2 牧之瀬が勝手に、土屋でやりたいこと / 牧之瀬雄亮

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私自身はこちら、株式会社土屋に所属していませんが、社内公募で皆さんが御自身の夢や、土屋でやりたいことを仰っておられるのに感化され、私も書いてみることにしました。

私がやりたいことは沢山あります。

1、自然農

人間には食べ物が必要です。
安全な食品が世の中に多くなるということはとても大切です。
また日本には休耕地や、なんとなく余っている土地などがあるので、それらをあわよくば食糧が生産できる土地に変容させられれば、食料自給率などすぐに上がるし、旬のものが食べられます。

耕さない自然農は、「農業=重労働」というイメージを覆します。
また、有機作物もそうですが、自然農でできた作物はさらに痛みが遅いのです。災害時などの備蓄にも向きます。

就労支援施設のB型雇用などは向いているかもしれません。

日本の農薬基準値は他国と比べてどうなっているでしょうか。
こちらのページをご参考ください。

https://fujino-gyosei.jp/nouyaku-tukaisugi/

2、整体

『常識とは、20歳までに身につけた偏見の体系である』とは、かのアインシュタインの言葉ですが、一人一人の身体の使い方は、その人の怪我や病気や得手不得手、また遺伝的な要因も関わり、読んで字の如く「千差万別」です。
体の負荷は概ね、30歳前後から何かの形で表出します。

誰かを支えるという豊かな仕事をしているみなさんの、身体の痛みそのものや身体の痛みから生じる精神的不調和や、身体の過剰な傾きや癖をほぐすことができれば、皆さんはまたエネルギッシュに朗らかにお仕事に取り組め、支えられる方も気持ちがいいに違いないと思います。

しかも整体のいいところは、自分で実感を持って調子が良くなるので、やり方のコツが掴めれば他の人にも伝えられることです。

気分や感覚の不調和を、自分で治せる部分があるとしたら、結構快適ではありませんか?

こちらのYouTube チャンネル、ご参考ください。

https://youtube.com/channel/UCaIOt6SkgFzAQjgrU_vgR6w

3、ゆっくりできる場所

それは何もしないし何も求めない場所です。
偏見の話もそうですが、自分自身が抱く自己イメージは周囲の人たちや、時代の評価と関係ない部分というものがあります。
伝わりますか?

一人でいる時でさえ、「自分の生活はこうだ」という観念が存在し、それを実行・履行しようと自分を突き動かします。

でもそれは、本当に大事なことかもしれませんし、また、本当はどうでもいいことなのかもしれません。
常に恨まなければならない対象はおそらくいません。自分に対してもです。

私が理想とする「何もしない場所」は本当に何もしません。
お茶ぐらいは出るかもしれません。

あとは携帯の電源も切って、瞑想のガイドなどもしません。何かの方法論もありません。ただただ居ます。

ただただ居ます。それでいいのではなく、「それがいい」のです。一切の用事は持ち込まず、外でやっていただくのです。

4、最終的には福祉という仕事が消えてしまう社会

福祉は、極端に言えば、みんなでやればいいのです。そして、誰もが必要です。
誰かの認定、評価が福祉に必要であるということは、既に認定、評価に則さない状態や状況は、福祉の対象にならないということを指します。

現状をよく見てください。
日本における年間の自殺の件数、遺書等が残って自殺の要件を満たすものだけで、年間何件あるでしょう。
子供たちの自殺が増えているのは何故ですか?

インフルエンザで毎年何人亡くなるのでしょう。三大疾病は?

長寿国と言われる我が国の平均寿命に対し、健康寿命は一体何割ですか?

福祉行政の手が届きにくいとされる40代独身世帯に、欠けたものは一体なんなのですか?本人のせいでしょうか。その問題が取り沙汰されて、いったい何年が経ったのでしょうか。

私たちは自分だけがよければいいと思うことができない体の構造をしています。

大脳は二人称以上を感知、思考できますが、小脳から脊髄、反射系を含む神経系統は、自分と他人を分割できません。
私たちは群(むれ)であり、集合体です。
「みんな同質になれ」というナンセンスなことではありません。

体の細胞に何百何千、おそらく数え切れない種類の細胞があるのと同じく、それぞれにそれぞれの仕事ではない「はたらき」をするからこそ、全体が生きていきます。

腸の細胞に、「お前は脳じゃないから要らない」と言ったり「指みたいに動けるようにならないといけない」と教育することがいかにバカげているか、おわかりだと思います。

自分の活かし方がわからず、誰からも教えてもらえない。その状況は幸せでしょうか。

教育の失敗が原因でしょうか?本人の意思が弱いからですか?

この答えと解決法を見つけた時、日本から、世界から、福祉は消えるのではないでしょうか。

私は若かりし頃、ジョンレノンが歌う『imagine』や、沖縄の歌手の方達が歌う『花』をまともに聴けませんでした。
偽善だと感じて鼻で笑っていました。

しかし、今私は、これらの歌の価値観を真面目に見つめています。
私は現在、物理的法手続き的、また生物学的に「親」になりました。
どう言い訳しても私は今、社会を担っています。

「借りたものはきれいにして返す」というのは非常に徳の高い行為だと思います。
これからの人生で、これらのことを自分なりにやっていこうと決意しましたので、ご報告がてら、書かせていただきました。

あらあらかしこ。

 

◆プロフィール
牧之瀬 雄亮(まきのせ ゆうすけ)
1981年、鹿児島生まれ

宇都宮大学八年満期中退 20+?歳まで生きた猫又と、風を呼ぶと言って不思議な声を上げていた祖母に薫陶を受け育つ 綺麗寂、幽玄、自然農、主客合一、活元という感覚に惹かれる。思考漫歩家 福祉は人間の本来的行為であり、「しない」ことは矛盾であると考えている。

 

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