Nexus(ネクサス)土屋
(福祉サービス相談支援所)

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相談支援専門員/
池田博実インタビュー

池田博実 | Ikeda Hiromi
プロフィール
大学卒業後、小学校での勤務を経て、「人生の折り返し地点」から一念発起し福祉を志す。42歳で社会福祉士、精神保健福祉士、45歳で保育士と各資格を取得。障害者支援施設での支援経験をもとにした相談支援事業に従事し、現在に至る。2021年10月より「Nexus土屋 四日市」管理者・相談支援専門員に就任。

相談員を志したキッカケ

さまざまな「気づき」が、今の自分につながっている
大学を卒業した後、私は小学校での勤務を経験しました。私なりの夢を抱いて教育の世界に飛び込んだのです。今から20年以上前のことです。そして、ここでの経験が私にとって大きな「気づき」の端緒となりました。

具体的には、なんらかの理由で「学校に来ない人」、つまり不登校児の問題に直面したのです。きわめてデリケートな対応が必要な事案となりますが、当時の私は、自分の力量不足もあいまって、なんらかの困難を抱える本人と向き合い、その問題点を抽出し解決に導くといったことが、うまくできませんでした。その一方で、教育側に身を置く自分の「役割としての限界」も感じていました。

一人ひとりの児童にとって「学校生活」は、大きな位置づけではあるものの「全て」ではありません。学校の他にも家族、親戚、友人、場合によっては医療機関、さらには塾やクラブ活動など、さまざまなコミュニティのなかで生きています。不登校や、なんらかの困難を抱える児童は、そのなかのどこかに問題があるからこそ、生活全般が崩れてしまうわけです。では、いったい誰が一人ひとりの児童の生活を「俯瞰的に」見て、穏やかな日常を担保してあげることができるのだろうか……。

このような「ジレンマ」が、私に「物事を俯瞰で見る」という考え方を根付かせてくれたのかもしれません。

小学校を辞した私は、その後福祉業界に身を置くのですが、キャリアのスタートは、強度行動障害を伴う重度障害者支援に特化した入所施設の支援員でした。ここでも同様に支援員としての「役割」と「自分がやりたいと思うこと」について考えさせられました。施設はあくまでも「生活の一部」であって、その人の「全て」ではない。こう感じたことが「自分がやりたいことは何か」を、私自身にはっきりと教えてくれたのです。

「私がやりたいこと」。それは、小学校勤務時代、入所施設での支援員時代と、それぞれで感じてきた対象者の生活や人生を、第三者として「俯瞰的に捉えること」で、より良い生活設計に結び付けていくこと。その「役割」を担うことが「私がやりたいこと」だと、あらためて気づいたのです。これが福祉の世界で「相談支援専門員」を目指そうと思ったキッカケです。

福祉の世界では、障害をお持ちの方やご家族と「寄り添う」あるいは「並走する」といった言葉がよく使われます。それらの言葉に異議を唱えるつもりはありませんが、私が相談支援専門員として意識していることは、「応援する」ということ。障害者福祉の大きな目的は、いかなる障害をお持ちの方であってもストレスなく「社会参加」できるということです。

では障害をお持ちの方が「社会参加」するには、どうすればいいのか。そのことを総合的に判断し、計画としてまとめあげ、さまざまな事業所と連携して実行していく。このことをつうじて、一人ひとりを「応援」していく。元気づけて励ましていく。これこそが、私が今までのキャリアをつうじてたどり着いた相談支援専門員の姿です。

さまざまな「気づき」が、
今の自分につながっている

大学を卒業した後、私は小学校での勤務を経験しました。私なりの夢を抱いて教育の世界に飛び込んだのです。今から20年以上前のことです。

そして、ここでの経験が私にとって大きな「気づき」の端緒となりました。具体的には、なんらかの理由で「学校に来ない人」、つまり不登校児の問題に直面したのです。

きわめてデリケートな対応が必要な事案となりますが、当時の私は、自分の力量不足もあいまって、なんらかの困難を抱える本人と向き合い、その問題点を抽出し解決に導くといったことが、うまくできませんでした。

その一方で、教育側に身を置く自分の「役割としての限界」も感じていました。

一人ひとりの児童にとって「学校生活」は、大きな位置づけではあるものの「全て」ではありません。学校の他にも家族、親戚、友人、場合によっては医療機関、さらには塾やクラブ活動など、さまざまなコミュニティのなかで生きています。

不登校や、なんらかの困難を抱える児童は、そのなかのどこかに問題があるからこそ、生活全般が崩れてしまうわけです。では、いったい誰が一人ひとりの児童の生活を「俯瞰的に」見て、穏やかな日常を担保してあげることができるのだろうか……。

このような「ジレンマ」が、私に「物事を俯瞰で見る」という考え方を根付かせてくれたのかもしれません。

小学校を辞した私は、その後福祉業界に身を置くのですが、キャリアのスタートは、強度行動障害を伴う重度障害者支援に特化した入所施設の支援員でした。ここでも同様に支援員としての「役割」と「自分がやりたいと思うこと」について考えさせられました。

施設はあくまでも「生活の一部」であって、その人の「全て」ではない。こう感じたことが「自分がやりたいことは何か」を、私自身にはっきりと教えてくれたのです。

「私がやりたいこと」。それは、小学校勤務時代、入所施設での支援員時代と、それぞれで感じてきた対象者の生活や人生を、第三者として「俯瞰的に捉えること」で、より良い生活設計に結び付けていくこと。その「役割」を担うことが「私がやりたいこと」だと、あらためて気づいたのです。

これが福祉の世界で「相談支援専門員」を目指そうと思ったキッカケです。

福祉の世界では、障害をお持ちの方やご家族と「寄り添う」あるいは「並走する」といった言葉がよく使われます。

それらの言葉に異議を唱えるつもりはありませんが、私が相談支援専門員として意識していることは、「応援する」ということ。障害者福祉の大きな目的は、いかなる障害をお持ちの方であってもストレスなく「社会参加」できるということです。

では障害をお持ちの方が「社会参加」するには、どうすればいいのか。そのことを総合的に判断し、計画としてまとめあげ、さまざまな事業所と連携して実行していく。このことをつうじて、一人ひとりを「応援」していく。元気づけて励ましていく。

これこそが、私が今までのキャリアをつうじてたどり着いた相談支援専門員の姿です。

相談支援専門員として
心がけていること

あらゆる人と「顔を合わせる」、そのうえで「応援する」
全国には、相談支援専門員の肩書を持ち活躍されている方がたくさんいらっしゃいます。それぞれに考えがあり、また、属する組織の意向も加味されることになります。私自身が相談支援専門員として心がけていることは、前段でも記したとおり、障害をお持ちのご本人、ご家族の生活を「応援」するということです。この言葉に尽きるといってもいい。

とはいえ、相談支援専門員としてのキャリアをスタートさせた当初は、ご本人やご家族との「距離感」がうまくつかめず、良かれと思って動いたことが裏目に出るといった手痛い失敗も数多く積み重ねてきました。「第三者」という大切な視点が欠落していたのです。相談支援専門員は「家族にはなれない」「なってはいけない」ということがよく理解できていなかったのです。

障害をお持ちの方の社会参加(=自立)という大命題に対して、「何でもやります」ではなく、それぞれの方が主体性を発揮し自己決定ができるための道筋をつくり、「応援」していく。元気づけて励ましていく。でも障害をお持ちのご本人やご家族は、どうすれば良いのかがわからない。どう動けばいいのかがわからない。はじめは誰もがそうです。

だからこそ、支援開始当初は積極的に「ともに動きます」。「ともに動く」ことで、ご本人に「やり方」を理解していただき、次回からは自分で判断できるようになる。このことをご本人やご家族と向き合いながら粘り強く不安を取り除き「応援し続けていく」。そして「見守っていく」。このことが相談支援専門員として、私が心がけていることです。

そしてもう一つ大切にしていることがあります。

それは現在のコロナ禍では非常に難しいことでもありますが、あらゆる関係者と「顔が見える関係性」を構築するということです。人と人とのコミュニケーションは、言語を中心とした「バーバル・コミュニケーション」と非言語の「ノンバーバル・コミュニケーション」とで成立しています。コミュニケーションというと言語を介したものと一元的に捉える方が多いと思いますが、実はコミュニケーションの大半は、しぐさや表情といった非言語領域に依拠しているのです。

だからこそ私は、決して効率の良いやり方ではありませんが、あらゆる関係者と「顔を合わせる」ということを、今でも大切にしています。

あらゆる人と「顔を合わせる」
そのうえで「応援する」

全国には、相談支援専門員の肩書を持ち活躍されている方がたくさんいらっしゃいます。それぞれに考えがあり、また、属する組織の意向も加味されることになります。

私自身が相談支援専門員として心がけていることは、前段でも記したとおり、障害をお持ちのご本人、ご家族の生活を「応援」するということです。この言葉に尽きるといってもいい。

とはいえ、相談支援専門員としてのキャリアをスタートさせた当初は、ご本人やご家族との「距離感」がうまくつかめず、良かれと思って動いたことが裏目に出るといった手痛い失敗も数多く積み重ねてきました。

「第三者」という大切な視点が欠落していたのです。相談支援専門員は「家族にはなれない」「なってはいけない」ということがよく理解できていなかったのです。

障害をお持ちの方の社会参加(=自立)という大命題に対して、「何でもやります」ではなく、それぞれの方が主体性を発揮し自己決定ができるための道筋をつくり、「応援」していく。元気づけて励ましていく。でも障害をお持ちのご本人やご家族は、どうすれば良いのかがわからない。どう動けばいいのかがわからない。はじめは誰もがそうです。

だからこそ、支援開始当初は積極的に「ともに動きます」。「ともに動く」ことで、ご本人に「やり方」を理解していただき、次回からは自分で判断できるようになる。このことをご本人やご家族と向き合いながら粘り強く不安を取り除き「応援し続けていく」。そして「見守っていく」。このことが相談支援専門員として、私が心がけていることです。

そしてもう一つ大切にしていることがあります。それは現在のコロナ禍では非常に難しいことでもありますが、あらゆる関係者と「顔が見える関係性」を構築するということです。

人と人とのコミュニケーションは、言語を中心とした「バーバル・コミュニケーション」と非言語の「ノンバーバル・コミュニケーション」とで成立しています。コミュニケーションというと言語を介したものと一元的に捉える方が多いと思いますが、実はコミュニケーションの大半は、しぐさや表情といった非言語領域に依拠しているのです。

だからこそ私は、決して効率の良いやり方ではありませんが、あらゆる関係者と「顔を合わせる」ということを、今でも大切にしています。

これからの
Nexus土屋について

「総合プロデューサー」として「共生社会」の実現に貢献する
計画相談の現場では、相談支援専門員の役割は「コーディネーター」という言葉で語られることが多いと感じています。もちろん「支援計画」を軸に関係各所を有機的に「つないでいく」という意味では決して間違いではありません。しかし、Nexus土屋の相談支援専門員は、障害をお持ちの方ご本人やご家族にとって、生活全般の「総合プロデューサー」でありたいと捉えています。

冒頭に私自身が「俯瞰的に見る」大切さを感じたと記しました。そして「応援し続ける」とも。もちろんここにはある種の「理想」も含まれています。しかし、相談支援専門員が日々研鑽を続け、福祉制度のみならず、医療、教育などへの理解も育み続けること。また、総合的な見地からご本人の生活全般を理解することで、ご本人やご家族、さらには関係各所が「困っている」ときに、即答できるようでありたい。それこそが「総合プロデューサー」の役割だと認識しています。

株式会社土屋は、さまざまな福祉サービス事業をつうじて、障害をお持ちのご本人やご家族のより良く「生きる」「活きる」を、全国で「応援し続けて」います。その目指すところは、近年社会でも定着し始めた言葉である「共生社会の実現」です。2021年に開催された「東京パラリンピック」は、この言葉の意味を社会に印象づけるとても良いイベントだったと感じています。

「共生社会」とは、人と人との間にある「隔たり」をなくすことを意味します。だからこそ、その思いを込めて屋号として「Nexus」という言葉を選びました。「Nexus」とは、複数の人や物の「つながり」や「結びつき」「絆」を意味します。「絆をつなぐ」ことで、共生社会の実現に貢献したい。これこそが、これからの「Nexus土屋」の使命であり、私たちが追いかけるべきテーマであると考えます。

「総合プロデューサー」として
「共生社会」の実現に貢献する

計画相談の現場では、相談支援専門員の役割は「コーディネーター」という言葉で語られることが多いと感じています。もちろん「支援計画」を軸に関係各所を有機的に「つないでいく」という意味では決して間違いではありません。

しかし、Nexus土屋の相談支援専門員は、障害をお持ちの方ご本人やご家族にとって、生活全般の「総合プロデューサー」でありたいと捉えています。

冒頭に私自身が「俯瞰的に見る」大切さを感じたと記しました。そして「応援し続ける」とも。もちろんここにはある種の「理想」も含まれています。

しかし、相談支援専門員が日々研鑽を続け、福祉制度のみならず、医療、教育などへの理解も育み続けること。また、総合的な見地からご本人の生活全般を理解することで、ご本人やご家族、さらには関係各所が「困っている」ときに、即答できるようでありたい。

それこそが「総合プロデューサー」の役割だと認識しています。

株式会社土屋は、さまざまな福祉サービス事業をつうじて、障害をお持ちのご本人やご家族のより良く「生きる」「活きる」を、全国で「応援し続けて」います。

その目指すところは、近年社会でも定着し始めた言葉である「共生社会の実現」です。2021年に開催された「東京パラリンピック」は、この言葉の意味を社会に印象づけるとても良いイベントだったと感じています。

「共生社会」とは、人と人との間にある「隔たり」をなくすことを意味します。だからこそ、その思いを込めて屋号として「Nexus」という言葉を選びました。「Nexus」とは、複数の人や物の「つながり」や「結びつき」「絆」を意味します。

「絆をつなぐ」ことで、共生社会の実現に貢献したい。これこそが、これからの「Nexus土屋」の使命であり、私たちが追いかけるべきテーマであると考えます。