ゆで卵の薄皮と同行狂騒曲 / 鶴﨑 彩乃

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ここ数週間、私のメンタルはどん底だった。今も決して通常運転ではない。それは、生活を支えてくれる事業所が、様々な理由で複数入れ替わることになったからである。

入れ替わるという連絡が私に入ったときは、大きな不安と焦燥感に襲われる。「次の事業所さん、見つかるの?」「ひとり暮らし、継続できるの?」という思いが、私の中をグルグルと回り続け、もともとあまり強くない私のメンタルは、あっという間に深く深く沈み込み、何もかも手につかなくなる。

たった一社が入れ替わるだけでもこんな感じなのに、今回は複数社。もう呆然というか、不安すぎて恐怖感に変化した。あまりにも予兆なくやってきた涙が止まらなかったのが、その証だろう。

しかし、私は1人ではない。相談員さんが頑張って新しい事業所を見つけてくれ、すべてではないが、後任が見つかる時間帯も出てきた。まだ先が見えない時間もあるので不安な気持ちはあるけれど、新しい事業所が決まった段階で私には真摯に取り組まなければいけないことがある。それは「同行」だ。

同行というのは、慣れているアテンダントと新人のアテンダントが一緒に訪問し、研修をしながらサービスを行うというものである。同じ事業所から2人のアテンダントが来ることを「同社同行」、違う事業所から1人ずつアテンダントが来ることを「他社同行」と私は呼んでいる。

同行の際、初めて訪問されるアテンダントもすごく緊張されていることだろう。それは、当然だ。「鶴﨑彩乃」という奴がどんな奴かということが分からないのだから。すごく気難しいとか、すぐ怒ったらどうしようとか様々な不安を抱いてうちの玄関の前に立っていらっしゃるのだろう。

しかしそれは、クライアント側だって同じなのだ。「どんな人なのだろう。」「(私の身体が)重いと思われないかな。」など、色々なことを考えすぎて胃がキリキリと痛み出し、ご飯が食べられない。眠れない。ということが起きる。

もちろん、1人暮らしを継続するために、手順やルーティンを覚えてもらうことに協力を惜しんではいけない。むしろ、積極的に受け入れるべきだろう。ただ、わかってほしいことがある。

クライアントの方も「同行」を受け入れるのに精神的にも肉体的にもすごく疲れる。それが、1週間に複数回あれば私はクタクタになる。そして、同行が終われば終わりではない。新しいアテンダントとの日々が「始まる」のだ。それが、私の日常になるまでには、結構な時間がかかる。

念のために申し上げておこう。これは誰が来ても私はこうなるのだ。そして胃の痛みが消える頃、私にとってもアテンダントにとってもこれが「日常」になるのだろう。

「薄氷を踏む」という言葉がある。私にとって、1人暮らしの継続は薄氷より薄いものの上を歩いているような感覚がある。ゆで卵の薄皮ぐらい。(伝わるのか?)

今まで何度も投げ出そうとしたけれど、実際そうしなかったのは「ひとり暮らしの継続」こそが私の自己実現の1つであるということだろう。

しかし、1人暮らしを人に勧めるかと問われれば、答えはNOである。今の現状では、1人暮らしをすることで得られる自由より、大変なことの方が桁違いに多いのである。そんな現状を感じている私は、安易に「1人暮らし」という選択肢を提示することには気が引けるのである。

ただ、未来を歩む人達にとって、選択肢は無限大な方がいい。だから私は、「ひとり暮らし」を提案できる世の中になればいいなと思う。1人暮らしだけではない。障害や生きづらさを感じている人達に「まぁ。とりあえず最後までは生きたってもいいかな。」と感じてもらえる世の中になればいいと思う。

とか、カッコイイこと書いたけど、とりあえずちゃんと食べれて、いい夢見れる日が来ますように。切実に願っている。

 

◆プロフィール
鶴﨑 彩乃(つるさき あやの)
1991年7月28日生まれ

脳性麻痺のため、幼少期から電動車いすで生活しており、神戸学院大学総合リハビリテーション学部社会リハビリテーション学科を卒業しています。社会福祉士・精神保健福祉士の資格を持っています。

大学を卒業してから現在まで、ひとり暮らしを継続中です。
趣味は、日本史(戦国~明治初期)・漫画・アニメ。結構なガチオタです。

 

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