役立たずの思想① / 安積遊歩

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優生思想は、私たちをバッシングしてくる。「わがまま」「生意気」「役立たず」そして、最後に、迷惑な存在、と決めつけて、私たちの生きる権利を、様々に奪い取ってきた。

ところで、人類の歴史上、障害をもつ人たちが存在しなかった歴史は、おそらく全くないだろう。生まれつきの障害であれ、後天的な障害であれ、私たちは、いつの時代にもどんな場所にも存在してきたのだ。多分、人類の最初の頃は、採集や狩りができなければ、生き延びることは難しかっただろうから、障害は、すぐに死を引き寄せたに違いない。しかし、少しずつ人間は社会をつくりだした。先住民の人たちの歴史を学ぶ時、私は障害をもつ人たちが彼らの社会の中でどのように生きてきたのかが、非常に気になる。私の中で、それはいつか、時間を作ってゆっくりと研究したいテーマである。

私の障害に限って言えば、エジプトのミイラの中にも、私と同じような骨の特徴を持った人が発見されているという。ミイラになるためには、良い家柄のところに生まれたに違いない。その時代は、身分性が凄まじかったから、奴隷にされた人たちのずいぶん多くが、障害や病気を持って、死に向かったことだろう。障害をもつ人が生き延びるためには、まず周りの人との関係が絶対的に影響する。周りの人が、生き延びるために協力を惜しまないという社会や歴史は、未だ完全には立ち現れてはいない。

私たちはよく考えられる人間でありながら、一人一人がどうやったらみんなで幸せになれるかというより、自分の欲望を肥大化させ、一部の人間が人々を支配し、コントロールする方向に進んできた。もちろん奴隷制に抗い、誰でも平等・対等なのだという人権思想はずいぶん広まってきてはいる。しかしそれは効率・生産性をどれくらい一人一人が上げられるかという眼差し・優生思想を徹底的に覆すものにはなっていない。この文章の冒頭にも書いたが障がいを持つ人が声をあげれば、即座に「ワガママ、生意気、役立たず、迷惑をかけるな、引っ込んでろ」の声が世間に溢れる。

しかし私たち障がいをもつ人はそういった声を恐れる必要は全くない。なぜなら社会を確実に良い方向に向かわせているのは、私たち、子供たち、お年寄りたち、つまりケアを必要とされる人たちなのだから。

今回、伊是名夏子さんが乗車拒否され、それに声をあげたことでバッシングをされ、Twitterが炎上した。私にはすべての多様な人たちが、当たり前に使っているだろうエレベーターが、どんな歴史の下にできてきたのかを、あまりにみんなが知らないのだということに驚愕した。だから改めて、そして何度でも書いていこう。

私が初めて街に出た頃には、駅には全くエレベーターはなかった。だから、どんな言葉を言われても、周りの人に頼んで階段を上ったり降りたりするのが日常だった。いつか駅にエレベーターが設置されることを、心に思いながらときに命の危険を感じながらも、周りの人に助けを求め手を借り続けてきた。そして心の中で私もみんなの想像力に手を貸しているのだと言う誇りを持ち続けた。特に駅員たちには嫌われながらも、「『自分たちの腰がひどい目にあうから来るな』という前に、あなたたちもJR本社や地方自治体に『すぐにエレベーターをつけましょう』と働きかけてください。共に生きやすい社会を作って行きましょう」と言い続けた。

なっちゃんが声をあげてくれたことで見えてきた次の問題は、無人化駅の問題である。私は今北海道に住んでいる。北海道は無人化の駅が多いが、私はなるべく連絡や下調べをしないで乗れることがいちばんと思っている。公共交通機関の役割は全ての人に同じ質、同じ量のサービスを提供することが求められているはずだ。いちいち下調べをして連絡をしておくことは、差別的対応をこちらからお願いしているということにすらなると考えている。なぜなら私が車椅子に乗っているという現実は、私だけの問題ではなく社会にとっては、ケアの必要な人たちとどう共に生きるかを考える絶好のチャンスなのだから。

だから、無人化駅を使うときには必ず一悶着ふた悶着がある。しかしそうした一悶着は、昔どの駅にもエレベーターがないころ起きた一悶着とさほど変わらない。車椅子では、その駅を使いづらいのだから、エレベーターをつけるなり、人員を確保するなり、差別しないために考えなければならないのは、会社や地方自治体や社会の側なのだ。

私たち障がいをもつ人たちは、今まで剥奪され続けた自由を奪い返すために、存在をあちこちに出没させよう。もちろん私は下調べや連絡をするという仕方も、あまりに不愉快な対応を受ける必要はないわけだから、良い方法だと思っている。しかし大事なことは、突然行ったとしても手のかかる迷惑なやつという対応でなく、今回のようにできる限りの工夫をして対応してほしい。そして本当にユニバーサルな駅をどの駅も目指すために、駅員も会社も一丸となって欲しいのだ。

私たちはこの社会に存在し、自由を分かち合うことそのもので、私たちのこの社会全体とそして社会の未来を良くする責任を果たし続けていることを自覚しよう。それは車椅子に実際的に関わっている人々への感謝とともに、彼らの自身の未来を良くすることにつながっているのだから。役立たずと言われてきた私たちが社会に出ることで様々な仕事を作り出し、社会全体の平和のために経済を回すことができるのだと、もっともっと声をあげ続けよう。

 

◆プロフィール
安積 遊歩(あさか ゆうほ)
1956年、福島県福島市 生まれ

骨が弱いという特徴を持って生まれた。22歳の時に、親元から自立。アメリカのバークレー自立生活センターで研修後、ピアカウンセリングを日本に紹介する活動を開始。障害者の自立生活運動をはじめ、現在も様々な分野で当事者として発信を行なっている。

著書には、『癒しのセクシー・トリップーわたしは車イスの私が好き!』(太郎次郎社)、『車イスからの宣戦布告ー私がしあわせであるために私は政治的になる』(太郎次郎社)、『共生する身体ーセクシュアリティを肯定すること』(東京大学出版会)、『いのちに贈る超自立論ーすべてのからだは百点満点』(太郎次郎エディタタス)、『多様性のレッスン』(ミツイパブリッシング)、『自分がきらいなあなたへ』(ミツイパブリッシング)等がある。

2019年7月にはNHKハートネットTVに娘である安積宇宙とともに出演。好評で再放送もされた。

 

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