営業推進部

介護事業部 ホームケア土屋

杉隆司

関西・北陸 ブロックマネージャー / 営業推進室管理者

手を差し伸べるのは当たり前の行動であるという考えが浸透すれば、誰もが支援(介護)できるようになる。

 《interview 2022.06.29》

CtoC市場が活気づく今、介護の中でも「オーダーメイドの介護」ともいわれる重度訪問介護に必要なのは「あなたのこれまでの人生だ」と言ったら、驚きますか?株式会社土屋では、自分を正視することが、ステップアップの一つのカギになります。

CHAPTER1

遊んで食べて、勉強して、諦めて、選んで──あなたの人生も、そうじゃありませんか?

関西・北陸 ブロックマネージャーおよび営業推進室管理者として、株式会社土屋・ホームケア土屋を牽引する一人である杉 隆司。当社のキャリアアップシステムをまさに体現する存在です。

出身は福井県越前市。1977年生まれで、現在45歳。

杉 「小さなころから活発で、宇宙飛行士が夢でした。種子島宇宙センター宛てに『どうしたら宇宙飛行士になれますか?』と手紙を書いたら、『たくさん食べて、遊んで、勉強してください』と返事が来て、これならいける!と本気で思い込んでいました。

けれど中学2年の時の進路指導で、担任から『自分の理数系・英語の成績を踏まえて現実を見ろ!』とお叱りを受けて諦めました」

その際に担任から言われたのが「教師に向いている」という言葉。小・中と、学級委員や児童会長、生徒会長などをしていて、人前に出たりすることが好きだった杉は、その日から一転、体育教師を目指します。

杉 「運動は元々好きなんですが、中学からはソフトテニス部に所属しました。もっともソフトテニスを始めた理由は消去法で。他の部は監督が怖かったり、長距離を走ったりの練習が嫌だったりで……それでも、やっているうちに楽しくなりました」

高校でも杉はキャプテンとしてソフトテニス部を引っ張り、県大会、全国大会へと進みます。

杉 「専門のコーチがいなかったので、みなで工夫しながら練習していましたね。『学生部活の勝負はメンタルが8割だ』という言葉が心に残っていたので、自信さえ付けたら強くなる、と皆に暗示をかけて」

高校では部活と生徒会に励み、教育学部体育系の国公立大学を目指します。けれど受験に失敗し、1浪の後、私学も視野に入れた杉は大阪体育大学に入学します。

杉 「大阪に来た当初は、『福井弁の自分が関西弁ちっくに話してもいいの?偽物の関西弁ってバカにされないだろうか?』と、1か月程はなかなか声を発することができなかったんです。『なんでやねん』と下手くそながら言えたときのドキドキは今も忘れられません。

大学ではソフトテニスに区切りをつけて体育実技部に入りました。当時、一学年上に元プロ野球選手の上原浩治さんが在籍されていましたが、そういう超エリートクラスの人ではない、一旦競技から身を引いた学生が所属するクラブでした。そこでお互いの得意分野を教え合って、体育教師になる勉強をしていました」

しかし、大学4年の教育実習で、杉は教職の現実を目の当たりにします。生徒と共に部活動に励むという甘い思いを描いていた杉ですが、生徒指導の難しさなど、イメージと職務内容のあまりの違いにギャップを感じ、別の道を目指すことに。2001年4月、金融系営業職に入社します。

CHAPTER2

これまで、何と、誰と「つながってきたのか」自力だけで生きてきた人はいない

大阪で営業マンとして社会人生活の第一歩を踏み出した杉隆司。同期や先輩・上司が経済・経営学部ばかりだったため、少々場違いな感を抱きながらの始動となりました。

杉 「最初は知識よりも仕事を覚えて、契約を取りに行くのが主業務でした。自分の利点である体育会系のスタイルで頑張りましたね。

あの時も今もずっとそうなんですけど、私は本当に人に恵まれてるんです。周りの人が力を貸してくれたことが、仕事の上で大きな支えになりました」

営業職では、いい時も悪い時もあったという杉。営業の秘訣について、こう語ります。

杉 「恥ずかしがらないことですね。私自身、学生の頃から生徒会で演説などをしていたので、人前で話をすることに物怖じしないんです。それが仕事の役に立ったのかなと」

しかし、40歳を迎えたころ、杉は転職を考え始めます。

杉 「営業職は自分の心を押し殺して、会社の利益を優先することが多いんです。立場が上がれば上がるほどそうでした。

毎月の営業成績、部下の指導や数字に追われ、早朝から深夜まで業務をこなしていました。生活のためとはいえ、こんな時間を定年まで続けるのか?と先を考え転職を決意しました」

そうして杉は、営業から一転、介護業界に足を踏み入れます。

杉が介護を選択したのには二つの理由がありました。

杉 「まずはビジネス上の理由ですね。世の中何でもオンラインが主流になり始めて、サービス業全般に対面取引も仲介業者も必要なくなる時代が来るだろうなと。金融業やセールスなどはとくに影響を受けるのではないだろうかと当時は考えていました。そこで今後、継続する産業として、まだまだマンパワーが必要な介護業を一つの選択肢に入れたんです」

杉が介護に思い至った理由としては、父の病もあったといいます。

杉 「父は3年前に他界しましたが、長年パーキンソン症状(レビー小体症候群)を患っていました。母が福井の実家で一人で看ていたのですが、徐々に父の症状が悪化していき、母の介護疲れが目に見えてひどくなってきたんです。

けれど私も仕事と家庭があるので福井に帰るわけにもいかず、親からは慣れ親しんだ福井を離れて大阪での同居も断られ、営業職を辞める3年くらい前に八方塞がりになって行政に相談したんです。その時初めて、訪問介護支援を受けられることを知りました。

あの時は本当に在宅に来て下さった介護事業所、介護士の皆様に救われましたね。おかげで介護離職をせずに済みました。ですので、私と同じ境遇の方を減らしたいという想いも、介護業界へ向かう引き金の一つでした」

転職活動を始めた杉ですが、資格も経験もまったくない状態。なかなか思うようにはいきませんでしたが、ある日、大きな縁を感じる出来事が。

杉 「ある介護会社からメールが届いたんです。大阪で本日、就職フェアがありますと。ちょうど出張で福井に帰っていた時で、母に夕食を作ってもらっていました。けれど田舎なので電車は1時間に1本のみ。就職フェアに参加するには、あと10分以内に駅に向かい電車に乗らなければ間に合わない。

その時、何故か直感で『これは行かなあかん』と。夕食を断って、走りました」

その後、杉はその会社に入ります。もっとも妻には未経験な業界と給与面から大反対されますが、就職フェアでの担当者の嘘偽りのない目、そしてその後の面接で『1年頑張れば前職の7割、2年でトントン、3年で超える』という当時の上役(現代表・高浜 敏之)が語るビジョン、将来性の言葉に惹かれ、何故か大丈夫だと確信めいたものを感じ、2018年4月、重度訪問介護(重訪)の仕事に就きました。

CHAPTER3

異業種転入組と、介護畑が視点を共有し続けると、社会問題の突破口は見えてくる

重訪の前会社に入社した杉。まずはヘルパーとして、利用者の自宅に訪問します。

杉 「何もかもが初めて。とくに医療的ケアは緊張し手が震えてしまいました。けれど一人目のご利用者は会話もできて、ご家族も上司も親切に教えてくださり、まったく苦になりませんでした。

二人目のご利用者は発語が一切できず、目でコミュニケーションされる方でした。予備知識がなくて最初は少し混乱しましたが、介護経験がなかったのが却って幸いして『介護ってこういうものなんだ』と、すんなり納得できました。

まず関係を作ろうと、こちらから色々と話しかけましたね。営業の経験が役に立ったかなと。『あなたほど自分から話しかけてくる人は初めて』と言われましたが、そこで壁をすっと乗り越えられて、その後は苦労なく、さまざまなご利用者宅に入りました」

入社半年後に杉はシフトや管理業務を任され、その後新規に立ち上がった奈良事業所の基盤づくりを行います。入社1年後には大阪エリアのマネージャーに抜擢。とんとん拍子で出世していきます。

杉 「役職に就くと幹部ミーティングに出席でき、そこで当時上役だった高浜に会えるのが楽しみでした。短い時間でも直接お話できるのが、マネージャーとして一番嬉しかったことです」

杉はマネージャー就任とともに採用も任され、チーム作りに楽しさを見出すように。けれど苦労は多かったとのこと。

杉 「組織がまだでき上がっておらず、社員間の連携も上手くいっていなかったので、離職が多発していた時期でした。介護経験の浅い自分が一番上の立場になり、意見を聞いてもらえるだろうかと、構えるところはありましたね。訪問介護は直行直帰のため、皆がバラバラに活動しているように見え、まず組織形態を一新しようと考えました」

杉は報連相の基本を徹底し連絡体制の明確化を図り、同時に事業所のトップとして売上にも力を入れていきます。

杉 「当時は売上を伸ばすことが最重要任務となり、スタッフの待遇を良くするあてもないまま、売上や会社の成長だけを追求しなくてはいけない状況に置かれました。また営業時代に戻ったかと、そこは自分の中でモヤモヤしましたね」

とはいえ組織を整え、順調に事業所を拡大していく杉。リーダーの足場を固め、2020年4月に関西ブロックマネージャーに就任。関西圏の事業所を束ねるとともに、北陸にも進出し、金沢に事業所を立ち上げます。

そして2020年10月、会社を退職し株式会社土屋に入社。同じく、関西ブロックマネージャーとして、関西エリアの重度訪問事業部の運営・管理に当たります。

杉 「事業所ごとに運営方針は少しずつ異なって当然で、そこに会社の方針を落とし込むのが管理者の重要な役割だと思っています。ただ問題は、多くの管理者:マネージャーが『現場』の管理者で留まってしまっているということ。

この先の管理者は目の前の現場だけではなく、事業所や担当地域の将来を見据えて動かなければいけないと思います。地域ごとに人間性も環境も何もかも違いますから、会社指示を待つのではなく自ら判断し動ける組織になるのが理想。今の会社はいろいろと挑戦させてくれる、理解ある経営陣で本当にありがたいです」

今後の事業所の管理者は、「経営者としての感覚」を持つことが大切だという杉。管理者には、事業所の維持・継続・拡大に向けてするべきことを自ら考えて、各事業者がそのエリアで目標をもって自走できるように、指導を日々続けています。

CHAPTER4

社会問題の解決を目指す土屋は、あなたのあらゆる人生経験が「活きる場」だ!

関西エリアの事業部の方向性を明確にしながら、杉は並行して営業推進室 管理者として、当社の周知に向けて動いています。

杉 「もともと営業畑出身でしたので、以前、高浜代表が『この先、杉くんの営業経験は必ず会社にとって必要なときが来る。その時はもう一度その経験を活かして欲しい』と言ってもらえました。そして1年ほど前に、営業推進室を立ち上げるので、管理者を任せると声を掛けてもらったんです。私は、あの時の言葉は社交辞令かな?と思っていたのですが、本当に辞令をもらえた時は覚えていて下さったんだと、驚きと嬉しさで興奮しましたね」

必要なツールは営業推進室のメンバーと共に作成し、営業活動を開始。会社の知名度向上に励みます。その中で杉の感じたこととは。

杉 「重訪は公的なサービスなのに、その障害福祉サービス自体をご存じない方も多くいらっしゃいます。現在はまだ関西エリアを中心にですが、高齢者介護施設や訪問看護、病院、特別支援学校などに向けても、重訪の制度説明ならびに当社についての周知活動を行っています」

そこで杉は新たな気付きを得たといいます。

杉 「たとえば最近、淡路島から来て欲しいとの声がありました。淡路島島内には障害福祉サービスの事業所も、担い手も少ないので、支援を待っている人はいるのにサービスを提供できないとのこと。当社も人材不足ですぐにとはいきませんが、淡路島進出は計画しています。

全国規模で見ても、地方には障害福祉サービスを受けられない方が多く、主要都市部だけでなく、地方・過疎地での啓蒙活動に重点を置いていこうと考えています」

また杉は、営業推進室の重要課題として、介護保険分野のケアマネージャーへの働きかけにも力を入れています。

杉 「訪問介護といえば高齢者に対する介護保険サービスが中心です。同じ介護でも、重訪についてケアマネージャーの方々に、より知ってもらいたいなと。そのため、ケアマネの研修会などに参加し、障害福祉サービス:重度訪問介護の説明をしています」

しかし、支援要請を受け入れるには、さらなる人材の獲得と育成が重要です。

杉 「やはりまだまだマンパワー不足で、土屋の理念・ミッションである『探し求める小さな声を ありったけの誇らしさとともに』への対応ができていない。けれど、たとえば極端な話ですが『介護者』という枠組みを外してしまえば、介護に携わる人は一気に増えると思うんです。

介護は資格がなくても、日常生活動作で対応できることが非常に多いので、少しの知識や技術と他人を思いやる気持ちがあれば、身近に困っている方への支援は誰でもできることです。

つまり、手を差し伸べるのは当たり前の行動であるという考えが浸透すれば、誰もが支援(介護)できるようになります。そうすれば行政が事業所に支払うお金も減って、当事者の生活を支えるだけのお金で済めば日本財政にも良いのではないかと。もっとも当社の存在意義を減らすことになってしまいますが(笑)」

そんな杉の今後の目標とは。

杉 「直近の目標として、いまだ故郷の福井に土屋の事業所がないので開設したいですね。中長期的には、重訪の浸透と、当社のケアカレッジを通して介護に関する知識・技術を日本中に広めること、その結果として多くの困っている方に早く支援の手を届ける。その上で、各事業所管理者の自立を促し、地域で組織を広げる手伝いをしたいです。

そして、やはり介護を皆さんに経験してもらいたいですね。当社には研修機関があるので、できるだけ多くの人に受けてもらって、知識や技術を身につけてもらいたい。そうして、助け合いのできる社会を自分の周りに作り出せる存在になるためのサポートを、私はしていきたいです」

未経験であること、これが不安を生むとすれば、できない自分が誰かに蔑まれるのではないか、笑われるのではないかということに対する恐怖なのではないでしょうか。

しかし、株式会社土屋では福祉・介護未経験で入社するスタッフが大勢います。

つまり未経験からくる「恐怖感を乗り越える手段」があります。「つまづき」の共有、「失敗」から得た知見、それらを全国規模で集め、一人でも多くの人が、今より少しでも支援をスキルアップし、支援に集中できるように、知恵を集め共有する仕組みが土屋にはあるのです。

いち支援者としてだけでなく、重訪や福祉のマインドを日本中に行きわたらせる仕事・ポジションへのステップアップもできます。むしろ、それは会社としても大歓迎です。なぜなら一個人が豊かさを手にするということだけではなく、誰かを支える力を増やし、広げるられる人物が日本社会全体の中に+1されるということに他なりません。

そんな土屋で、他でもない「あなたの人生」を活かしてみませんか?

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