わからなくなるんだって / 佐々木 優

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「自分の家族に絶対にせんことを、ここに来てするなや。」

「自分の家では当たり前にしよることやろ、なんでせんの?」

これは、私が特養に勤めていた頃、いつも誰かに向かって吐き捨てるように言っていたセリフだ。

私はいつも苛立っていた。
きっと、激オコぷんぷん丸(古っ)の顔でいつも働いていたのだろうと思う。

真冬の朝、ヘルパーAに無言のまま布団をはがれた入居者は、居室のドアを全開にされたまま、半ば全裸にされながら更衣介助を受けていた。
その後、フロアのいつものテーブルに座らせ、冷蔵庫からキンキンに冷えたお茶のポットを出したAはそのままコップに注ぎ、入居者の前にトンと置いて去る。
入居者は仕方なくコップに口をつけたあと、「ひっ」と声を出して身震いをする。
その様子をチラ見しながら、Aはまた別の部屋に突入する―――

ある夜、抱えている事務処理を片付けようと職場に向かった。
ユニットのフロアで、排泄処理の台車を少しずつ移動させながら、各部屋を回る夜勤のヘルパーが見えた。
普段から私と仲良くしているM(男性ヘルパー)だった。
Mの立ち回る様子を遠目で見ていた私は、自分の目を疑った。

なぜなら、彼は各入居者のパジャマの下だけを訪室するたびに脱がせては、外の台車に積み上げていたからだ。
深夜1時に。
もう一度言う、深夜1時にだ。
近くに来たら驚かしてやろうか、というイタズラ心も消え失せ、彼に歩み寄った。

「おい。」

驚いて振り返ったMは私を見た後、すぐに排泄の台車に目をやって苦い顔をした。

「お前は夜中にいきなりパジャマを脱ぐタイプの人間か?お?変人か?」
M「ははは(笑) 」

「・・・さっきAさん(入居者)とこ覗いたら、お茶くれんかったって言われたけん飲ましといたぞ。断ったのお前やろ。」
M「・・・。」

「お前、夜勤明けるまで(あと8時間)何にも飲むなよ。」
M「ちょちょ、それは酷いわい(笑) 」

「そんな酷いこと、お前は人にしよんやろ。」
M「・・・ごめん。」
(謝る相手は俺やないわい。)

彼は私が怒った時の顔を知っているので、それ以上は笑ってごまかすのをやめた。
私はその場所にいるのが嫌になって、ほとんど何もせずに帰宅した。

そうやって、私はいつも誰かに苛立っていた。

(もう、なんでわからんのやろか・・・)

ある時、同じ法人の別施設の長と話した時、彼は私に言った。

長「佐々木君、施設病ってあるんよ。施設の職員が陥るヘンな病気みたいなもん。わからんなるんよ、自分らのやりよることがおかしいんが。」

「・・・。(なんやそれ、言い訳か)」

「佐々木君は外(異業界)から来たけん、見たらおかしいんがわかるやろ。」

彼は訳知り顔でそう言ったが、別に私らヘルパーは施設に住んでいる訳ではない。
あそこに閉じ込められている入居者がそのヘンな病気みたいなものに陥るのならまだ分かる。

「そうですね。」

彼に言っても仕方がないので私は返事だけして流した。

こうして誰彼かまわずに苛立ちを募らせてぶつける日々であったが、私に初心を植え付けてくださった方のことを同時に思い返していた。

私が初めて介護という仕事に触れさせていただいた日、離島にある研修先の介護職員さんが、本当に何も分からないど素人の私に教えてくださった。
ふくよかな年配の女性介護職員で、初日で緊張しきっている私に優しく語りかけてくれた。

「介護はね、誰にでもできて、誰にでもできんのよ。おもしろかろ。」

「介護はね、やろうと思えばいくらでもできるし、省こうと思えばいくらでも省けるんよ。」

「どっちを選んだら相手が嬉しいか、ね。」

7年経った今でも、あの柔らかくて、それでいてしゃんとした彼女の言葉を、あの時の風景を、私は克明に覚えている―――

思い返せばあの頃、いつもイライラして怒っていた私が、周りの皆にはきっと煙たくて鬱陶しい存在だったろうと思う。
もし、私が初心を学ばせていただいた介護職員さんのように、もっと柔らかく優しく伝えられていたら、相手に少しは響いていたのかもしれない。

かといって反省するのはしゃくにさわるから、今の、大切な土屋の仲間に対してはそうありたいと常に自分に念を押している。

 

佐々木 優(ささき まさる)
ホームケア土屋 四国

 

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