デイホーム

デイホーム土屋

藤井弓恵

下松 管理者・生活相談員

優しさは強さ、強さは優しさ。それを土台にして、人の心に寄り添っていけたらなと思っています。

 《interview 2026.04.08》

山口県下松市のデイホーム土屋下松。その高齢者福祉の現場で、管理者や生活相談員の役割を担う藤井弓恵(ふじいゆみえ)。
地域に根ざした長年の活動を通して、人に寄り添う姿勢とそれを支える考えを少しずつ深めてきました。
その歩みの中で見えてきたのは、目の前の一人に向き合い続けることの大切さと、小さな変化の大きな喜び。
介護の仕事のやりがいと、彼女の根底にある優しさと強さをひもとくインタビューです。

CHAPTER1

この地域で生まれ育ち働いてきました。現場がやっぱり好き。

役割はどんなクライアントさんでも安心できる環境を整えること。そして、忙しい日々の自分を支える楽しみについて。

-こちらは珍しい地名ですね。「下松」は、何て読むんでしょう。

「くだまつ」ですね。
もとは「くだりまつ」と呼んでいて、だんだん「くだまつ」になったと聞いたことがあります。

-そうなんですね。今お仕事されているのはこの下松ということなんですけど、お住まいもお近くでいらっしゃるんですか。

そうですね、住まいは隣の市なんですけど、この地域で生まれ育って働いてきました。

-土屋への入社はいつ頃だったんでしょう。

2022年です。この春で5年目に入ります。

-普段はどんなお仕事を担われていますか。

高齢者向けのデイサービスで、クライアントさんの身の回りのお手伝いをおこないながら、管理者と生活相談員をしています。

デイホーム土屋下松(以下、デイホーム)は、高齢者の方が昼間過ごす場所として通っていらして、運動したり、何か活動を楽しんだりする場所ですね。

-管理者や生活相談員の立場としてはどんなことをされていますか。

ケアマネージャーさんとの連絡だったり、ご家族との連絡や契約だったりということを主にしていますね。

うちは認知症の方を多く受け持っていて、徘徊や介護拒否などの困難事例の方も来ていただいているので、私はその方々がお家とデイホームとをスムーズに行き来できるように、環境を整える立場かなと思います。

-現場で直接クライアントさんともご一緒に過ごされながらですね。

そうです。やっぱり現場が好きなので。

-日々のお疲れはどんなかたちでリフレッシュされていますか。

正直言うと、しっかり寝るのがいちばんですね。
ぐったりしたらとにかくよく眠って回復しています。

あとは、好きなアーティストの音楽を聞いて過ごしたり、本を読むのも好きですね。

-ちなみにどんなアーティストや作家さんなんでしょう。

その時々でいろいろなんですけど、例えば、音楽はBIGBANG。
元気が出ます。作家は、東野圭吾作品をよく読みますね。

-音楽や読書は気分転換をしてくれますよね。ほかに、プライベートも含めて、日々の習慣や楽しみにされていることはありますか。

楽しみにしているのは、娘との旅行です。
私は2人子どもがいて、もう成人している娘が鹿児島にいるので、年に3回は会う約束をしているんですよ。

どちらかの誕生日に旅行に行くんですね。
島根の出雲や、鹿児島の霧島だったり、桜島だったり。

それをとても楽しみにしています。

-それは素敵ですね。

娘も私と同じ高齢者福祉の介護職なので、会うといろいろな話をしますね。

娘は、「ママの仕事は大変そうだけどやりがいはありそうだ。ママはかっこいい」と言ってくれて、福祉科のある高校に行って卒業時に介護福祉士の資格を取ったんです。

責任感があって、粘り強くて優しい子です。

-そうなんですね。気心が知れたお二人の旅行は楽しいでしょうね。娘さんとのエピソードも、後ほどまたうかがえたらと思います。

娘と行った鹿児島の滝

CHAPTER2

海と山で遊び尽くした活発な子ども時代、でも途中でちょっとグレて・・・。

豊かな自然の中で育った幼少期から思春期の迷い。そして、価値観をかたちづくった強く優しい母の後ろ姿。

-子ども時代はどんなお子さんだったんでしょう。育ってきた地域についても少し教えていただければと思います。

育ったのは、下松のとなりの光市でした。
子ども時代は、すごく活発な子だったと思いますね。

都会じゃなくて、自然が豊かで、海と山に囲まれたところなので、朝から晩までずっと外で遊んでいましたね。

-海と山だとどちらがお好きだったんですか。

海が好きでした。泳ぐことですね。
川もあるので、魚を釣ったり。

そういうことがすごく楽しかったんです。
男の子に混じって、元気な子でしたね。

-楽しそうですね。そんな子ども時代の将来の夢はどんなものでしたか。

私、動物がすごく好きで。
その頃、犬や猫も家にいて、父にメジロの世話も頼まれていたんです。

なので、当時は獣医さんになりたいと思っていましたね。
あと、水族館のショーでシャチと一緒に泳ぐ、シャチのトレーナーにも憧れていましたね。

-なるほど。シャチのトレーナー、かっこいいですよね。では、ご自身の性格で、子どもの頃から変わらないところや気に入っているところはどんなところでしょう。

あまり自分自身ではわからないんですけど、「人懐っこいね」ってよく言われますね。

初対面や地位のある偉い方が相手でも、全然臆することなく話せてしまうんです。
子どもの頃も、学校の先生によくそうやって言われていましたね。
たぶんその辺りは昔からもう全然変わっていないです。

-たしかに、私もとてもお話ししやすいです。子ども時代を経て、10代以降はどんな風に成長されていくんでしょうか。

それがね、中学に入ったらちょっとやんちゃな方向に進んでいきます。ちょっとグレてしまいまして。

-なかなか今の姿からは想像できませんが…。どんな感じだったんでしょう。

例えば、単車を乗り回したり、家に帰らなかったりっていうのはしょっちゅうでした。

当時もこれが悪いことっていうのはわかっていたんですけどね。
親や周りにはたくさん迷惑をかけてしまいました。

当時の知り合いが今の私を見たらびっくりするかもしれないですね。

-ちょっとエネルギーを持て余してしまっていたんですかね。そういった時期から、どう変わって、今のご自分に繋がっていったんでしょう。何かきっかけがありましたか。

やんちゃし出すのが中学1年生ぐらいからで、早かったんですよね。
中学2年生ぐらいではもうグレてしまっていて、いろいろやってきたなかで、ある時ふと思ったんです。

「これ、高校行かんのやばいんじゃない?」って。
きっかけという大きな出来事があったわけではないんですけど、自分の中で、ある時ふと。

ずっと高校とか先のことは考えることができていなかったんです。

でも、そう思ったところからだんだん変わっていって、最終的には高校もちゃんと卒業しました。

-そうなんですね。ご自身の内面の変化が起こった、と。これまでの人生で、印象に残っている方、影響を受けた方はどんな方ですか。

私、尊敬できる人は、自分の母親なんです。

私自身19歳で結婚して20歳で母親になるんですけど、そういう経験を踏まえても、やっぱりこの母がいたから今の自分があるんだなと思っています。

-どんなお母さんなんでしょう。

ダイナミックなお母さんなんですよ。
すごいエネルギッシュで。結婚も3回していまして。

しかも、何でもできる人で、お花、お茶、料理、習字、お琴とか。なので、すごいなとずっと思っています。

そして、強くて行動力がある人。

-あの時こうだったな、みたいな思い出のエピソードがあればぜひ聞かせてください。

そうですね。
私がグレていた時にも、母からは「自分のことは傷をつけても何してもそれは自分のこと。

でも、他人に迷惑をかけることだけはやめてくれ」って言われていました。

それでも結果的にはいろいろ迷惑をかけることになるんですけど…。
ある日、早朝に母が外に出ていくのが見えたんですよ。

そしたら、実は、近所の神社に朝早くからお詣りに行っていたんです。私のことを、願掛けで、お詣りしてくれていたみたいなんですよね。

-まあ。それは胸を打たれますね。

すごく行動的で、あまり家にいない母だったんですけど、「ちゃんと想ってくれてるんだな」と感じたのを覚えています。

これはもう、ちょっと漫画みたいなエピソードなんですけど、私にとってはかなりインパクトがありましたね。

思えば、その頃だったかもしれません。
高校に行こうとか、自分の将来のことを考え始めたのは。

-ありがとうございます。すごく芯の強い優しいお母さんの姿が思い浮かびました。藤井さんの大切なルーツとなるエピソードですね。

自然のなかで過ごす旅先のひととき

CHAPTER3

介護の仕事へ。初めての失敗で受けた痛みは、相手の心の痛みだったのかもしれない。

祖母との急な別れから目指した介護職。子育てと同時進行の多忙な毎日のなかで、学びを深めて見出したこの仕事の意味。

-高校卒業後は、どんな流れだったんでしょうか。

私が高校を卒業すると同時に、母がスナックをやり出したんです。
水商売ですね。最初はそこで私も働いていました。

で、19歳ですぐ結婚して、子どもを2人産みまして、その後離婚することになります。

それで、昼間の仕事も考えるようになっていた時期に、今の仕事に繋がる出来事がありました。

祖母のようすに異変が出てきたんですね。

今でこそ認知症ってわかるんですけど、その頃は全く知識がなかったので、「なんかおかしなことばかり言うな」と思って、怒っていたんです。

でも、そうしているうちに急に亡くなってしまった。
この体験が介護の世界に入るきっかけになりました。

私にとってのこの仕事の始まりなんです。
介護ヘルパーの資格を取ろうと思って、勉強を始めました。

-そうだったんですね。お祖母様の認知症が介護職を目指すきっかけになった、と。

母子家庭なので、資格の勉強をしながら、夜の仕事もずっと続けていました。水商売はもう10年くらいやっていましたね。

初めての介護職は、高齢者向けデイサービスに就職して、それから、食に関することにも興味があったので、介護施設の朝食の調理の仕事も始めました。

早朝の調理、デイサービス、夜のスナックの3つ掛け持ちの時期がしばらくありましたね。

のちに、そのデイサービスで正社員になりました。

-それはすごく頑張られましたね。

いえいえ、子どもが2人おりましたから。

-それでも、なかなかやり切れるものではないかと思います。そして、デイサービスに就職されたということですが、初めての介護のお仕事はいかがでしたか。

ずっと接客業をしていたので、コミュニケーションには自信があったんですよ。

でも、「イメージしていたことと全く違った」というのが第一印象ですね。当時はクライアントさんのことが全然わからなくて。

「認知症とは」という知識は、勉強してある程度わかってるんですけど、やっぱり頭の中で考えたり思ったりしていることと現実は違うんですよね。

-当時、どんなことが難しかったでしょう。記憶に残っている出来事はありますか。

認知症ってものに対して、今思えばまだ浅い考えだった頃にですね、施設の玄関から外に出ようとした男性のクライアントさんがいらっしゃって、私は身体を使って必死に止めたんですね。

今だったら絶対そんな風には止めませんよ。
そうしたら、その方が持っていた杖で、バーンって殴られてしまったことがありました。

すぐにベテランの男性職員が来て、そのクライアントさんは室内に誘導されたので、その場は収束したのですが、失敗でしたね。

この人がなぜ帰ろうとしたのか、なぜこういう状況になってしまったのか、本当は背景があるんです。

「もっと私が深くいろんなこと知っていたらな」って思ったのを覚えています。

後から思えば、その杖で受けた私の痛みは、そのクライアントさんの心の痛みだったのかもしれない。

なので、一生懸命そこは自分で勉強をしましたね。

-そうなんですね。なかなか衝撃的な体験だったかと思いますが、そこで藤井さんは向かい合うことを選ばれて今日がある、ということなんですね。とても大事なお話だったと思います。一方で、楽しかったことはどんなことでしょう。

まず、クライアントさんとの日常を通して、学ぶことがすごく楽しかったんですよ。

認知症とひと口で言っても、当然お一人ずつの個性があるので、特性も対処方法も全く1つじゃないんです。

どこでどんな人生を送ってきたのか、どうやって今ここにいらっしゃるのか、という経緯や背景をこちらが知ることで、その方と同じ目線で向き合って対話できるようになっていくんですね。

一緒に過ごすことができるようになることが嬉しかったです。

なかなか環境に馴染めなかった方が、笑顔を見せて、「ありがとう」と言ってくださった時は、「あれほど難しかった方が…」と、涙が出るくらいの体験でしたね。

-なるほど、ありがとうございます。お話からその時の新鮮な喜びが伝わってきました。

小旅行でリフレッシュ!

CHAPTER4

喜びは小さな変化のなかに。その人らしい生活が送れるように支援する仕事です。

「個」を大切にする場所をつくりたい。行動の背景にあるその方の「思い」を受け止める、デイホームの日常。

-その後、土屋に出会われるまでは、どういった経緯があったんでしょう。

その最初のデイサービスで何年か働いて、現在と同じこの場所で同じくデイサービスを運営していた会社に転職しました。

当時、新規オープンの職員募集だったんです。
もう10年以上前になりますね。

その施設は2022年にM&Aで土屋の事業所「デイホーム土屋下松」となり、現在に至ります。

-転職のきっかけはどういったものでしたか。

そうですね、ちょうどその頃、いろんなプレッシャーを感じることやトラブルが重なって、心機一転したいなと思ったんですね。

誰かに言われたんですよ。

「もしやりたいことがあるなら、自分がいろいろ決める立場にならないと実現しないよ。ずっと末端にいて話を聞いてもらえなかったら、そのまま潰れちゃうよ」って。

それで、新しく立ち上げるところを選びましたね。

-なるほど。新規オープンは全てゼロから積み上げていくところからだから、ということですね。その時、何か実現したいイメージがあったんでしょうか。

はい、ありました。
長くこの仕事を続けるなかで、デイサービスで一斉にみんなで何かをやるっていうことに疑問を感じていたんですよ。

集団でおこなうレクリエーションなどですね。

もちろん積極的に楽しめる方もあるとは思うんですが、体力や身体能力も違う、望んでいることも違う方々を一斉に、ということに無理を感じていました。

やりたくないと思っている方でも、何となくみんながやっているからやらなきゃいけないという雰囲気があるし、それは職員にとっても「参加してもらわなくては」というプレッシャーなので。

だから、いっそのこと、個別にやりたいことをやりたいだけ存分におこなってもらえる場所にしたいなと思って、その実現に向けて挑戦しましたね。

-なるほど。イメージは形になりましたか。

なりました。
今はもう「個別に、その方の希望に合わせたことをして過ごせます」ということが、このデイホームの大事なアピールポイントになりました。

実際、現場での実感としても、クライアントさんもご家族も、集団行動に馴染めるかという心配をお持ちの方はかなり多くて、集団の活動がないということをお話して安心される場面はよくあります。

-そうなんですね。具体的に、クライアントさんは普段このデイホームでどんな風に過ごされているんでしょう。

例えば、家事が好きな方には、生活にまつわる身の回りのことで手や身体を動かしていただいています。

なかには、長年主婦でいらして、すごく得意な方もいらっしゃるんですよね。

包丁なんて持たせたら危ないっていう意見もあるんですけど、何十年もやってきた人ですから、こちらもサポートしながら、お料理が好きな方は喜んでおこなっていただいています。

お掃除が好きな方は、月・水・金曜日を「お掃除の日」と決めて、デイホーム内を清掃していただいたり、お茶碗を洗ったりしていただいています。

それぞれが楽しめるペースで、生活にまつわることをデイホームでの活動としておこなっていただいているんですね。

ほかにも、編み物が好きな方は存分に編み物をしたり、庭に畑があるので野菜を植えて、お世話をしたりもしていますね。

特別なことをするってわけじゃないんです。
その方が、ご自身の人生の中でされてきたことを、またゆっくり楽しんでいただいています。

ご本人にも、そのご家族にもとても喜んでいただけていますね。
どんなことをしたいか、何が得意か、それをクライアントさんから引き出す日頃の会話を、私たちアテンダントも大切にしています。

-周囲の方から「上手ですね」とか「ありがとう」っていう声をかけてもらえると張り合いが出る、ということもありそうですね。

そうですね。やっぱり、役割を持つことは大切なんだと思います。

いつも受け身ばっかりでいると、どうしても心身ともに衰えていってしまう。

役割を失って、急激に認知症が進行される方や、病気になったりされる方もあるので。

デイホームの中で、その方が楽しめる役割を見つけることが、私たちの仕事でもありますね。

-なるほど。ありがとうございます。先ほど、クライアントさんは認知症の方も多く通われているとうかがいました。いろいろ難しい局面もあると想像するんですが、どんなことに気をつけていますか。

とにかく、否定はしない。これは本当に大事な基本ですね。
否定しないで、まずは受け止めて、心に寄り添っていく。

徘徊だったり、暴言だったり、問題のある行動に見えても、その背景には何か目的があるはずなんです。

そしてさらにその向こうには、その方の「思い」がある。
こちらが、その気持ちに寄り添っていこうとしていれば、状況も、その方の行動も変わっていくんです。

ゆっくりでも、必ず変わります。

-どんな風に変わられるんでしょう。

穏やかになりますね。受け止めてもらえたと感じることで、ちょっと心が落ち着くんだと思います。

ケースバイケースでいつでもそれが正解とは限りませんが、時には「どうしても外に出たい」とおっしゃるクライアントさんに、アテンダントが付き添って、その方の気が済むまで外を歩いたりもしますね。

ご本人の「話を聞いてもらえた」という納得が、その後のデイホームでの過ごし方にも大きく影響すると思っています。

-気持ちに寄り添ってもらえる安心感が、穏やかさに繋がるんですね。お仕事の中で、どんな時に藤井さんは喜びや嬉しさ、幸せを感じられていますか。

そうですね。
クライアントさんは、認知症の方も「ありがとね、あんた、ありがとね」とたくさん言ってくださるんですね。

こちらは「いいじゃね、なんもないよ〜」なんてお答えするんですけど、そういう、シンプルな一言や日々のやり取りが嬉しいですね。

ご家族からも「本当に助かりました。土屋さんがあってよかった」っていう言葉をかけていただくと、やはりこちらもほっとします。

あと嬉しいのは、クライアントさんの小さな前向きな変化を見ることができた時。
本当に小さなことですけど「わぁ!この方これができたんだ、よかった!」と思うことが日々あるので、そんな時がすごく嬉しいですね。

-たくさんあると思うんですが、例えばどんな変化なんでしょう。

目を合わせられなかった方が目を合わせてくれた瞬間、とかですね。そういうことですよ。

本当に小さいことなんですよね。
食事の時に、ご飯を口に運ぶ介助が必要だった方が、ご自身で運べるようになったとか、とても小さな、日常のなかにあることですね。

-きっとデイホームでのコミュニケーションや体験の刺激が、だんだんとその方の力を引き出していくのかもしれないですね。管理者としてのやりがいを感じるのはどんな時でしょうか。

「前向きな想いをアテンダントのみんなで共有できるといいな」といつも思っていて、伝わった瞬間はすごく嬉しいです。

「私はこう思うんだけど、どう?」と投げかけて、共感が生まれた時ですね。
介護は1人じゃできないので、やっぱりチームワークは大事です。

それも強制するのではなくて、日々のコミュニケーションで築いていくものだと思っています。

CHAPTER5

本当の優しさは、とても強いものです。寄り添うためには、まず話を聞くことから。

「介護はその人らしい終期を支える仕事でもある」遠くの地で介護職に就く娘との絆と対話に滲む温かい使命感。

-藤井さんが人と関わる時に、大切にしていることはどんなことですか。

まずは話を聞くことですね。
話を聞くことで、その人の心に寄り添えたらいいなと思うんです。

それはクライアントさんに対しても、アテンダントの皆さんに対しても、ですね。
話しやすい環境をつくることを心がけています。

上の立場の人で、挨拶は目下から先にして来い、みたいな考えの方も昔はよくいましたけど、それは相手を萎縮させてしまうと思っていて…。

私は誰に対しても、自分から1番に挨拶したいと思っています。

管理者という立場になって気をつけていることもやっぱり、まずは現場のアテンダントの話をよく聞くことです。

人間関係が1番大きい離職理由だとよく言われますよね。

なので、なるべく話をして、不安や困りごとは聞きたいし、コミュニケーションを取っていきたいと思っています。

-しっかり聞いてくれるリーダーは、働いている方もきっと嬉しいですね。

あと、感情を仕事場に持ち込まないこと。
生きてるといろんな日がありますけど、しんどさとか、機嫌の悪さとかを仕事場で出してもしょうがないんです。

そういう気持ちは、ちゃんと時間が経ったら終わるので。それを気をつけていますね。

-なるほど。それも大切なことですよね。

私、好きな言葉があるんです。
子どもたちにもずっと言ってきたことなんですけど、「優しさは強さだ、強さは優しさだ」という言葉ですね。

これを子どもたちに伝えたくて、小さい頃からずっと言ってきました。息子は卒業文集にもこの言葉を書いていましたね。

人間はやっぱり優しさを持たないといけないと思うんです。
それを土台として、人の心に寄り添っていけたらなと思っています。

-好きな言葉、聞けてよかったです。ここで、藤井さんのおっしゃっている「強さ」というのは、どんなものなんでしょうか。

心の強さです。強さは、体力だけじゃない。
心が強いと人に優しくなれると私は思っています。

逆に、すぐネガティブになっちゃったり、大事な場面で逃げ出しちゃうような心持ちだと、優しさは発揮できないですよね。

心が強くないと優しくなれない。
本当の優しさには軟弱さはなくて、むしろとても強いものだということですね。

-とても素敵な言葉ですね。お話の端々に、忙しい日々を過ごしながらも、子育てにも真正面から一生懸命取り組まれてきたお姿がうかがわれるなと感じます。先ほどお話にあった介護職に就かれている娘さんとは、お仕事についてどんな会話をされるんでしょう。

娘は、高校卒業後は地元でも大規模の高齢者施設へ入社して、若くして責任のある地位についていたんですね。

ある時、初めて入居者のご逝去に直面して、かなりショックを受けて泣きながら帰ってきたことがありました。

「介護ってね、生きることを支えるだけじゃなくて、その人らしい終期を支える仕事でもあるんよ」と話して、その時は二人で泣きましたね。

「あなたがそばにいてくれてきっと安心だったと思うよ、後悔する事があるならこれからは後悔のないようにしよう」と伝えたのを覚えています。

-それはご自身も日々介護の現場にいらっしゃるからこその重みがある言葉ですね。

自らが経験したからこそ言える、と感じることがありますね。

私も今管理者の立場なんですが、娘もまた、現場リーダー・主任としてスタッフをまとめる立場で悩んでいた時期がありました。

その時は、「まとめようとせんでいい。ひとりひとりをちゃんと見ていったらいい。それができたら人は自然とついてくるよ」と伝えました。自分が日々そう思っているからです。

ある時は、とても上機嫌で帰ってきたので訊ねると、日頃表情も乏しく発語もあまりない方から「ありがとう」と言われたとのことでした。

こういう時、本当に嬉しいんですよね。共感できました。

「思いが伝わったね。介護職の醍醐味だね」と言い合って、私まで嬉しくなった日でしたね。

-ありがとうございます。きっと娘さんは心強いでしょうね。お互いに前向きな影響を与え合いながら、お二人が強い信頼関係で結ばれていることを感じました。

愛娘と

CHAPTER6

自分に正直になれる仕事。「誰かに必要とされている」と感じることが、今日の力になります。

誰かの「心」や「気持ち」に触れると、自分も元気が湧いてくる。今ここにある「安心」を確実に未来へ。

-少しこれからのことについてうかがえればと思います。10年後、20年後、「こんな社会になっていたらいいな」というイメージがあれば教えてください。

人が人を大切にできる社会であってほしいなと思っています。

困っている人に躊躇なく手が差し伸べられる、優しい世界であってほしいなと思っていますね。

-そうですね、同感です。日々のご自身のお仕事に繋げてみるといかがでしょう。

これからも「このデイホーム土屋下松があってよかった」と言ってもらえることを大事にしていきたいですね。

今、クライアントさんご本人だけでなく、そのご家族やケアマネさんからも、「ここがあってよかった」と言ってもらえているんです。

なかなか落ち着けるデイサービスに出会えずいくつも移ってきた方が、うちを頼って来てくれているので、最後の砦になるつもりで受け止めたいという気持ちがあります。

ご本人もご家族も安心できる場所ということを確実にしたいですね。

何か新しいことをしようと思えばできるけど、今していることをずっと続けていくことも、それ自体かなり難しいんです。

個人に合わせた活動をしていただくようなケアをしているので。

今感じてもらえている安心がこれからも確実に続いていくようにしていきたいです。

-ありがとうございます。では、これから福祉業界を目指す方や、土屋への就職を検討してる方に向けてメッセージをお願いします。

振り返ると、私はこの業界で長く仕事を続けてきたなかで、自分自身のことを考えられるようになりましたね。

人と関わるなかで、自分と向き合うことになるんです。

自分に正直になれますよ。
だからこれから志す方にも、そうなれる仕事だと伝えたいです。

-自分の内面と向き合いながら整えながらおこなっていく仕事ということでしょうか。

そうですね。
なので、「新しい自分に変われますよ」と伝えたいですね。

人と関わると、心も身体も変われます。

-身体も元気になりますか。

そうですね。人と関わるってことは、元気が出てきますよ。
私たち介護職は、自分より先に生きた人と関わるんです。

「先に生きた人」と書いて、「先生」じゃないですか。
お相手は「先生」なんですね。

クライアントさんから、すごくいろんなことを教えていただいています。

昔のこと、戦争のこと、その方の人生でやってきたこと、みなさんそれぞれにお話してくださるので、そういう勉強の場にもなりますね。

-なるほど。いろんな人生に触れることができるということですね。では、最後に、このお仕事を続ける原動力になっているものを教えてください。藤井さんのそのエネルギーはどこからやってくるんですか。

日々、「誰かに必要とされている」と感じていることですね。
それがあるから、「よし、今日もやるぞ」と気合いが入るんだと思います。

その感覚はすごく大事です。
私は、この介護の仕事を天職だと思っています。

どんなに辛い日でも、私は仕事モードに入ると切り替わるんです。
カチッて、仕事スイッチがオンになって、力が出てくる。

あとは、たくさん笑うことですね。
コミュニケーション能力も高いほうだと思うので、それを存分に使って、たくさん笑ってコミュニケーションを取ること。

それで、自分にもエネルギーが湧いてきます。
介護って「物」じゃないんですよね。

「心」とか「気持ち」だと思うんです。
なので、誰かのそういうところに触れると、自分自身も元気が出てくるんだと思いますね。

ひまわり畑にて

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