

1990年の国連ミレニアム・サミットで採択された国連ミレニアム宣言に、国際開発目標を統合しMDGs(Millennium Development Goals: MDGs)が作られた。MDGsの成果として1990年に47%だった開発途上国の極度の貧困と飢餓人口が、2015年には14%まで減少し、10億人が極度の貧困から脱却し、栄養不良人口がほぼ半減したとしている。しかし、サハラ以南のアフリカ地域の人口の41%が極度の貧困状態にあり、その他多くの課題は残されたままである。

MGDsが途上国を対象にしたのに対し、2015年に採択されたSDGsは、世界全体の誰一人取り残さないことを達成目標としている。今世界で起こっている問題の多くは、先進国が原因であるといえる。その意味でSGDs14-2が2020年までに海洋及び沿岸の生態系に関する重大な悪影響を回避するため、強靱性(レジリエンス)の強化などによる持続的な管理と保護を行い、健全で生産的な海洋を実現するため海洋及び沿岸の生態系を回復するとしている。わが国は先進国として、海の食糧増産に率先して取組むことが重要である。

わが国は1974年に沿岸漁場整備開発法を施行し、1985年に第4次全国総合開発計画で、水産庁は「水産業を核とする沿岸域及び沖合水域の総合的整備開発構想」を打ち出した。1000万トンの漁獲維持を目指すには、イワシ、アジ、サバ、ニシン、タラ、イカ等の大量に卵を産卵し、漁業生産の多くを支える多穫性魚を、安定して生産する必要があった。

これを実現するには1969年にアメリカの海洋学者ライザーが明らかにした湧昇(下層の栄養豊かな海水が表層に湧き上がる現象)による魚類の増産が必要だった。自然界で湧昇が大規模に発生する海域は、カリフォルニアやオレゴン沖、ペルー沖など主に大陸西岸沖で見られる。

これらの海域では岸沿いの風が大規模な湧昇を発生させ、下層水に豊富な栄養物質(窒素N、リンP、シリカSi)が表層近くに湧き昇り、海域が肥沃化されて生態系が活性化し、漁獲量が多いことで知られている。しかし、このような大規模な湧昇は自然の壮大なエネルギーによるもので人工的に起こすのは難しい。

世界の海の平均水深は3,700mだが、そのうち光が届く水深50m以浅の極表層では、植物プランクトンにより栄養物質が吸収し尽くされ、海の砂漠になっている。しかし、島の周り、浅瀬の周り、半島や岬の周り、黒潮の流れのふちなどでも小規模な湧昇が起こる海域がある。

このような海底地形に倣い、人工的に湧昇流を発生させ表層に下層の栄養物質を添加することで、光合成により植物プランクトンを増殖させることは可能だと考えた。ライザーの論文以降、わが国でも湧昇に関する研究がブームになり、非常に多くの論文や実現性のない特許が出願された。

私は、潮汐流と海底地形に注目し、好漁場である天然礁や碓を人工的に造ることを考えたが、山林の自然を犠牲にして採石し、石材で海に山脈を造ることは許されないと考えた。ところが1979年の第二次石油危機により急遽石油火力発電から石炭火力発電への転換が図られた。

発電の廃棄物として発生する膨大な石炭灰を海底山脈の材料に利用できれば、廃棄物利用と食糧増産の一石二鳥になる。1980年から石炭灰硬化体の研究に着手したが、公共事業で石炭灰硬化体を使う認可に13年という想定外の期間が必要だった。この経緯は、「3.人工海底山脈の開発秘話」で述べた。

石炭灰硬化体を利用する前提で、1992年に自然の流れで効率よく湧昇させる天然の礁や碓の形状を研究し、実験と解析で人工海底山脈の形状を発明した。人工海底山脈の頂上で流れが剥離して渦ができ、流れを遮る山脈の延長(L)と、山脈の高さ(H)の比、L/H=6~8の範囲で渦がより高く上昇することが分かった。

この形状の人工海底山脈は、山脈の背後の反流域から間欠的に大きな渦を発生し、これを湧昇渦と名付けた。湧昇渦により水槽底面から下層水が吸い上げられる様子が印象的だった。

さらに、両端の円錐体の頂点を結ぶ稜線を両円錐体の頂上より低くすることで総体積を減らしても、稜線で縮流が起こり、湧昇渦の到達高さは変わらず、湧昇渦の発生周期が短くなり、効率が良いことが分かった。この結果を踏まえ、水産庁の中村充水産工学研究所長の強い勧めを受け、「生物生産に係る礁による湧昇の研究」というタイトルで、1995年に東京大学大学院工学系研究科 博士号を頂いた。

下図に人工海底山脈周辺で発生する複雑な流れと渦を紹介する。人工海底山脈の上流側で海底山脈を越えられずに底面付近で水平の軸を持つ渦が発生する。この底面付近の渦を踏み台にして海底山脈を越える流れができ、頂上の稜線を越え剥離する水平軸をもつ渦ができる。

また、海底山脈の側面を回り込む鉛直軸を持つ渦ができる。海底山脈の後方には反流域という主流と反対方向の流れができ、負圧の領域ができる。この負圧領域が海底山脈を越えた渦を吸い込むが、この渦を抱えきれなくなると、周期的に爆発するように大きな湧昇渦が発生し、これが表層に向けてゆっくり回転しながら上昇する。

この湧昇渦が底層の豊富な栄養物質を含む海水を上層に引っ張り上げ、植物プランクトンを増殖させる。同時に、底層に棲む底生生物(ベントス)を上層にいる魚群に餌として供給する。

この論文の主旨に沿って、1995~2000年に世界初の人工海底山脈の実証事業が総予算12億円で始まり、その幹事として6年間、実に貴重な体験をした。この期間で人工衛星による解析で事業周辺海域の植物プランクトン(クロロフィルa)の量が対照海域の1.6倍になり、試験漁獲量が事業実施前の6倍、年間1500トンとなった。

特に、水中ドローンで水中の様子を撮影する度に、事業前には生物が見られない海域に実に多様な魚介類が人工海底山脈を取り巻き、ヒラマサが群遊する生態系の変化に感動し、人工海底山脈の普及をライフワークと決めた。

その他にも付着生物、底生生物の増殖効果が、実証事業の委員の先生方を驚かせた。効果が評価され、2003年に県の公共事業が創設された。さらに2010年にCO2の固定にも有効であることも加わり、規模を拡大し、設置海域を排他的経済水域に拡大して国の直轄事業が始まり、合計17件、現在も実施されている。

人工海底山脈事業は、わが国独自のものだが多数の実績があり、事業を実施した海域での漁獲量の調査では、海底山脈の体積1万m3当たりの漁獲量が年間42トン増加すると算定された。

世界的にはあまり認知されていないが、魚を集めて獲るための魚礁とは全く異なり、人工海底山脈は魚を増産する増殖事業に分類され、現状では海の生態系を自然の潮流を利用して活性化する、費用対効果が高く、メンテナンスフリーの最も実現性の高い事業といえる。

大水深海域では密度が下層から表層まで次第に低くなる成層した流れになることが多い。2009年、この成層流の中で湧昇効果の高い形状を、数値解析で導いた。結果はH(高さ)/R(半径)=1/2の円錐体の頂点の間隔を2.5Hとし、流れに直交する方向に3基以上重複して配列し連山にすると、同じ体積の従来の海底山脈と比較して湧昇量が同等な上に、表面積と海底面の底質が改善される面積が増える。

この増加が岩礁性魚や底生魚の餌になる付着生物、底生生物を増やす。これにより漁獲が増え、事業の費用対効果が10%以上向上すると算定される。さらに、この連山型は、各円錐体の頂点に集中してブロック等を投下することで海底山脈を建設できる。4連山型の海底山脈は、大水深海域でも比較的、施工が単純かつ確実にできる。例として3連山型の建設過程を示す堆積実験の動画を示す。

 

◆プロフィール
鈴木 達雄(すずき たつお)
1949年山口県下関生まれ。

1980年に人工海底山脈を構想し開発を進めた。この理論の確立過程で1995年に東京大学工学部で「生物生産に係る礁による湧昇の研究」で論文博士を授かる。

同年、国の補助金を受け、海で人工の湧昇流を発生させ食糧増産をする世界初の人工海底山脈の実証事業を主導。これが人工海底山脈の公共事業化、さらに国直轄事業化に繋がった。

現在は、予想される首都直下地震、南海トラフ地震等の巨大地震からの早期復興を支援するため、震災で発生する材料を人工海底山脈に利用する理論と技術開発に取り組んでいる。

SDGs、循環経済を重視し、都市で古くなったコンクリート構造物を工夫して解体し、天然石材の代わりに人工海底山脈に利用することで、予め海の生態系を活性化し食糧増産体制の強化を図り、同時に早期復興を支援する仕組みを、行政と協力して構築するための活動をしている。

趣味:水泳、ヨット、ダイビング、ウィンドサーフィン、スキー、ゴルフ、音楽、絵画

 

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