地域で生きる/21年目の地域生活奮闘記⑳ ~親亡き後問題を真剣に考えて生きる~ / 渡邉由美子

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が実家で家族の介護を受けながら暮らしていた数十年の間は、父親が生計を支え、母親は私の専属介護者でした。学習のサポートから生活の全てを母親ありきで私が生きていられるという状況でした。

家族はもちろん、生まれた当初は、障がい児をどのように育てたら良いのか悩んだり、病院のはしごをしたりして、治せるところはないかと奔走していましたが、毎日のことでルーティン的な家族の独自ルールが確立してからは、両親が難なく家族内だけで私を養育できる間は、障がいのない子どもが育つごくありふれた家庭の一つでした。

私が、養護学校の高等部を卒業する頃までは、割と将来のことなど何も考えずに生きていました。それでも、何の問題もなく生活できました。今から考えれば、大変幸福な時代でした。

幼いころから周囲の私に関わる人たちに、「そんなに母親ばかり頼っていたら、いなくなった時どうするの?」とよく聞かれて困惑し、固まって何も答えられなくなり、下を向いていた時代もありましたし、自立生活を獲得するまでは、本当に両親がいなくなったら自分は生きられないので、両親より一日でも早く私がこの世からいなくなることばかりを考えていたこともありました。

そんなマイナス思考を変えたいと、母親が六十歳を過ぎた頃から、家族の元に居ながら一人暮らしだと思って、ボランティア学生さんに依頼し、日常生活の介護を頼む状態を試みて、“他人介護を私の生活の中に取り入れる”という発想を持つようになりました。

理由は、両親が私の身体介護に限界を感じ、その頃から「家族が一生私の面倒を見て、共に暮らし続けることは不可能なのだ」と私自身悟るようになったからです。家族は全員、介護が出来なくなったら、施設に入所して施設介護を受けるよう勧めていました。

私も最初は、親亡き後は入所施設でひっそりと誰にでも好かれる可愛い障がい者として生きていくしか方法はないのだと信じ込んでいました。しかし、清水の舞台から飛び降りるつもりで始めた自立生活が、なんと、二十一年目を迎えることとなりました。施設にはなんとしても行きたくないという思いが叶い、自立生活を継続しているのです。

私の暮らしは紆余曲折がありながらも回っていくようにはなっています。一人暮らしをして二十一年も経てば、当然のことながら、両親は本当に高齢者となりました。あれだけ母親べったりで生きていた私が、いつしか母親を敬うようになっているのです。

まだ元気でなんとか暮らしているのですが、年齢的なことについて母親の誕生日を契機に、ふと考えた時「いつまでこのような、お互いが認識し合える形で誕生日を祝うことが出来るのだろうか」と感じてしまいました。

今までお世話になった両親なので、何か恩返しがしたいと思いますが、身体の動かぬ状態で私に何が可能なのか、日々悩んでいます。高齢者は一般的に身体が衰えていくと精神的に弱気なことを言うので、せめて、心のケアができるようになりたいと、今まで障がい分野専門の福祉的知識しかなかった私が、高齢の福祉分野を勉強してみたいと思うようになりました。

そもそも私が、「自立生活をしよう」「一人で生きていくことができる自分になろう」と決意したのは、親亡き後、路頭に迷ったり、うろたえたり、自分の精神が崩壊したりしない準備をしようと心に決めたことがきっかけとなりました。

「まだ先だ」と思っていた親亡き後が、目前に迫ってきていることを、毎日状況を見ているわけではなくても、感じずには過ごせないのです。

両親共に八十代の生活です。とにかく、今できる覚悟をしながら、穏やかな最期が迎えられ、しっかり看取る覚悟だけは決めておかなければと思います。

自分のことで精一杯なので、介護らしいことは難しいですが、自分のことを自分で着実に行い、家族に心配をかけないこと、就労はできていなくても、経済的管理もして、自分の暮らしを破綻させないことが、三十年親亡き後を考えて生きてきた、家族の最後の集大成となるようにしたいと思います。

今、一番困っているのは、介護体制が安定せず、この生き方が揺らいでいることなので、その部分でも両親に心配をかけないよう、より一層の努力を重ねていきたいと思います。

両親自身に介護がだんだん必要になってきているので、私の知り得る知識で何か役に立つことがあれば良いなぁと思っています。高齢と障がいの介護制度は全く違うので難しい側面は多いですが…。

これから両親のためにも、自分が物事をちゃんと考えられなくなる時のためにも、成年後見人制度や精神的な意味でのグリーフケアの勉強を始めたいと思っています。

様々なことを考え備えることによって、いつかは人間みんな平等にやってくる死への恐怖や死生観を、自分なりにつけていくことで、今の生き方にプラスの作用をもたらすよう、前向きな親亡き後を考え続けていき、両親には、自分らしい人生の真っ当を遂げてもらえたらと思っています。

◆プロフィール
渡邉 由美子(わたなべ ゆみこ)
1968年出生

養護学校を卒業後、地域の作業所で働く。その後、2000年より東京に移住し一人暮らしを開始。重度の障害を持つ仲間の一人暮らし支援を勢力的に行う。

◎主な社会参加活動
・公的介護保障要求運動
・重度訪問介護を担う介護者の養成活動
・次世代を担う若者たちにボランティアを通じて障がい者の存在を知らしめる活動

 

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