変化するということ / 佐々木 優(ホームケア土屋 四国)

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もう1か月近く、68㎏の壁が超えられそうで超えられない。
4㎏は半月で落ちたのに、長期のスランプに陥っている。
我が巨人軍の坂本の不振時に近い長さだ。
炭水化物を抜くだけではやはり限界がある、横着しないで走れや佐々木。

さて、今日のお題は【変化するということ】だ。

「自分のこんな性格を変えたい!」
「あの人、なんか変わったよね。」

とかなんとか、巷では自分や誰かの生きてきた道程と、今やこれからの諸々に変化を求めたり確認したりすることがしばしば。
ただ、本音を言えば、私は【三つ子の魂百まで】だと思っている。
それほど簡単に人は変われる訳がないと根っこで思っているのだ。

最近、ずいぶんと暖かくなってきた。
それでも朝はまだ冷えるから、お気に入りの赤いダウンジャケットを羽織って外出する。

ところが車中に陽が差してくると次第に暑くなり、暑がりの私はシャツだけになる。
タバコで傷んだ気管は乾燥に弱いので、私はいつもブラックコーヒーを口にしている。

レーシックを受けた目は乾きやすく、時々目薬を差している。
やがて仕事から帰宅して洗顔をすると、乾燥肌の私の顔はボロボロになっていて、娘のニベアをこっそり借りては怒られている。

こうして私の生活の一部を切り取って並べてみれば、私が私や周りの環境の【変化に対応】する行動を自然にとっていることが分かる。

しかし、私がそれらの【変化に対応】していることと、私が【変化】することとは似ていて非なるものだと思っている。

身の危険に備えて皮膚の色を変えてみたところで、カメレオンはカメレオンだ。ワニに変われるわけではない。

例えば、乾燥したり痰がからんで咳が出るのが辛いのであれば、タバコをやめればいい。タバコをやめて私の気管を正常に近づけるのが本当の【変化】であって、コーヒーをごまかすように飲んで喉を潤すことではない。

財布を忘れて出かければ、きっと私は一日中咳をしているだろう。

しかし、【変化するということ】は簡単ではない。
タバコがやめられないのだから!
私のお腹が一向に引っ込まないのも見れば分かるだろう。
少し前に、簡単に人は変われる訳がないと述べたが、今私はそれを身に染みて感じている。なかなか痩せてくれないのだから!

これらはあくまで私の肉体の話ではあるが、精神においても同じことがいえよう。
いにしえの格言、【三つ子の魂百まで】を覆すことは非常に困難を極める。

私は、コミュニケーションをとる上で苦手な相手が現れると、とっさに無理やり理解して受容しようとする癖がある。いわゆる迎合だ。
一方で、機を捉えては徹底的な理詰めをして相手の口をふさぐこともある。
どちらにせよ小手先の【変化への対応】である。
感情を押し殺したり、相手を巧みにコントロールすることを繰り返すと、結果的に疲労だけが残る。
精神的な保身に走り、その場限りの【対応】だけで刹那的にやり過ごした結果、得られる成果が疲労なのだ。
カメレオンが天敵の蛇や猛禽類にいつしか捕獲されてしまうように、まやかしは儚(はかな)い。

私は【変化】しなければならない。

話は戻るが、なかなか痩せないと愚痴をこぼしているものの、私はきっと成功するだろう。
なぜなら、それが誰かに求められた訳ではないところに尽きる。
体調の変化、生活習慣病も気になる歳になり、私の中から自然に湧き出てきたニーズ、いわゆる【内発的動機づけ】がそれを支えているからだ。
誰かの求め(外発的動機づけ)への【対応】ではまず成功することはない。私に限っては。

でも、何度も言うが、簡単ではない。
何度も禁煙は失敗するのだから。
なかなか痩せてくれないのだから。
今日は許せてもどうせ明日は腹を立てているのだから。
貴方はそのままなのに、私が日替わり眼鏡で貴方を見ているだけなのだから。
上手くいかないのは相手に原因があると信じ込んでいるのだから。

私の精神の変化について、内発的動機づけがなされるきっかけを求めている。
疲れるのがもう嫌だから、ということにしようか。
古人よ、いったん【三つ子の魂四十六まで】ということにしてみないか(笑)

 

心が変われば行動が変わる
行動が変われば習慣が変わる
習慣が変われば人格が変わる
人格が変われば運命が変わる

〜ウィリアム・ジェイムズ(心理学者、哲学者)

 

佐々木 優(ささき まさる)
ホームケア土屋 四国

 

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