《interview 2026.05.29》
高齢者向けデイサービス・デイホーム土屋宇和島で、管理者を務める野村望(のむらのぞみ)。
山の緑に囲まれた穏やかな環境のなかで、現場業務とマネジメント、さらに看護師としての役割も担いながら、クライアントの毎日に寄り添い続けています。
保護猫のいるあたたかい雰囲気のデイホームで、バレーボールに打ち込んだ負けず嫌いな子ども時代からの成長、心に残る出会いと今も介護の仕事を続ける理由、そして人と向き合うことへの想いについて聞きました。
デイホーム土屋 宇和島
管理者
介護の仕事は、人を前向きにしてくれる力を持った仕事なんじゃないかなと思っています。
デイホーム土屋 宇和島
管理者
介護の仕事は、人を前向きにしてくれる力を持った仕事なんじゃないかなと思っています。
高齢者向けデイサービス・デイホーム土屋宇和島で、管理者を務める野村望(のむらのぞみ)。
山の緑に囲まれた穏やかな環境のなかで、現場業務とマネジメント、さらに看護師としての役割も担いながら、クライアントの毎日に寄り添い続けています。
保護猫のいるあたたかい雰囲気のデイホームで、バレーボールに打ち込んだ負けず嫌いな子ども時代からの成長、心に残る出会いと今も介護の仕事を続ける理由、そして人と向き合うことへの想いについて聞きました。
CHAPTER1
役割は現場に入りながらマネジメントをすること。困っている姿は人間以外でも放って置けない。
-現在働いている場所はどんなところですか。
愛媛県宇和島市です。
高齢者向けデイサービスの、デイホーム土屋宇和島で管理者として働いています。2023年入社なので、もうすぐ3年が経ちますね。
住まいも同じ地域です。
-デイホームがある場所はどんな風景なんでしょう。
デイホームの建物は山に面していて、「窓から山の緑が綺麗に見えていいね」って、クライアントさんもよくお話されていますね。
この地域は田舎の長閑な風景もあるし、少し山側から移動すると、お店がたくさんある便利なエリアもあるので、いいところに建っていると思います。
宇和島は山と海と両方あって、こちらは山側ですけど、海も綺麗ですよ。
なので、最近は遊びに来る方も増えて、真珠だったり、ミカンのいろいろな銘柄だったり、地場産業で観光を盛り上げていこうという流れもできているみたいです。
都会の方が田舎で山と海を満喫するのに、宇和島は人気が出てきていると聞きました。
-そうなんですね。確かにスーパーでよく見かけるので、宇和島=ミカンというイメージが私にもありました。海も山も楽しめる場所なんですね。
普段のお仕事についてお伺いできればと思います。野村さんは、デイホーム土屋宇和島ではどんなお仕事を担われていらっしゃるんでしょうか。
今は管理者をしています。
とはいえ、自分も現場に入って、全体を見ながらマネジメントをするという立場です。もちろん常にクライアントさんとの関わりがありますし、入浴介助や、看護師としての業務もおこなっています。
例えば、クライアントさんの入浴後の処置だったり、バイタルチェック、異変への対応などです。
ご家族やケアマネージャーさんと連絡を取り合うことも担っていることのひとつですね。
-なるほど。いろんな役割を同時に担われていて、お忙しい日々でしょうね。ご自身のお仕事の工夫も、また後ほどお聞かせください。
お休みの日はどんなふうに過ごしてリフレッシュされていますか。
私、動物が好きで、ワンちゃんを家で飼っていて、毎日、散歩から朝がスタートするような感じなんです。
だから、歩いたり身体を動かすことを趣味にしていますね。
お休みの日は、夫と一緒にワンちゃんを連れてドライブに行きます。まずは外に出て身体を動かすことが一番のリフレッシュです。
-そうなんですね。ワンちゃんは、どんな子なんですか。
ミニチュアダックスの1歳4ヶ月の男の子で、もう今が一番やんちゃ盛りですね。
でも、毎日仕事から帰ってきたら駆け寄って喜んでくれて。
家では、そういう時間に、「今日1日頑張ってよかったな」とワンちゃんから元気をもらっていますね。
-いいですね。ちなみにドライブはどんなところに行かれるんですか。
基本は山の方で、広見町とか鬼北町とか松野町とか、四万十の方にも足を伸ばしたりします。
やっぱり、山、川、海。のびのびできる自然が多いところですね。道の駅巡りも好きで行きます。
よく私が夫を連れ出して行くという感じです。
-楽しそうな休日が思い浮かびました。ところで…すみません、先ほどからオンラインでおこなっているインタビューの画面越しに「かわいいしっぽ」が見えていますが、猫ちゃんですか。
そうです。この子がちょっと、すみません(笑)。
実は、ここのデイホームでは保護猫を飼っているんです。
-まぁ!それはなかなかユニークですね。みなさんでお世話をされているんですか。
そうなんです。「ひめちゃん」といいます。
もとは野良猫だったんですが、施設の前で保護しました。他の野良猫にいじめられていて、ある時こちらに逃げてきたんです。
最初に私が声をかけた時は逃げていたんですけど、気になってしまって少しごはんをあげたら、次の日から必ず来るようになって、雨の日でも外でずっと待っているし、デイホームが休みの日にまで来ていたんですね。
あまりにもかわいそうで「どうしよう」となった時に、上司に相談したら、「飼ったらいいじゃないですか」と前向きな回答をいただけて、迎え入れることができました。
当初は怒られるかと思っていたので、びっくりしましたね。
「猫に会いに来るのが楽しみになるクライアントさんもいるだろうし、いいんじゃない」って言ってくださって、それで正式に保護して、お風呂に入れて、病院で注射や検査もして、ひめちゃんはデイホームの一員になりました。
ひめちゃんが来たら、クライアントさんたちは毎朝、まず私たちより先に「ひめちゃん、おはよう」って声をかけるようになりましたね。
猫好きな方は、ずっとひめちゃんのそばにいらっしゃいますし、動物が苦手な方も、「この子は大人しいね、かわいいね」と言ってくださって、今ではすっかりみんなのアイドルです。
-まさにペットセラピーですね。野村さんが声をかけたことがきっかけだったんですね。
はい、どうしても気になってしまって。
そういう姿を見ると放っておけない質なんです。夫には「そんなことしちゃダメだよ」って怒られるんですけど、やっぱり「かわいそう」が先に来て、なんとかしたくなっちゃうんですよね。
-ありがとうございます。野村さんの人柄や、デイホームのあたたかい雰囲気がすごく伝わってきました。

デイホームのアイドル「ひめちゃん」
CHAPTER2
高校バレー部の恩師との出会いが進む道を決めた、今の自分を支える土台。
-今のご自身がどんなふうに培われてきたのかというお話を少し伺えたらと思うんですが、ご出身も宇和島なんでしょうか。
そうです。
私は、地元が宇和島で、ほぼずっと出たことはないんですね。ここで育って、ここで働いてきました。
だから慣れ親しんでいる、ということでもありますが、住みやすい土地だな、と思います。地域の人たちも優しい人が多いと思うんですよね。
宇和島が好きです。
-子ども時代はどんなお子さんだったんでしょう。
いつも外に出て走り回って遊んでいましたね。
結構やんちゃで、家の中でおとなしく遊ぶようなことは全くしなかったみたい。外に出たら必ずどこかしらに傷をつくって帰ってくるから母は苦労したって言っていました。
「いつどこでこけたの!?」っていうことがよくあったみたいです。
それから、母が言うには、「いつも何でも絶対一番最後までやりよった」と。
みんなと遊んでいる時に、他の子はもう夕方で時間になったら帰るのに、一番最後まで何かに熱中してやっているのが私、ということがよくあったみたいですね。
例えば、一輪車に乗れなかったら、乗れるまでやっていたり、鉄棒でできないことがあったら、もう何時間でも粘って、できるまでやる。
そういうところがある子どもだったみたいですね。
-ちょっと「負けず嫌い」なところがあったんでしょうか。
そうですね。
周りができてて、自分ができなかったりするのは、やっぱり悔しくて。運動会でも、リレーで1番を取れなかった時に悔し泣きをした記憶があるくらい。
小さい頃から、負けず嫌いはかなり強かったかもしれないです。
-そうなんですね。当時は、どんな将来の夢を持っていましたか。
ずっと動物が好きだったので、獣医さんになりたいと思っていました。
それから、小学校ぐらいからずっとバレーボールをやっていたんです。
なので、バレーボールの選手になりたいとも思っていましたね。
-なるほど。ワンちゃんと一緒に暮らしていらして、アクティブで、という現在に繋がっていますね。バレーボールは中高の部活でも打ち込まれたんですか。
そうです。
小中高でやって、高校を卒業してからも、社会人チームで続けていました。ごく最近まで、固いボールを使うバレーと柔らかいソフトバレーと、両方やっていましたね。
社会人になってからは、自分でチームをつくったんです。
バレーボールを好きな人たちが集まってくださって。一緒に週に1回とか2回とか体育館を借りて練習して、大会に出たりしていました。すごく楽しかったですね。
みんな仕事が終わって集まって、大体夜の7時半から9時半とか10時ぐらいまでバレーをして、その後いろいろ喋って、「またね」って言って帰っていくみたいな感じで。
やっぱり好きなことするのは楽しい時間ですね。
-そうなんですね。とてもエネルギッシュでいらっしゃることもよくわかりました。ご自身の性格で昔から変わらないのはどんなところでしょう。
やっぱり、負けず嫌いなところは変わっていないですね。
途中で投げ出したくないので、何かを始めたらとことんやるし、やらないと決めたらやらない、自然とはっきり分かれています。
中途半端で迷っている時間が一番嫌なんです。
さっさとどちらかに決めちゃうところが、自分のいいところでもあり、悪いところでもあるのかな。
-そんな性格はどうやってつくられてきたんでしょう。
やっぱり小さい頃から、負けず嫌いはずっとあったんだと思います。
鬼ごっことか、ちょっとした遊びでも負けたくない子でした。だからいつも真剣でしたね。
何かきっかけがあったというよりは、元からそういう気質なのかもしれないです。
-なるほど。ありがとうございます。子ども時代から社会に出るまでに、今のご自身をかたちづくった出来事や、影響を受けた方との出会いはありましたか。
高校時代の部活動の顧問の先生ですね。
当時はまだ学校の先生は怖い時代でした。その顧問の先生もものすごく怖くて、先生が練習を見に来たら、部員はみんなピシってなってしまうような、そんな感じの先生だったんです。
私は、バレー部内のチーム編成で、先輩の中に1人だけ入るような状況が多くありました。
例えば、3年生の中に自分1人だけ2年生で入る、とかですね。
それが、内心私は、ちょっと嫌だったんです。1人だけ周りと違う扱いをされていたら、同級生からも先輩からも「どう思われるんだろう」というのを気にしてしまうタイプでした。
でも顧問の先生は、厳しい指導のなかでも、そういう繊細な人間関係をよく見ていて、私が内心感じている不安にも気づいてくれていたんですよね。
後々知ったんですが、先輩たちに「こういう理由でこの編成だから、孤立しないように声をかけてあげて」と話してくれていたそうなんです。
今思えば、表立っては言わないけれど後ろでフォローしてくれるその先生がいたからこそ、私はバレーボールを続けられたんだなと思います。
-その先生のもとでバレーボールに思い切り打ち込めた3年間は、その後のご自身の自信にもつながりましたか。
そうですね。「これで大丈夫」と思えるようになりました。
自分がしっかりやっていれば、周りはそれを見てくれていて、ちゃんとついてきてくれる、と思えるようになったんですね。
部活ではキャプテンも務めたんです。
チームをまとめるというのはなかなか大変でした。怒るばかりでもいけないし、優しいばかりでもチームは強くならない。
ちょっと駆け引きが必要な場面もあって、その辺りが難しかったけど、人の気持ちもよりわかるようになりましたし、自分が考えていることが全てではないということも学びました。
もとは目立つことを恐れてしまうところがあったのですが、「人前に出て引っ張っていくのは悪いことじゃない」ということを教えてくれた経験でしたね。
リーダーをこなすのは、どの年代になっても大変なことなので、今でも「いい勉強をさせてもらったな」と思っています。
-なるほど。
私の通った高校には普通科と看護科があって、私はバレーボールのスポーツ推薦で看護科に入ったんですが、進学のきっかけをくれたのもその顧問の先生でした。
-それはどんなきっかけだったんでしょう。看護科を選んだのは、何か理由があったんですか。
ちょっとこれは恥ずかしいんですけど、私、中学校の時に勉強が嫌いだったんです。
運動は大好きなんだけど、勉強は大嫌い。この高校がバレーボールが強いのは知っていましたが、偏差値が高いと聞いていたので受験は考えていませんでした。
他の高校に行こうと思ってたんですけど、バレー部の顧問の先生がわざわざ家まで訪ねて来てくださって、「うちの高校は部活動に特化してるからぜひ来てください」と言ってくださったんです。
その時に、うちの両親も「この子は勉強が苦手だから…」と言っていたんですけど、「普通科じゃなくて看護科の方だったらどうですか」という話になって。
看護師をしている私の姉の勧めもあり、私も「好きなバレーができるなら頑張ろうかな」と思い直しました。
そんな経緯だったんです。
-それはすごいですね。高校の先生からスカウトされるぐらいバレーボールは中学校でも熱心に取り組んでいたんですね。
ずっと大好きで、やっていました。
実は、母も父もバレーボールをしていて、小さい頃から一緒に練習や試合についていっていました。大人の周りで自分も遊びながらバレーをしていたんです。
当時、それがすごく楽しかったんじゃないかなと思います。中学校の大会は、高校の先生たちが見に来てくださる機会があって、そこで、その顧問の先生が目を止めてくださったことが、その後の自分の進む道につながっていきましたね。
-なるほど。ありがとうございます。とても大切な出会いだったんですね。高校卒業後は、どのような方向に進まれましたか。
高校卒業と同時に准看護師の資格を取って、すぐに就職しました。
病院ではなく、最初から高齢者福祉の現場に入ったので、19歳からずっと介護の仕事をしています。
初めての勤め先も今と同じような高齢者向けのデイサービスでした。
デイサービスだと、時には傷の処置や看護師がするべき業務もあるんですけど、看護職自体ははっきり区別されていないことが多いです。当時も、ほかの介護士さんと一緒に、高齢者の方の身の回りのお世話を全体的におこなうという仕事をしていましたね。
-そうなんですね。土屋に入社されるまではどんな現場をご経験されましたか。
デイサービスが一番多いんですが、入所施設、サービス付き高齢者住宅、ホームヘルパーの仕事もしたりして、高齢者福祉の現場は網羅的に経験してこれたかなと思っています。
ずっと介護の仕事しかしていないぐらい、長くこの分野をやってきましたね。
でも一時期は「ちょっと違う仕事に移りたいな」と思った時期もあって、1年ぐらい離れたこともあります。
でも、やっぱり戻ってきました。
他の仕事を体験したのは楽しかったんですけど、多分、どこかで介護の仕事への気持ちは残っていたし、せっかく准看護師の資格も持っているのにそれと関係ない仕事をしているのが、自分のなかではちょっと引っかかるものがあったんだと思います。
他の仕事をして1年ぐらい経った頃、ちょうどいいタイミングで、デイホーム土屋宇和島にお声かけをしてもらって今に至ります。
-介護から離れた1年ほどの間にされていたのは、どんなお仕事だったんですか。
会社をやっているバレーボールの知人が声をかけてくれたので、そちらに就職して、ホテルの清掃をする仕事をしていました。
全く未経験の知らない世界で、入ってみると、私よりもずっと年配の方が、ものすごく手早く、手際良く、準備して清掃して、というのをテキパキやっていて、「すごいな」と思いましたね。
その仕事は重労働で、体力的にもしんどかったんですが、でも、これがこのホテルに来てくださるお客様のためになると思うと、感慨深いものがありました。
社会がうまく回っているのは、こうやって、いろんなところで、いろんな仕事をしてくれている人がいるからこそだということを改めて実感できたので、違う世界に飛び込んでみたのはとても良かったです。
楽しく働いていたんですが、ちょっと膝を壊してしまったこともあったので、再び転職することにしました。
-それで土屋に入社されたんですね。
そうです。
実は私は、この場所が「デイホーム土屋宇和島」になる前、土屋がM&Aする前の経営者の時代に、2、3年ほど勤めていたんです。その会社から土屋に経営者が変わるタイミングで、私は一度退職して他の仕事をしていました。
当時の管理者さんに、「看護師がいないから、戻ってくるのはどうですか」という連絡をいただいたのが、土屋に入社したきっかけですね。
土屋の存在を知ったのは、以前の在職中、この場所の経営者が変わるという話を聞いた時でした。
私は当初、土屋の専門は高齢者福祉だけなのかと思っていたんですが、仕事の打診をいただいた時に、改めてホームページを見てみると、障害者福祉をはじめ、いろんな分野でたくさんの事業所を抱えているので「なんだかすごい会社なのかな」と思ったのを覚えています。

休日のひとコマ・ドライブで訪れた四国カルストで
CHAPTER3
「また来るよ」が嬉しい。いつも、気にかけてくれるクライアントさんたちに育てられてきた。
-お仕事内容の方にフォーカスを当てていけたらと思います。この介護の仕事に就いたばかりの頃はどんな風に働いていらっしゃったんでしょう。印象深い経験はありますか。
最初入った時は19歳で、若くて何もかもが初めてで、本当に何も知らなかったですね。
毎日仕事に行っても、全然何もわからないところで、先輩たちがバタバタ忙しく仕事をしているのを、ただただ見ているだけしかできませんでした。
そんな時、当時のデイサービスのクライアントさんたちが、「こっち来さいや」って声をかけてくれたんですよね。
「ここで私たちとお話してたらいいよ」と招き入れてくれました。
私は昔から高齢者の方、おじいちゃんおばあちゃんとお話するのが好きでした。いろんなことを覚えて仕事に慣れるまで、毎日「どうしよう、どうしよう」って思いながら、職場に行っていたので、最初は私の方がクライアントさんに気にかけてもらうばっかりだったと思うんです。
でも、声をかけてくれるって「すごくあたたかいな」と思ったことは、今でもずっと覚えていますね。
-最初の辛い時期を乗り越えて「これで頑張っていけそう」と思えたきっかけとなるような出来事はありましたか。
長くこの仕事をしているので、本当にたくさんのクライアントさんと出会ってきました。
その中でも、特に気にかけてくれる方がいたんです。
その方は亡くなる前まで、私にずっと友達のように接してくださって。私が気にかけなきゃいけない立場なのに、ずっと私のことを気にかけてくれていました。
その方と出会って、「この仕事ってやっぱりいいな」と改めて思えたのを覚えていますね。
-その方との思い出は何かありますか。
その方は、デイサービス立ち上げの時の、最初期のクライアントさんでした。
そして、来所して一番初めに対面したのが私だったんですね。
最初に少しお話をして、ご自身の現状や思いを話してくださって、そこから7、8年くらいずっと通い続けてくださいました。途中で、私が一度退職して別のデイサービスに移ったことがあったんですけど、その時も、わざわざ新しい職場まで遊びに来てくださったんです。
その方は畑で野菜をつくっていて、収穫できるたびに電話をくれて、持ってきてくださいました。
何かあるたびに「元気か」って電話をかけてきてくれましたね。その後、私がまた元の場所に戻ることになったので、最後はまた同じデイサービスで一緒に過ごさせてもらいました。
最初に出会った時から、亡くなる前まで、本当に親のように気にかけてくれた方でしたね。
-素敵な出会いだったんですね。きっと心強いですし、同じ地域で働いて、暮らしているからこその関係性でもありますよね。
ご自身がこのお仕事を通して「自分のここが変わったな」と思うところはありますか。
若い頃は、自分本位というわけではないんですけど、「まず自分が先」という部分があったと思うんです。
でも、介護の仕事をしていく中で、「人の話をじっくり聞くこと」が一番大事なんだなって思うようになりました。
今も管理者をさせてもらっているんですけど、若い頃は管理職を任せてもらう機会があっても、最初はなかなか他の人の話を受け入れにくいところがありました。
でも、人の話を聞いていくうちに、「自分が思っていること」と「相手が思っていること」は違うということを、少しずつ理解できるようになってきたと思います。
そういう経験を重ねる中で、我ながら「人間として丸くなったな」とは思いますね。
-ありがとうございます。現在のお仕事では、どんな時に喜びや嬉しさ、幸せを感じるでしょう。
この仕事の喜びは、本当にみなさんよく言われることですが、クライアントさんがどんなことにも「ありがとう」って言ってくださることだと思いますね。
感謝の言葉をかけてくださるんです。
こちらとしては、「そんなふうに言っていただくほどのことはしてないんだけどな」と思うことも多いんですけど、それでもクライアントさんは嬉しいこととして伝えてくださる。
その「ありがとう」をもらえることが、喜びとしては一番大きいですね。
あと、クライアントさんたちは、「また来るよ」とか、「明日も明後日も来るよ」とか、「ここがある間はずっと来るよ」って言ってくださるんです。
それを聞くと本当に「やっていてよかったな」と思いますし、「もっとここをこうしなきゃ」とか、「こういうことをしたら、もっと楽しく過ごせるんじゃないか」とか、自分の中で自然と「してあげたい」という気持ちがどんどん出てきますね。
-なるほど。きっと、クライアントさんもすごく安心されているんだろうなと感じます。最初に伺った通り、野村さんは管理者として、現場のプレイヤーとして、さらに看護師としてのお仕事もされているということで、とてもお忙しいと思うんですが、日々の工夫や、「これがあるから頑張れる」というものがあったら教えてください。
この時間にはこれをして、次はこれをする、というように、頭の中でいつも逆算しながら仕事をしていますね。
タイムスケジュールを、常に頭の中に入れながら動いています。もちろん、その通りにうまくいかないことも多いんですけどなるべく頑張ります。
どうしても、という時には、ほかのアテンダントに協力をお願いして時間を確保することもありますね。
でも、当然ながら、一番中心にあるのは、やっぱりクライアントさんなんですよね。
クライアントさんが来てくださっている以上、クライアントさんの日常のペースを大事にすることが最優先なので。
空いた時間にさっと事務所へ戻ってパソコン仕事をして、またすぐ現場に戻る、という感じで、けっこう目まぐるしく動いています。
しんどいなと思うこともありますけど、毎日続けていると、身体が慣れてだんだん自分のリズムになっていくのかなとも思っています。
クライアントさんたちからは、「あんた、よう動き回るよね」ってよく言われるんです。
最初は「そんなことないよ」って返していたんですけど、今はもう、「そうなんよ、今ちょっと忙しいから頑張ってくるわ」って冗談ぽく返したりしています。
クライアントさんたちは、そういう姿や、私たちアテンダントの動きを本当によく見てくれているんですよね。
「大変だな」と思うことはあるんですが、それでもクライアントさんと笑い合いながら、「楽しい」と思いながら仕事ができているので、まだ大丈夫なのかなと思っています。
-クライアントさんがこちらを見てくれているということは、すごく大きいことなのかもしれないですね。

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CHAPTER4
介護は人を前向きにする仕事。クライアントさんの願いを叶えて、自分自身も後悔なく生きる。
-では、これからのことをお伺いできたらと思います。このデイホーム土屋宇和島で、今後やってみたいこと、思い描いている未来のイメージがあれば教えてください。
自分の中で心がけていることがあるんですね。
クライアントさんは、最初は別のデイサービスに通われていた方もいるし、最初からここに来てくださっている方もいるんですけど、「最後に選んでもらえる場所がデイホーム土屋宇和島だったらいいな」といつも思っています。
クライアントさんが心から安心できる場所でありたいです。
いろんな場所で楽しいことを経験された上で、「デイホーム土屋宇和島に来てよかった」「デイホーム土屋宇和島だからこういうことができて楽しかった」と思ってもらえたら嬉しいですね。
安心できる場所で「クライアントさんがやりたいことをやる」ということを、アテンダントみんなで大事にしています。
今はどうしても施設でできることが中心になっているので、もっといろんなことができたらいいなと思うんです。
-例えばどんなことなんでしょう。
今でも、外出はよくしているほうだと思います。
季節ごとに、お雛様を見に行ったり、桜を見に行ったり、菖蒲を見に行ったりですね。でも、それだけじゃなくて、クライアントさんの個性に寄り添って、もっと楽しめる環境づくりができるんじゃないかと考えていて、ぜひそれを実現させていきたいですね。
クライアントさんの中には、「釣りに行きたい」とか、「外でバーベキューをしたい」とか、いろんな希望を話してくださる方がいます。
そういう「やりたい」を、ただ思うだけで終わらせるんじゃなくて、実際にできるような環境をこれからどんどんつくれたらいいなと思っています。
-ますます活気があるデイホームになりそうですね。では、これから介護や福祉の世界を目指す方、あるいはデイホーム土屋宇和島への就職を考えている方に、何かメッセージがあれば教えてください。
介護の仕事って言うと、「大変だね」というひと言で終わることが多いです。
「人のお世話をするから大変」というイメージを持たれやすい仕事だと思います。
でも、その大変を超えると、「やってよかった」という気持ちに変わることを、長く介護に携わる中で教わりました。
もちろん、人と接する仕事なので、相手にも感情があるし、こちらにも感情がある。
認知症の方もいらっしゃるので、意思疎通が難しいこともあります。
でも、まずはじっくり対話してみることが大事だと思って、私自身もそこを一番大切にしています。
人と向き合うからこそのやりがいがある仕事です。
やっぱり介護の仕事なので、長年働く中では、クライアントさんが急変され、救急対応をすることも何度も経験してきました。その時は、命を守る、つなげることだけを一生懸命考えて動きます。それしかできません。
でも、その行動がなかったら、命をつなぐこともできず、後悔が残る。後悔するくらいなら、やる。
その姿勢で介護の仕事を続けてきました。大変な場面はたくさんあるけれど、その代わりに、たくさんの感謝の言葉や笑顔をいただけるんですよね。
本当はサポートをさせていただく立場なのに、逆にクライアントさんから、仕事を頑張る力をいただいているように思います。
介護の仕事は、人を前向きにしてくれる力を持った仕事なんじゃないかなと思っています。
-ありがとうございます。大切なお話ですね。では、最後にうかがいます。野村さんにとって、このお仕事を続ける原動力になっているものはどんなものでしょう。
実は、私の父は、私が33歳の時に胃がんで亡くなったんです。
もともと、私が病院ではなく介護の仕事を選んだ理由のひとつは「最後は自分の父や母を看たい」という思いでした。でもまさかこんなに早く病気になるとは思っていなかったんですね。
親はいつか先に亡くなるものだとはわかっていても、こんなに早くその時が来るとは思っていなかった。
そして、いざ自分の父親のこととして直面すると、看護師として勉強してきたことも、福祉の知識も、全然思うように役立てられませんでした。
それが、自分の中ですごく悔いとして残っています。
一生懸命介護の仕事をしてきたのに、蓋を開けたら何もしてあげられなかった、という思いがあるんです。
それが、この仕事を辞めない理由につながっています。
あの時の後悔があるからこそ、自分の父にできなかったことを、他の人たちにはしてあげたい。こちらの勝手な思いかもしれないですけど、それがずっと心の中にあります。
自分にできることを全力でやってあげたい。だから私は、これからも福祉や介護の仕事を続けていくんだろうなと思います。

休日のひとコマ・宇和島の九島大橋の展望台から見る景色がきれい