「変わる」を実践する方法 / 牧之瀬雄亮

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「変化」「変わる」ということ、周囲に求められもするし、自分自身も「変わりたい」と思っていながら、ついついいつも通りの生活やルーティーン(慣性)に乗っていて、一日終わって気がつくと

「何にも変わらなかった!」

と思うこともしばしばで、そんな日が続けば

「あ〜あ、俺orあたし一生このままなのかな〜」

なんて悲嘆に暮れる、なんてこともあります。

でも大丈夫です!
あなたは変われます!!!

もちろん不慮のこと、災害、事故、事件、そういった外的要因で否応なしに変化せざるを得ないということは起こりますが、こういったことは肉体的精神的に結構負荷が強いのと、そんなことが起こるまで待っている時間が勿体無いという点から、あまりお勧めできません。外的要因による変化は博打・ギャンブル的要素も大きいですし、第一嫌々やらなければいけないというのは、誰にとっても楽しくないんじゃないかと思います。

折角なら楽しくやるということが大事です。

じゃあ何が楽しいかというと、やっぱり自分で決めるということなんだと思います。
介護・福祉の「勉強」をした方なら目に耳にしたことがあると思いますが、「自己決定権」、自分で決める力、というものは、これはやっぱり人間存在にとって、めっっっっっっっっっっっちゃくちゃ重要なことです。

大事なことなのでもう一度書きますが、

自己決定権はめっっっっっっっっっっっっっっっっちゃくちゃ大事です!!!!!

とは言いながら、私もついこの間まで「あいつが悪いせいだ」とか「嫌な職場だ」とか「ここはしょーもねえ集まりだ」とか、「これは不味い食い物だ」と愚痴ばっかり言っていました。

ある時はたと気がついたわけです。

「これを選んだのは誰でもなく俺じゃねーか!!!」

と。

そうなのです。
今の自分を取り囲む現実は、それがいいか悪いかにかかわらず、他の誰でもなく、「自分の選択の集積で成り立っている」のです。

ここで指す「自分」は「無意識領域も含む自分」としておきたいと思います。

それには確固たる理由があります。

「不幸は無意識に忍び込むから」です。

何をスピリチュアルなことを言い出しおって!とお叱りを受けそうですが、いや、別にお告げがあるとかそういうことで言っているわけじゃないのです。

例えば、いつも通勤時に寄るコンビニで大体似たような買い物をして職場に向かうとして、いっつも同じことをしていると、人間の脳は「慣れ」を生じさせます。
簡単に言えば、初めてその職場に向かうときは漫画のコマで言えば10コマぐらいあったのに、半年もすれば「通勤」として一コマで終わらせてしまいます。
これが「慣れ」です。

いつも警戒しながら生活するというのもそれはそれで大変ですが、このコマを端折ってしまう慣れというのも、肩こりと同じようなもので、固まるということに近づきます。
固まった部分があれば、その部分の柔軟性を欠くわけですから、それを補おうとしてそこ以外の部分に負荷がかかります。

さっきの通勤を例に取ると、コンビニに寄れば何か買うわけですけれど、そこでまず出費があります。一回では4〜500円ぐらいかも知れませんが、これが一月20回コンビニに寄るとなると、月1万円の出費です。
そして年間だとどうですか。
12万円です。

12万円あったら何か結構なものが買えます。

12万円かけて本当に食べたいものを食べているのか、買いたいものを買っているのか、考えるとこれはなかなかに突き刺さるものがあるのではないでしょうか。

12万あったら何しますか?それが何年分か積み重なったら…?ヒエ〜‼︎ですよね。

こう書くと「貯金ができない俺はなんてダメな人間なんだ…」と落ち込む方も居られると思いますが、大丈夫です。そんな方にも解決策はあります。

まずは実例として、私の体験談を赤裸々に申し上げると、

私が重度訪問を始めたきっかけは、どうも収入がないので、やる気が出て、犯罪以外の明日から出来ることで最大に収入を増やす事はできないかとネット検索してみたところ、福島の除染か、重度訪問か、という2択でした。

林業か猟師をやりたかったので、その軍資金を得るために一念発起という感じでしたが、除染の方は応募ページが複雑で、深酒でアルコールがたっぷり入った脳味噌ではよく分からなかったので、一念がポッキリ曲がって、単純明快な応募ボタンがあった(普通そうですが)重度訪問の応募が「先にできた」というのが実情です。

そこで運良く今の株式会社土屋の代表高浜さんから面接のお誘いを頂いて、直前に風呂に入って一番こざっぱりした服を着て行ったのがよかったのか、これまた運良く採用して頂いたという経緯です。

そう言えばその面接では福祉の話はほんの少しで、哲学と山の話しかしなかったと思います。チェーンソー買う金が欲しいと言ったと思います。高浜さんは「ふんふん、ふんふん」と相槌を打っておられたと思います(よく採りましたよね)。

それで入社してそれなりに働いて、月々お金をもらっていた訳ですが、正直申し上げて、私は9割方、それらのお金を酒代にして、銀行にはきれいさっぱり残ってませんでした。

バカでしょ?バカなんですよ。

重度訪問は2年弱やってたと思いますが、その中で酒に消えた額は中古のベンツ位なら優に買えたんじゃないかという額でした(チェーンソーはどうしたんだ)。

ギターなら高見沢俊彦モデルとか、ネックが10本ぐらい生えたような鬼のようなものが買えたと思います。

さて、こう私のバカぶりを書いて、皆さんに「節約をしなさい!」と言いたいわけじゃあないんです。

お金の話ばかりではないのです。

「変化」というテーマに話を戻しますと、世間一般では転職というのは大きな転換点だと言われます。
しかしご覧のように私のような人間は、転職ごときでは全く変わりませんでした。

では何が私を変えたのか。

本当は色々とあると思いますが、一つ大きなことと言えば、「靴を揃えるようになったこと」です。

それまで私は「いい感じのところに脱いでおけばいいでしょ」と思っていました。
ですから、そうしていたので土間は常に乱雑でした。
そうしていると、次出掛けるときに靴を履くのに、片方と片方があっち向いたりこっち向いたりしているわけで、片方の靴に足を入れたら体を一度入れ替えてもう片方を履くという「手間」が生じて、揃えている状態の靴を落ち着いて履くのと比べてちょっとエネルギーが要ります。

このエネルギーを毎回毎回払って出かけなければならなかったわけです。
何ともすれば変な角度で置いてある靴に対してイラッとしておるわけです。しかし、注目しなければならないのは、この状況を生み出しているのは他ならぬ、

私自身ではありませんか!!!

こういうちょっとしたことの「イラッ」を自分で招き入れていたということです。
勿論テキトーに脱がれた靴は痛みも早いですから、次の靴が欲しくなります。というより必要に駆られます。
そしたらまた出費です。
お金が唸るほどはないので、そのときの懐事情に合った靴を消極的に選んで(ある意味選ばされて)半ば釈然としないまま買う。

そんな靴に愛着が湧くかと言えば、そういうことも稀にあるでしょうけど、消極的に「これでいいかな〜と思って…買った…」という事実は消えないでしょうから、

「いつかはこうじゃない感じにしたいけど、今のところまあ、なんか、妥協して、いやほんとはこういうのがいいわけじゃないっていうのはわかってるんだけど、とりあえずの、これ」

という姿の出来上がりです。負のスパイラルです。
私は皆さんにこうなって欲しくないのです。

靴を揃えるか揃えないかを例に取りましたが、勘のいい皆さんならもうお分かりだと思います。
人生を面白くするのは、豊かにするのは、変化するのに必要なのは、本当に小さな小さな

無意識にやっている「慣れを打破すること」です。

いつも閉めている窓を開けるのもいいですし、服を綺麗に畳んで好きな順番に並べるのでもいいですし、スマホを見るときの姿勢を5分だけ違う姿勢にしてみることでもいいと思います。
すると、「あれ?」と「いつも通り」でなくてもいい自分に気づくと思います。
自分がいつも通りでなくても平気な世界もそこにはあると思います。
そうやって自分が自分の人生を選び取っていきましょうよ。

私は皆さんお一人お一人にもうめちゃくちゃに輝いてほしいし、ビッカビカのキラッキラになってほしいのです。
静かに光る、ということも勿論素敵です!

あなたが輝けば周りも輝きます。

 

最後に最近観ているYouTubeチャンネルをご紹介しておきます。

・底知れない「ん(運)」の世界をおじさまたちが語りあう

▼広島講談チャンネル
https://youtube.com/channel/UCzIF_Ayn-cKNlXo45lHNUwA

 

・健康を、安価で自主管理!

▼楽助さん
https://youtube.com/channel/UC1WUSPjgGfSuyRym48hL5Pg

 

上記動画の知見は自己責任でお願いします。

ではではまた。

 

◆プロフィール
牧之瀬 雄亮(まきのせ ゆうすけ)
1981年、鹿児島生まれ

宇都宮大学八年満期中退 20+?歳まで生きた猫又と、風を呼ぶと言って不思議な声を上げていた祖母に薫陶を受け育つ 綺麗寂、幽玄、自然農、主客合一、活元という感覚に惹かれる。思考漫歩家 福祉は人間の本来的行為であり、「しない」ことは矛盾であると考えている。

 

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