母とは、4、5歳の頃から離れて暮らしていて、その後、一度も会っていませんでした。
自分はずっと「会いたい」っていう気持ちも強かった。
でも、どこにいるのかわからなくて。
先ほど話した“人生の師匠”に出会う前なんですが、ちょうど結婚するタイミングで、ある人から母親のことを尋ねられたことがありました。
そんなきっかけもあって、「このまま母親と会わずにいたら後悔するかもな」と思って、探すことにしたんです。
役所に行って、「こういう事情で、母親の居場所を探してるんです」と。
役所の方から「隣の街に移られてます」って教えてもらえたので、隣街に向かったんですね。
そしたらその途中で、めちゃくちゃ綺麗な2重の虹を見たんですよ。
「これって、『会え』って言われてるのかな」――そんな不思議な気持ちにもなりました。
その街に着いて、同じように役所に行って相談をしたら、母は元の家に戻っていることがわかりました。
教えられた住所に行ったら――小さい頃に母親と少しだけ過ごしたことのある、記憶の中のアパートとまったく同じだったんです。
「自分が育った家のすぐ近くにずっと住んでたんだ」って。
それでおそるおそるピンポンをして――。
母親が出てきたんですが、あたりまえですが、僕のことがわからず、不思議な顔をしていたので「矢田良っていいます」って言ってー。
そこでお互いに、20数年ぶりに再会しました。
これでよかったよかった、めでたしめでたし――で、終わるかと思ったんです。
その後、母親とやり取りする中でうまくいかなくなったことがあって。
人間関係もですが、経済的な面もうまくいってなかった。
結婚したばかりだったし、これからこどもも生まれてくる――。
すごく辛かったし、「こんなことになるなら、会いに行かなきゃよかった」って思いましたね、あの時期は。
その頃に先ほど話をした“人生の師匠”と出会って。
「両親に感謝を伝えに行きなさい」って言われたんですよ。
でも、それだけは絶対にしたくなかった(笑)。
「父親もハードル高いけど、母親なんて尚更、どんな顔して会いに行けばいいの?」――そんな感じだったんです。
でも、「人生がそれで少しは良くなるんだったら」――そんな希望を持って、ひとりで会いに行くのは怖かったので、生まれたばかりの長男を連れて母のところへ行きました。
母親も最初は戸惑った様子だったけど、僕の手元にはこどもがいる。
それで、「あの時はごめん、困っていてどうしようもできなかった。でも、こどもが生まれたから会いに来た」って。
「自分もだけど、この子が生まれてきたのはお母さんが産んでくれたからだから。ありがとう」って伝えたんです。
そこで、自分たちの小さい頃の話を聞いたんですね。
それまで僕はずっと、「母親に捨てられた」って思っていたんです。
でも母の話を聞いたら、当時、父方の家族との関係がうまくいかなくて、家を出て行かざるを得なかった。
「でも、こどもたちをどうにかしたかったから、一旦は連れては出たんだけど」――それが、僕の記憶にある、あのアパートだったんです。
結局は、こどもたちと別れて暮らすことになり、「会いたかったけど、ずっと会えなかった」と――。
そういう話を母の口から聞いて、自分の中の記憶が書き換わった。
僕は「母親から愛されてなかった」ってずっと思ってたんです。
でも、自分が愛されたい愛され方ではなかったかもしれないけど、「母親からも、父親からも、ちゃんと愛されてたんだな」っていうことを強く感じて。
それからは、毎年、年末に連絡して、会いに行ってます。
それで、「いつもありがとね」って伝えてます。
今年も、年末に会えそうなので会って話をしようかな、って。
母親とは、一度切れた縁が、今またつながって、こうして年に数回ではあるけど会えてるんです。
そういう経験があって、「何があっても、自分次第で関係性っていかようにでも変えられるし、いろんなことがあっても、相手を受け止めることが人との関係性をつくっていく上では大事なのかな」って思うようになったんですよね。
そういった関わりの中で、お互いの存在を愛おしいと思えることができたら、「それっていいよな」って――。