「面を打つ④~鎮魂~」 / 富田祥子

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能面のような顔、とは無表情という意味でよく用いられる表現ですが、これは全くの誤用であると声を大にして言う必要が、私たち能面にかかわる者にはあります。
もはや、義務として言い続けなければなりません。

能面は一つの顔でありながら、そこに様々な表情を写すことに特徴があります。世界にはさまざまな面がありますが、これほどまでに多様な表情をもつ面はどこを探してもありません。
最も洗練された面が能面であり、日本の誇るべき伝統文化だと私は思っています。(ちなみに私は仮面愛好家なので、世界各地の面をこよなく愛していますが、やはり能面は芸術性において別格です。)

一度能面を手に取った人ならわかると思います。あるいは、能を観劇する方々には。
例えば、能面を少し傾けると、そこには哀しみや憂いが写し出されます。そして傾けるにつれ、怒りや苦悩が。傾け方により、能面はさまざまな思いを、その表情に写し出すのです。

能は元々は神事としてありましたが、能を芸術として昇華させたのは世阿弥です。(もっとも翁面を掛け、五穀豊穣を祈る神事芸能は、能において最も神聖なものとして常にありますので、ここでは省きます。)

世阿弥の形式は「夢幻能」と呼ばれ、能舞台ではこの世とあの世が交差します。基本的な構成としては、旅の僧がある土地にやってくるところから物語は始まります。そこで旅の僧はある人物と出会います。その人物は、つらく悲しい話を旅の僧に聞かせ…

そう、この人物は死者です。この世に恨みや執着を残した男や女。死者が生者の世界でなおもさまよい、自分の身の上を僧に語り、成仏させてくれと頼むのです。旅の僧は話を聞き、死者を弔い…

このように、能舞台に多く現れるのは死者なのです。それゆえ、能面は哀しみや怒り、苦悩や怨念が多く写し出されるものとなっています。

私は女面を怖いとは思わず、美しいと思うのですが、大概の人は怖いと言います。多分、その方がより本当なのでしょう。あの人たちはすでにこの世にいない人たちなのですから。あるいは人ではなく精霊なのですから。

仮面をつけると人は神になる…
民俗学者がこう表現するように、能面を付けた演者はすでに人ではありません。

人は能面を通して、能の舞台を通して、この世とあの世を行きつ戻りつし、死者の哀しみに耳を傾け、そして彼らを弔うのです。

鎮魂。魂を鎮(しず)めることは、日本において古来より為されてきたことでした。多くの人がいわれなき罪のうちに死に、その魂は怒りや怨念を伴って、生者を害す。古くより日本ではそれを恐れ、数々の弔いを行ってきました。

日本で最も恐れられた怨霊は、崇徳上皇でしょう。保元元年(1156年)、崇徳上皇は政変に敗れ、讃岐に流されました。私は以前、崇徳上皇の御神霊が祀られていた白峰陵を訪れたことがあります。森閑とした山の中にある上皇の御陵。

崇徳上皇は遠流の地、讃岐の配所で都へ帰る日を待ち望み、大乗経を写され、京へと送ります。しかしそれは都から返され、上皇は怒り、嘆き…自らの血で大乗経に呪詛を書きつけたと言われています。
そして崇徳上皇の崩御後、長きにわたり後世を畏怖させた日本最大の怨霊が出現するのです。

政変や冤罪で敗者となり、死した者たちの怨念。能の世界にも多く見られます。
能では男に裏切られた女性の怨念や、子を失った母の嘆きの話などもあり、いかに恐ろしく哀れな物語であっても、その底には古来よりの鎮魂の思想が流れています。

現代では、怨霊や鎮魂は片隅に追いやられ、多くが科学に取って代わられましたが、明治時代になっても崇徳上皇の御神霊が、たたりを恐れて京都に迎えられたことを思うと、怨霊が息をひそめたのも、長い歴史の中ではついこの間のことです。

鎮魂はいまや廃れかかっている能の中には息づいていますが、無念や哀しみのうちに死した者を弔うことは、やはり私たちの内に今なお流れ、忘れてはならないものではないかと、能面を打ちながらしみじみと感じています。

 

富田 祥子(とみた しょうこ)
本社

 

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