災害と障害④ / 田中恵美子

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2012年11月9日に行われた第二回災害時要援護者の避難支援に関する検討会で、日本障害フォーラム(JDF)幹事会議長(当時)の藤井克徳氏は二つの問題を指摘した。一つは既存の震災政策が障害という観点から見て有効性を欠いていたこと、もう一つは平時の障害者に対する支援策の水準の問題である(藤井 2012:2)。

前者の震災政策については、「災害時要援護者名簿」(当時)が機能しなかったことを課題として取り上げた。即ち、1つは大規模災害においてはそもそもこの名簿がどこにあるのかもわからなくなってしまっていたこと、2つには援助者として想定されているのが民生委員など、自らも高齢者として要援護者であった例が多かったこと、そして最後に名簿に登録している障害者の数が少ないことが挙げられた。

この時、私は古くからの友人のことを思い出していた。彼女は町会には入っていたし、回覧板も回ってくる家で、近所づきあいはあいさつ程度ではあったがしていた人だった。彼女は名簿に自分の名前を載せることを拒否していた。どこに住んでいようが自由だ、干渉されたくないというのが彼女の説明だった。

しかし、関西出身の彼女は阪神淡路大震災の後は訓練に参加し、名簿にも名前を載せた。震災を身近に経験したことで(といっても彼女は震災当時は東京に住んでいて、関西にいたわけではないのだが)、震災を自分事としてとらえるようになったのだろう。そしてそのために自分が何をすべきなのか、災害対策とはいうが、それは平時に備えられるものであるから、今、気づいたときから何ができるか、考え、行動するということなのだろう。

現在は、2013年に防災対策基本法が改正され、「避難行動要支援者名簿」と改名され、これは、高齢者、障害者、乳幼児等の防災施策において特に配慮を要する者(要配慮者)のうち、災害発生時の避難等に特に支援を必要とする者の名簿を意味し、作成が市区町村に義務付けられ、平時には本人の同意を得なければならないが、災害時には本人の同意の有無に関係なく、名簿が避難支援者等に提供されることになっている。

こうした変化を受けて、障害のある人たちの災害時の安全がより強化されたように見えた。しかし、実際には必ずしもそうとは言えないことが分かったのは、真備町の水害での経験からだった。

2018年7月6日、豪雨のため、真備町の一部地域にはすでに19時半に避難勧告が出されていた。しかし、知的障害のあるシングルマザーの三宅遥さんが居住していた地域が避難勧告を受けたのは22時。支援者が連絡するも、三宅さんは「地域の小学校がわからない」といい、それを最後に連絡は途絶えてしまった。三宅さんは5歳の娘とともに翌日遺体で発見された。この時、真備町の名簿は金庫の中におさめられたままだったという。

 

◆プロフィール
田中 恵美子(たなか えみこ)
1968年生まれ

学習院大学文学部ドイツ文学科卒業後、ドイツ・フランクフルトにて日本企業で働き2年半生活。帰国後、旅行会社に勤務ののち、日本女子大学及び大学院にて社会福祉学を専攻。その間、障害者団体にて介助等経験。

現在、東京家政大学人文学部教育福祉学科にて、社会福祉士養成に携わる。主に障害分野を担当。日本社会福祉学会、障害学会等に所属し、自治体社会福祉審議会委員や自立支援協議会委員等にて障害者計画等に携わる。

研究テーマは、障害者の「自立生活」、知的障害のある親の子育て支援など、社会における障害の理解(障害の社会モデル)を広めることとして、支援者らとともにシンポジウムやワークショップの開催、執筆等を行い、障害者の地域での生活の在り方を模索している。

 

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