ベビーサロンmai

土屋グループ 子育てひろば

浜本広美

ベビーサロンmai 運営者

ここは、泣いても、笑っても、悩んでもいい場所――いつでもあたたかな気持ちを持って帰ってもらえるように。

 《interview 2025.02.17》

土屋グループのCSR活動の一環として、子育てひろばベビーサロンmaiを営む浜本広美(はまもとひろみ)。
「こどもの頃から保育士になりたかった」という浜本は、最初に働いた社会福祉法人で子育て支援事業と出会います。
相談支援を通して、子育てをするお母さんが抱える“心”の部分にふれることになった浜本。
その後、「お子さんも、保護者の方も安心できる場所を」という願いのもとに、2021年、土屋の創業とともに「ベビーサロンmai」に立ち上げから関わりました。
「世の中の流れにも対応しながら、“変わらないもの”を持ち続けたい」とやわらかな未来へのまなざしで語る浜本を訪ねます。

CHAPTER1

「ちいさい頃からこどもが好きでした」

鬼ごっこをしたり、川でザリガニとかメダカを捕ったり。自然の中でのびのび育ちました

―どんなところで育ったんでしょうか。

出身は広島県福山市です。
とっても温暖で、瀬戸内なので穏やかな気候なんです。

「崖の上のポニョ」ってご存知ですか?
福山市には鞆の浦といって、ジブリの映画の舞台になった港町があるんです。

適度な田舎というのか、大田舎ではないですけど、都会でもなく、自然の中でのびのび育ちました。

―どんなことをして遊んでいましたか?

近所の男の子ともよく一緒に遊んでましたね。
ゲームとか、今みたいな遊びはなかったので、鬼ごっことか。

あとは川でザリガニとかメダカを捕ったり。

よその県ではあまりないみたいなんですが、福山市って側溝(道路の側端に設けられた水路)に蓋がされてないところがいっぱいあるんです。

今は「危ない」って言われて、蓋ができつつあるんですが。そういうところで遊んでいましたね。

性格も「やってみたいな」って思うと、すぐにやってみるタイプで、割と積極的ではあったかな。

―こどもの頃に「こういう仕事就きたいな」とか「こんな人になりたいな」っていう夢はありましたか?

それがね、なりたかったものが保育士なんですよ。

―そうなんですね!

ちっちゃい頃から割とずっとなりたかったので、夢が叶ったのかって言ったら、夢は叶ったんですね。

なろうと思ったきっかけは覚えてないんですけど、ちっちゃい頃からこどもが好きだったんです。

小学生の頃でも、保育園の子とか自分よりちっちゃい子を好きでしたね。

―10代になるとまた興味や関心が変わってくるかと思いますが、中学や高校生の頃はいかがでしたか?

もう普通の子です(笑)。部活は中学、高校とテニス部でしたね。

で、当時から背が高かったんですよ。

―浜本さんは何センチあるんですか?

今は171cmいくかいかないか、ぐらいです。
でも当時は、背が高いのがすごく嫌だったんですよ。

「バレー部に入らないか」ってよく誘われたんですけど、もっと高くなるのが嫌でテニス部に入りましたね(笑)。

CHAPTER2

“宝物”であるこどもを、大事に、大事にお預かりする。

こどもにとって、お母さんにとって、安心してもらえる存在でありたい

―卒業後の進路を決める時は迷わず、でしたか?

そうですね。

高校卒業して保育の短大に行ったんですが、迷わずだったので、それ以外の勉強はひとつもしなかったです(笑)。

―卒業後は?

短大で保育士の資格を取って。
その頃は市の採用の公立の幼稚園に行きたかったんですが、当時は募集が少なくて。

でも「チャレンジしてみよう」と思って、2年ぐらい続けて採用試験を受けたんです。

その間は一般のところに就職して勉強しながら、試験を受けたんですけど、2回ともダメだったんですね。

保育園でアルバイトもしていたんですが、そこには就職せずーー「どうしようかな」と思ってたところで結婚をして、1回家に入ったんですよ。

その後、何年かして、どういうタイミングだったかな……たしか、ちょうど保育園で保育士を募集していたので、「ちょっと行ってみようかな」っていう感じでした。

―どんな保育園だったんですか?

最初に働いたのは社会福祉法人で、その法人は保育園を3つと、子育て支援事業を運営していました。

その地域子育て支援事業の施設に私は配属されました。

―こどもの頃から「保育士になりたかった」と仰っていましたが、実際に働いて、いかがでしたか?

保育士として、こどもと関わることはとても楽しかったですね。
ただ、私の中での「保育士としてこうありたいな」っていう夢があったんです。

でも実際は、現実が違いすぎて。その時は現実とのギャップに悩みましたね。

―浜本さんがその時、理想として持っていた関わりっていうのはどんなものだったんでしょうか。

そうですね。こどもさんってーーお母さんやお父さんにとって宝物ですよね。
保育士は、そのお子さんをお預かりするわけですよ。

いくら先生という立場だったとしても、まわりの大人が絶対傷つけてはいけないものだと私は思うんです。

本当に大切に、私たちもそのお子様をお預かりするっていう気持ちで、言葉で傷つけたり、体罰なんてもってのほかですけど、大事に大事にしてあげたいなって思う気持ちが強くて。

それは今も変わらないんですね。

保育園に来るお子さんは、「お母さんと離れて寂しい」って泣くけど、「大丈夫だよ」って。

お母さんと同じ愛情はもちろん無理だけど、寂しくても安心できる環境と信頼関係を私たち保育士がつくってーーお母さんにも安心していただきたいし、お子さんにも安心していただきたい。

保育士としてそういう存在でありたいっていうのは、今も昔も同じですね。

CHAPTER3

子育ての悩みを紐解いていくと……見えてきた、お母さんの“こころ”

保育士として、そして、心理カウンセラーとしてーー心へのアプローチの必要性

その後、子育て支援施設で6年ほど働いたあと、父の介護もあったので、1回仕事から退いたんですね。

介護って大変じゃないですか。
急に電話かかってきて、施設の方から「救急搬送します。すぐ来てください」って。

でも、保育園ってその場にいないといけない保育士の人数も決まっているので、すぐに飛んではいけないですよね。

それですごく悩んだんですがーー1度、保育士を辞めたんです。

その後、父が亡くなって、もう1回、時間ができた時に、保育士として復帰して、施設長になりました。

保育園の園長先生ですね、いうなら。

そこは新設された保育園だったんですがーー何もないところから園をつくっていったので、しんどい部分もありましたけど、自分が思っていた保育ができたかなぁと思います。

―先ほど言われてたような、「安心と信頼関係」という保育をみんなでつくっていけたんですか?

そうですね。すごくいい経験だったなと思います。

―そこでのご経験が今のベビーサロンmai(以下、メイ)の活動にもつながっていくんでしょうか。

そうですね。
メイについては、「なぜ、子育て支援に戻ったか」という話になってしまうんですがーー。

以前、子育て支援の施設で働かせてもらっていた時、いろんな親御さんが来られていたんです。

そこでお母さんと話をしていると、最初は笑顔なんですがーー多分、そんなこと話すつもりもなく来られたんだと思いますーーふとした時に、ぽろっと出てくるんですよね、思いが。

そして涙が流れる。
それで、「ちょっとお話しましょうか」って伺ってゆっくり話をしてると、そのお話が本当に深いんですよ。

みなさん、ほとんどが子育ての悩みから入るんですが、最終的にたどり着くところが90パーセント、ご自分の親子関係の話になっていくんです。

子育ての悩みなんて、本当に氷山の一角。

「なぜそうなるんだろう」ってちょっとずつお話を紐解いていくと、自分の生い立ちだったり、こどもの頃にしんどい思いをされた話が出てくる。

話をした後、「大丈夫かな、あの方……」って思うんですが、そこから先はどうもしてはあげられないんですよね。

子育ての奥に隠されてるものが「こんな深いものなんだ」っていうことがものすごくよくわかってーー「これは保育士として関われることではないな」って思って、

心理カウンセラーの資格を取り、そこからお母さんの方にアプローチをしていきました。

もちろん、保育の現場は現場で、こどもたちも可愛かったし、すごく素敵な場所ができたんですよ。

でも、こどもたちが最終的に帰っていくのは、“家”で、“お母さんのところ”なんですーー。
そのお母さんたちがしんどい気持ちを抱えていると、こどももそれを背負っちゃう。

「保育園で見えてるこどもの姿って一部分だから、そこだけを見てても何も解決しないよな」と思って。

ちょうど土屋が創立された時に「CSR活動として何かできませんか?」っていうお話をいただいたんです。

すごく迷ったし、「どうしよう」と思ったんですけど、やっぱり「今しかないかもしれない」と思って。

「保育事業の、こういうことならできます」と高浜代表とお話をさせていただいて、今のメイを立ち上げました。

CHAPTER4

コロナ禍での「ベビーサロンメイ」の立ち上げ

予約制の子育てひろば。少しずつ少しずつ人が増えて、今は予約スタート10分で埋まってしまうほどに

―メイの立ち上げ時は、0からつくり上げていく大変さの一方で、喜びや楽しさもあったんじゃないかなと思います。

そうですね。会社の方が任せてやらせてくださったのは本当に感謝でした。
ただ、始まったのが2021年で、ちょうどコロナ禍だったんですね。

しかも規制がすごく厳しい頃だったので、「○○で感染者が出ました」となったら、すぐにニュースになるーーそんな時だったんです。

やろうと思ってみたはいいものの、親子で来ていただく場所なのでみなさんも遠慮されるし「来てもらうにはどうしたらいいかな」って悩みましたね。

最初は完全予約制にして、1組とか、そんな感じだったんです。

株式会社が行なうCSR活動だから宣伝もできなくて、どこにもお知らせすることができなかったんですね。

でも子育て支援としてこういう活動をしている会社なんて他にないので、めずらしくて、新聞社2社に取り上げていただいたり、周りの方たちもすごく興味を持ってくださって。

ありがたいことに、それが発信源になって少しずつ人が増えていったんです。

最初は福山市の東部でやっていたんですが、「あまり需要がない気がするな」っていうのもあって2022年に今の津之郷に移転しました。

そこからすごく人が増えましたね。すごく素敵な場所なんです、今のところが。

―古民家を改装した場所ですよね。

そうなんです。

それまでは人が少なくて、「会社の方にも申し訳ないな」とか「何をやってるんだろう、なんて思われてるだろうな」と思いつつ……でも親御さんは「会社がこんなことしてくださるってすごいですね」って。

みなさん、そういう場の必要性を感じて来てくださる。
例えば、「こどもに障害があるから、いろんなところに遊びに行きにくい。

でも、メイの母体が福祉の会社だから、来やすいです」って言ってくださる方もいらっしゃったし、「障害があるんです」っていうお子さんも遊びに来てくれました。

―メイは、お2人で運営をされているんですよね。

はい、子育てひろばは月曜日から金曜日まで開けてます。
イベントの時は2人でやったり、1人が出勤して、もう1人が事務作業をする日をつくったり。

来週もクリスマス会があるんですが、そういうイベントは2人で考えたり話したりしながらやってますね。

―少人数制は今も変わらず続けられているんですか?

今も予約制にさせていただいてます。

メイには、「ベビータッチケア」っていうお母さんと一緒に赤ちゃんの体に触れるプログラムが月に1回あって、保健師さんがいらしてやってくださいます。

それはお母さんと6か月までの赤ちゃんが対象です。
あと、お母さん向けにオイルトリートメントもしていて、その時は私たちが託児をしてます。

ありがたいことに、今はプログラムの予約がスタートして、10分ぐらいで全部埋まっちゃう。「予約が取れないんです」っていう状況に今、なってるんですよ。

でも予約制にしてなかったら、ゆっくりもできないですしーー。

いろいろ考えて、予約の方法も変えていっているんですけどね。

でも申し込みが始まる日はライブのチケットを取るみたいで(笑)、私たちもドキドキするんです。

CHAPTER5

お母さんたちがどんな思いで来られても、「あたたかいな」と思ってもらえるものを

何をして、何を受け取るかは来てくれる人次第でいい。私はいつも変わらず、「ここ」にいます。

―浜本さんの価値観をお聞きできればなと思います。人と関わる時、どんなことを大事にして関わられていますか?

そうですね。

やっぱりたくさんのお母さんや、こどもさんたちと関わってきた中で、最終的に根底にあるものって、「愛なんだろうな」っていう感覚があるんですよ。

言葉とか、そういうのでもなく、無条件のあたたかい思いーー。

なので、お母さんたちに「こうしてあげたい」とか、「ああしてあげたい」っていうものって今はあまりなくて、

お母さんたちが来られて、その場に価値をつけてくださったらそれでいいかなって思ってるんですね。

なので、いつも変わらずーーお母さんたちがどんな思いで来られても、ほっとできる瞬間だったり、「あたたかいな」って思ってもらえるものを持って帰ってくれたらいいのかな。

もう年齢的なものもあるんだと思うんですけどね。

昔は「こんなふうにしたら嬉しいかな」って思っていたんですが、それって人によって違うし、「これは助かるな」って私が勝手に思っているだけで、それは私自身の価値観だなって思うんです。

私が発信できるものって本当に何もない。

だから、ただただここにいて、求めてくれるんだったら、求めてもらえるものを持って帰ってくださいーーっていうぐらいの思いで今はいます。

―お母さんやお子さんにとって、浜本さんのような方が「いつもそこにいる」ことが大事なんですね。

そうですね。

時には楽しく話して帰るだけの日もあるかもしれないし、何かを求めて来られる日もあるかもしれない。

でもそれはその方次第でいいんです。

私の方はいつも変わらず、受け止められたらいいなってーー。
受け止める、なんていうのもちょっとおこがましいかもしれません。

―これまでの関わりの中で嬉しかったこと、かけていただいた言葉にはどんなものがありますか?

保護者の方から、本当にあたたかい言葉をいただくんです、「ありがとうございました」って。

でも、いちばんかけていただくのって「出会えてよかったです」っていう言葉なんです。
「本当に、先生に出会えてよかったです」っていう、その一言。

人と人が出会うって、何万分の1、何千分の1の確率ですよね。

そこで何かしてもらったからっていうことではなくて。
ただただ、出会えたこと。

「出会えてよかったです」って言っていただけると嬉しいですね。

そういうーーもう覚えていないんですけど、「あの時のあの言葉がすごく響いてます」みたいなことをちゃんと覚えていたらこういう時、すごくいいんでしょうね、きっと(笑)。

―実際に、メイでは保護者の方たちとどんなふうに関わられているんでしょうか。

そうですね。
こどもを見る視点――いわゆる“保育士としての視点”っていうものがあるんです。

「この年齢だと何がどのくらいできるか」とか、「親はこういう関わり方をするといい」とか。でも、実際に子育てをしていたら、そういう視点ではこどもを見れない。

そこにすごくモヤモヤしてしまう保護者の方っていっぱいいらっしゃって。

私は保育士なんですが、今、子育て支援に来られてるお母さんたちには保育士のような関わりはしないんです。

お母さん目線で、「こんなところがこんなふうに成長したね」とか、「こういう見方をしたら、目に見えてないところも見えてくるよね」って、同じ目線で話をさせてもらうようにはしてるんです。

でもそれは難しくてー―「しんどさを感じてるお母さんがたくさんいらっしゃるんだな」と思ってます。

―そこがやっぱり、今、子育て支援事業をすることになった理由になっているんでしょうか。

ひとつこれ、っていうよりはそんな経験の積み重ねですね。

お母さんたちにとって大事、というか、「必要な場所なんだな」っていうことを強く感じたので。

保育園に勤めていた時もそうでしたね。
お迎えに来られた時にする、保護者の方との話がすごく大事。

それを感じたので、「保育事業を立ち上げるとしたら、お母さんにアプローチできるところかな」と思いましたね。

CHAPTER6

社会の変化、そして子育て環境の変化

こどもが安心して帰る場所である、親御さんの居場所を

―福祉や保育の仕事は、その時の社会情勢とつながっています。親御さんの価値観やお子さん自身もどんどん変わってきてると思いますが、今、関わられている中で、浜本さんが考えていること、「こういうものが足りていないな」と感じるところがあったら聞かせてください。

まず変わってきたことというとーーメイに来てくださる保護者の方たちは育休中の方が大半なんですが、10年前ぐらいまでは育休中のほとんどの親御さんが「育休中ですごく不安です」って言われてたんですよ。

「社会から取り残された感じになるから早く復帰したい」っていう悩みがすごく多かったんです。でも今は真逆なんです。

「もう1年経っちゃうから、もっと育休を延長したい」「復帰したくない」って仰る方がほとんどなんですね。

これって社会情勢が変わって、みんなが当たり前のように育休を取るようになって、帰る場所がある安心感があるから、ということでもあるので、とてもいいことなのかなって。

「社会が変わったんだな」ってすごく思います。

それに、子育て支援の場所も増えているので、お母さんたちの育児の孤独感が前とは全然違っているな、とも感じます。

一方で今、一般的に“発達障害”と呼ばれるお子さんが増えてきているんですね。

1歳半検診に行って、「発達障害かもしれないって言われました」っていう方もすごく多くてーー。

メイに遊びに来てくれるのは0、1、2歳の子がほとんどなんですが、そういう著しい成長の過程にいる中で、こちらから何かをお伝えすることって本来、すごく難しいことなんです。

そう言われた時、たとえば療育とか、病院とか、こどもに向けてケアをする場所はたくさんあるんです。

でも、こどもと向き合わないといけないお母さんの方がものすごく揺れるんですよ。
当然ですよね、そんなことを急に言われて。

「もううちの子の人生、ダメです」って泣き崩れる方もいらっしゃいますしーー。

世の中では、“発達障害”っていうワードがひとり歩きしていて、そこに保護者の方もついていけてない。

これは、お母さんたちの精神的な部分をケアするような相談機能というか、間にもうワンクッション機関がないと、こどもたちにもいい影響を与えられないだろうな、って思います。

今、子育てひろばの中でもそういった相談が割と来るので、お母さんと話もするんですがーーとてもデリケートなお話でもあるので、

まわりにも他のお母さんがいらっしゃるので、「個別に相談に行かれますか?」っていうところまではまだいけてないんですよね。

やっぱり親御さんの方から相談をするってまだまだハードルが高いんです。
でも、今のままだと世の中の目がお母さんの方にまで向いていないんですよ。

なので、もうちょっと違う形で「何かできないかな」っていうことは毎日思っていますね。

CHAPTER7

「不安にならなくていいんだよ」ってお伝えできるように。“変わらないもの”をずっと持ち続けていける場に

これから先、いろんなものに惑わされずに、本質的なものを見ていけること。

―仕事のお話たくさん伺ったので、お休みの日の過ごし方や、「実はこんな趣味があります」なんてお話を伺いたいです。

そうですね。お休みの日はよくドライブに行ってますね。
友達と旅行に行ったり、ショッピングに行ったり。

遠くまで、もう全然行けちゃいます、運転が好きなので。

たとえば、ここから神戸までは3時間ぐらいかかるか、かからないかぐらいなんですが、それぐらいだったら全然、シュッて行っちゃいますね(笑)。

―浜本さんはなぜこの仕事をずっと続けられてると思われますか?

私、人が好きなんですね。
もちろん、こどももですけどー―なんか“人”が好きなんですよね。

だからこうして続けているのかな、と思います。

―最後に、メイがこれからこんなところを目指していけたらいいなという思いがありましたら聞かせてください。

メイというのはーー来られるお母さんたちの声がリアルに届く場所なんです。
今、いろんな政策がありますよね。

「保育園無料」とか「待機児童がなくなります」っていう声もありますが、実際のところは、「出願はしたけど保育園に入れないかもしれない」「落ちたらどうしよう」っていう思いをお母さんたちは抱えていて。

今、ちょうど保育園に出願をして、合否を待ってる時期なんですよ。

実際に「保育園に入れる」ってなっても、家からすごく遠かったり、自分が行きたい保育園に行けないっていう現実もあります。

あと、気になるのはSNSですねーーすごく揺れるんです、保護者のみなさん。
「こういう時代で子育てするってしんどいんだろうな」って見ていて思います。

だからこそ、これから先、いろんなものに惑わされずに、本質的なものを見れることーー。

私ももう結構な年齢なので、正直なところ、楽しいことをお伝えするだけではないんです。

でも、でも、誰かが言わなきゃいけない部分があってー―もちろん厳しくは言いませんよ。

親御さんとお子さんのこれからと、本質的なところを見ていく時、「そこで不安にならなくていいんだよ」ってお伝えができるような“変わらないもの”をメイはずっと持ち続けていきたい。

もちろん、お伝えすることで、一時的にマイナスの面が出てくることはあるかもしれないんですけどね。

でも世の中の流れにも対応しながら、本質的なものは変わらず持ち続けていたい。

そういう場所になりたいなと思います。


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