七色のお風呂と水鉄砲。 / 鶴﨑彩乃

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私は人見知りだ。しかし、それが初対面の人にバレることは少ない。ただ、そこに長い付き合いのアテンダントや友人が同席していたときは、「あんた、緊張してたやろう。」とニヤニヤされる。こんな奴に、「ヘルパーさん」を引き合わせるのは、難しかったろうな。と1人暮らしを始めて7年を超える今、しみじみと思うのだ。

私に、「ヘルパーさん」を引き合わせたのは、もちろん母だ。このとき、私は10歳。ある日のお風呂で、「あーちゅわ~ん、あのね。週2回ぐらい、ママとじゃなくて、おねーちゃん達とお風呂に入らない?♡」と相談された。

母が甘ったるい声で相談事を持ちかけてくるときは、もう根回し完了のサインで、私が拒否しようともいつの間にやら母のペースに持ち込まれるのである。ただ、急激な変化が苦手な私は、「とりあえず会うだけなら。」とぶっきらぼうに返事を返した。すると母は、とても驚いていた。私が「嫌だ。」と泣くか怒る、はたまた拗ねると思っていたのだろう。この機会を逃すまいと母の行動力が爆発し、3日後にはヘルパーさんと一緒にお風呂に入っていたと思う。

家に来てくれたヘルパーさんは、2人とも美人で「きれいな人やなぁー。」と思ったのが、2人への幼い私の第一印象だった。ヘルパーさんとのお風呂は、すごく楽しかった。それは、彼女たちが母にしか介助されたことがない私に恐怖感を抱かせないように、細心の注意を払ってくれたからである。彼女達が私の入浴介助のときは、服を脱いでくれていたことを「神対応」だと私が知るのは、3年後のことだ。

入浴介助を引き受けてくれたヘルパー事業所に母は、1つだけ要望を出していた。「うちは母子家庭で、あの子と私だけで生活しています。私への不満もストレスもずいぶんあると思います。だからお風呂の時間に吐き出させてあげてほしい。」ということだった。

それは、私にも言われており、キラキラした目で「うんっ!」とうなずいた私に少しショックだったと後になって聞かされた。

そんな母の要望に応えるべく、彼女達が用意してくれたマル秘アイテムが「水鉄砲」。最初は小さいものだったが、お互いに「勝ちたい!」という謎の対抗心が芽生え、モデルガンのような水鉄砲になった。

もちろん、毎回バトっていたわけではない。学校でのこと・両親との関係、思春期にさしかかっていた私にとって、ヘルパーさんとのお風呂という場所・時間が、かけがえのない「お悩み相談室」だった。

母にお風呂のことを聞かれるとき、私はよく色に例えていた気がする。Aさんとのお風呂は黄色、Bさんとは紫という風に。実際にそう見えていたわけではない。そういう風に感じたのだ。母は「その人のいいところを見つけられてるってことだと思うわ。」と言って私の頭を撫でてくれた。

ヘルパーさんとのエチケットも母から学んだことが多い。常に礼儀正しく、「娘がご迷惑をおかけしてませんか。」と声をかけ、まめすぎるほどのコミュニケーションをとっていた。

私にも、「助けてもらって当たり前だと思うな。」「ちょっとでも偉そうにしたら分かってるやろなぁ。」とドスの聞いた声で言われていた。

よく、「介護者の質」という言葉を耳にするが、それは介護を受ける側だって同じことだと私は思う。アテンダントに感謝し、礼儀をつくす。そんな風に思わせてくれるような、そういう教育をしてくれた人でよかったな。と思う。普段は、ちゃらんぽらんなおばちゃんだけどね。

さて、もうすぐ大阪では桜が咲くらしい。1人暮らしも8年目を迎える。ぞっとするようなことも多いが、気合を入れて頑張ろう。変わっていく身体・環境に泣くこともあるけれど、味方もたくさんいる。感謝を忘れずに自分のペースで歩んでいけますように。

 

◆プロフィール
鶴﨑 彩乃(つるさき あやの)
1991年7月28日生まれ(計算不要)

脳性麻痺のため、幼少期から電動車いすで生活しており、神戸学院大学総合リハビリテーション学部社会リハビリテーション学科を卒業しています。社会福祉士・精神保健福祉士の資格を持っています。

大学を卒業してから現在まで、ひとり暮らしを継続中です。
趣味は、日本史(戦国~明治初期)・漫画・アニメ。結構なガチオタです。

 

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