「出帆」Part 2  /古本 聡

ところで、船の運航において最も基本的で大切なのは、目的地の明示、航行進路の指示、乗組員全員に宛てた訓示だそうです。この3つの項目は原則として船長と副長,航海士が決定し順繰りに全乗組員に伝えるのだそうです。
その一方で訓示は、航海中に乗組員が業務行動の拠り所とするルール、または規範のようなものなので、船長自らが全員に語り掛け伝えます。
その際、1つ目と2つ目の項目が大切なのは、船を動かすためであり、3つ目は、乗組員と乗客とで航海中に形成される船上コミュニティ内に和と秩序をもたらすのに絶対不可欠なのです。
船に乗り合わせる人たちは、乗組員も乗客も、民族や国籍、信条や宗教、文化背景、生活基盤、すべてがバラバラなのですから、航海中だけでも皆が、その船の上で設定された文化を共有し合うことにおいてその重要性については大いに納得できますよね。
一方、翻って考えてみると、この3つは企業、特に理念型ビジネスの企業には備わっているものだということに気が付きます。大勢の人たちがチームを組んで船を動かしてきた歴史のほうが長いわけですから、多分船から企業に伝わったのでしょう。
私たちの新生土屋にも、この3つの事項が「ミッション・ビジョン・バリュー」という形で定められています。そこで、「新生土屋ミッション・ビジョン・バリュー」の全文は、別ページでお読みいただくとして、これ以降、主にミッションとビジョンの部分になりますが、それらについて述べたいと思います。
企業は様々な世界観、価値観、個性を持つ人たちが集い、さらにそこに多様なバックボーンを持ったユーザーやそのご家族が加わり築き上げられる一種のコミュニティ。その面では船上コミュニティと同じです。それを構成する全ての人々の間で共有される理念、目的意識、共通価値、問題意識、共通理解、共感があって、そこに文化が形成します。
そしてそれを伝え合い、醸成していくための円滑で活発なコミュニケーションが不可欠。しかもそれは、従来のトップ・ダウンだけではなく、ボトム・アップ、そしてホリゾンタルのように多方向なコミュニケーションであることが最も望ましい形なのです。
私たちの文化の真髄、それは「共感や理解を通して緩やかにつながりながら、個の自律性が保障されている、自由と規範が、多様性と全体性が共存する、オープンでありながら安全な、交響圏へと、共に歩んでゆく。ソーシャルインクルージョンの実現を加速させ、ダイバーシティーコミュニティを実現しつつ」。「探し求める 小さな声を、それに応えよう ありったけの誇らしさと共に」を合言葉に。その最も基本となるのが相互の深くて強い信頼なのです。
次に、この文章に使われている言葉の幾つかについて、補足的に手短に解説を記しておきます。
交響圏」とは、多様な個の声が互いに響き合うハーモニーとなり、喜びと感動に満ちた生のあり方、関係性のあり方を追求し実現することをめざすコミュニティ。
「誇り」。それは、自己のミッション・ビジョン・バリューを深く認識して行動する人の気高い心の持ち様。一定の品位を保とうとする、人としての美意識でもあるでしょう。
合言葉」については、他の誰かが聞き逃した「小さな声」、「ヘルプを待ち続けている声」。私たちは、そんな声にも耳を傾け、応えていきます。これもまた誇りと美意識から出る私たちの姿勢を示しています。
この新生土屋の文化で重要だと考えられている視点がもう一つあります。それは「社会正義」。 社会正義とは、「社会的公正」(social justice)とも言い換えられますが、あらゆる不公正、不公平、差別、抑圧、不正の撤廃、ならびに生命、人権、尊厳の擁護、福祉の進展、自由意思の尊重と言った、幅広い意味で使われています。
最後に、私たち土屋人としての新たなる決意をここに表明させていただきます。
新生土屋が重要視するのは、一に「ご利用者様・ご家族の福祉」、二に「会社全メンバーの福祉」、そして三に「ソーシャルビジネス企業としての拡充・発展」であり、それらのバランスを、極端にならないように、歪にならないように細心の注意を払って維持していくことです。
言い換えれば、「ご利用者様・ご家族に安全、安心と安定、満足を提供し」、同時に「社員・スタッフの安心と安定、社会的地位の向上を約束し」、さらには「企業として得られる利益も無理することなく得つつ、それを、「目の前の人に全力で向き合いたい」、このごく自然な人間としての気持ちを出発点として、私たちの力を必要とされている、より多くの人たちのサポートへの原資としていく」。
この3つのことを同じ軌道に乗せて運営する。これが新生土屋の静かで、しかしながら揺るぎない決意です。その行き着く先が交響圏なのです。
さて、「出帆!」の号令はもう響き渡りました。私たちの船 ― 新生土屋の舵が切られ、舳先はすでに大海原に向けられています。今度は私たちが、それぞれの持ち場でその号令に大きな声で呼応する番です。
「ヨーソロー!」とね。
「日本一働き甲斐を感じる、日本一サービスを受けたい介護会社」
― 株式会社 土屋
古本聡 プロフィール
1957年生まれ。脳性麻痺による四肢障害。車いすユーザー。 旧ソ連で約10年間生活。内幼少期5年間を現地の障害児収容施設で過ごす。 早稲田大学商学部卒。 18~24歳の間、障害者運動に加わり、 障害者自立生活のサポート役としてボランティア、 介助者の勧誘・コーディネートを行う。大学卒業後、翻訳会社を設立、2019年まで運営。 2016年より介護従事者向け講座、学習会・研修会等の講師、コラム執筆を主に担当。