介護事業部

介護事業部 ホームケア土屋

加藤登志子

岡山 非常勤アテンダント

その人が選択したことを正解にして、その人が『この選択は間違いだったかな』と迷わないようにサポートする。それが介護の仕事。

 《interview 2023.8.16》

ホームケア土屋 岡山で、非常勤アテンダントとして活躍する加藤登志子。ALSであった母、そして重度訪問介護の支援現場での「ひめ」との出会いが、今の加藤の“しごと“をつくっています。循環する命のある庭で――家族として、支援者として、ALSと生きる人と見つめ、母と「ひめ」からのバトンを受け取った加藤が紡ぐエピソードです。

CHAPTER1

釧路への旅

旅行が大好きだった、という加藤の母。2016年にALSの診断を受け、胃ろう増設の手術をする前に、加藤は「一緒に釧路に行かん?」と母から旅の誘いを受けたと言います。

仕事も忙しく、大人になってから母と旅行をした記憶がなかったという加藤。思いきって休みを取り、弟を誘って、釧路への旅に出ました。

加藤「『なんだか舌が回らないな…』と母が言い出したのは、2015年に父が亡くなって3か月ほど経った時でした。母は『父を見送ったら、北海道に行くぞ』と、決めていたみたいです。

釧路に行ったのは、私の娘が釧路の大学に行っていたからなんです。母にとっての初孫で、ちっちゃい時から手をかけていたので、『何かしてやりたい』という思いがあったのかもしれません。私もそれまでそんな長く仕事を休んだことがなくて、大丈夫かな、と思いながら行きました。釧路では、長女の大学や下宿先、バイト先にも行って、安心したんじゃないのかな。5泊6日の旅でした。

『舌が動かない』というのが母の最初の症状だったので、釧路に行った時には既に、咀嚼したり、嚥下したりが難しくなっていて食事用のハサミを持ち歩いていました。お寿司も食べましたし、豚丼も食べました。母は貝とかちょっと噛みにくいものが好きなんですよ(笑)。

その頃の母はちょっと歩くと疲れるようになっていたので、スーパーの駐車場の車椅子マークのところに駐車していたんですが、そうすると『あの人、なんで駐めてるの』なんて思われるんじゃないかって――。

母の病気も見た目ではわかりにくかったと思うんです。心臓の病気等もそうですが、私は、目に見えない病気や障害を持つ人が世の中にはたくさんいることに今まで気づいていなくて、どうやってサポートしたらいいのかもわかりませんでした。その時初めて、見えにくい障害というものがあるんだな、と感じましたし、“ヘルプマーク”の重要性も知りました。ヘルプマークは、もう少し普及したらいいなぁと思います」

CHAPTER2

その人が選んだ選択を正解にする

母が受けたALSの診断。母が“選択“したこととは

加藤「岡山大学でALSの診断があった後、自宅で暮らすようになってからは在宅医の先生に診てもらっていたんですが、母は最初から『呼吸器はつけない』『胃ろうをする』という選択をしていました。

その後も、何回か聞きましたが、『つけない』という選択でした。それは、母はそれまで病気知らずで、すごく動く人だったので、自分が動けない体であることが苦痛だったんだと思います。

私も、介護の仕事で様々な研修を受けていたので、『障害を持っていても、前向きに暮らしていてすごいなぁ』っていう事例をたくさん見ていたんです。でも、『それはほんの一部なのかな』と思いました。その裏に、しんどいことも苦しいこともたくさんあって、苦しんでその選択された人もいる。

だから、“その人が選んだ選択を正解にすること“が私たちの仕事なんだと思います。法的にやってはいけないこと以外は、その人が選択したことを正解にして、その人が『この選択は間違いだったかな』と迷わないようにサポートすること。それが介護の仕事なのかな、と。

A L Sが進行し、重度になってくるほど、母は『いつも看ている私に、看てもらいたい』と言うようになり、母のサポートを人に頼みにくいところはありました。

でもその時思ったのは、“母に関わる誰もが、私と同じようにサポートできなくてもいい”ということ。要となるキーパーソンは私一人でよくて、まわりがそのキーパーソンを助けられるようにいる、ということが大事でした。

私の場合は、弟の嫁が隣に住んでいたので、ちょっとした時にお茶を淹れてくれたり、きょうだいの話が食い違った時に弟がまとめてくれたり。娘がたまに帰って来てくれた時には、文字盤を読んでくれたり、胃ろうをしてくれたり。休もうと思ってちょっと横になると、すぐに『うーっ』と母から呼ばれるので、サポートしてくれる人が近くにいるのは助かりました。

A L Sでは、透明文字盤を使って、母の目の動きを読み取って会話をします。文字盤で話すことは、母の目の前に行かないと読めない。もちろんそれでいいこともあるし、しんどい時もあります。喧嘩をしていて、文字盤で母から『これは違う、あれは違う』と言った感じで指摘されることもありました。でも、本当に目の前に立っているので、それを聞いても怒るどころか笑ってしまうんですよね(笑)」

CHAPTER3

「ひめ」との出会い

2018年に母が他界し、「当事者やご家族のお手伝いができないかな」とA L Sの方と関わる仕事を探していた加藤は、重度訪問介護の仕事を見つけます。

初めて入った支援現場で出会ったのが「ひめ」こと、そねともこさん。ALSであったそねさんは、ご主人と、猫2匹と暮らしていました。そねさんもまた、旅が大好きでした。
「ひめ」と過ごす時間の中で、加藤はそれまで持っていた「介護=大変そうのイメージを覆す(二人の)コミカルな会話」に「微笑ましく、思わず笑って」しまったと言います。

加藤「最初に支援に入った時は『私にできるかな』なんてことばかりでしたが、そねさんは、愛情深くてユーモアがあって、本当に聡明な方だったんです。

例えば、そねさんの相方さんが『もう3年も介護をしてるんです。へとへとですよ〜』なんて仰ると、そねさんは『3年も介護をしてたらプロじゃないですか。凄いですね』なんて返す。カラッとしていて、どんよりしないんですよね。そんなふうに言い合えるお二人の対等な関係と、そねさんらしい愛情を持った返しが私はすごく好きでした。

多分、そねさんは、“介護をする側・される側の関係性”にならないように、相手のことまで考えて接していたんだろうな、と思います。
そねさんは当時、『動かなくなった手足のことを考えるより、自分にできることって何だろう?を考える』とよく仰っていました。きっと、『私はこうしたい』『旅行に行きたい』、食べることもお好きだったので『○○のチョコレートが美味しいって聞いて、食べたいから買ってきてください』って、自分の思いを素直に伝えることが、そねさんにとっての“自分らしく生きること“だったんだと思います。

相方さんにもきっと、今しかないという思いがあったと思う。でも、そねさんがそうやって生きることで、まわりの人が後で振り返った時にきっと『やりきったな』って思えるんじゃないのかな、って。残される人にとっても、その方が負担がないんじゃないのかな、というところまで考えてらっしゃったんだと思います。

私の母は『こんなふうに世話になって申し訳ない』とよく言っていました。『旅行だってできるんだよ』とも伝えたけれど、『この体で誰にも会いたくない』という思いがあって。あまりにそねさんの考えと違いすぎていたから、『そねさんはどう思われますか?』と聞いたことがありました。

そねさんはそれまでバリバリ仕事をされてきた方で、A L Sになられて、仕事を辞めざるを得ない時に、声をかけてくれた人と、声をかけなかった人がいたそうです。でも、今から思うと、声をかけなかったのは“関心がなかったから”ではなく、“どう声をかけていいのかわからなかったんじゃないか”って。『そういう考えがあるんだな』と思えました。私がした質問にも『自分にも、元気な時を覚えてもらいたいという気持ちもあるから、お母さんの気持ちもすごくわかるよ』って言ってくださったんです。

そねさんは、すべてのA L Sになった方や障害を持った方のことを考えて自分が行動することで、次の誰かにバトンを渡せると考えていました。それが強く生きることにも繋がっていたのかなと思います」

CHAPTER4

季節と一緒に生きること

季節と生きることを教えてくださった「そねさん」の存在

加藤「そねさんは、紫陽花が好きで、その時期になると『加藤さん、今、どこどこで花が綺麗だから行ってみたら』とか、お正月前になると『おせち料理は何が得意?』なんて、季節になると桜や藤の花、紫陽花を観に行きましたね。そんなふうに、そねさんは季節と生きることを教えてくださったんですよね。『もしかしたら今年が最後の桜かな』とも思いながら観られていたのかもしれません。

今もその季節になると『紫陽花が咲くな』『お正月だな、何作ろうかな』なんて考えるようになって、サポートされている感じがします。母もそうでした。母の家の庭には紫陽花が咲いたり、柚子や檸檬がなったり。もちろん、草むしりもあって大変なんですけれど(笑)。

私たちは当たり前に自分で歩いたり、車に乗ってどこかへ行けるけれど、障害を持った方はそれが難しくなる。でも自分でできてしまうからこそ、私たちが気づけていないことがたくさんあると思うんです。季節の移り変わりを意識して、サポートしていくことは、季節と一緒に生きることにつながるんだろうなと思いますね」

CHAPTER5

人間だったら誰しも、声をかけてくれる人がいるって大事なこと

重訪の仕事を始めて4年目となる加藤。彼女は現在も、特別養護老人ホームで働きながら、週に1度、重訪の夜勤をしています。

アテンダントとして重訪の支援現場に入ってから、“家”という場を支える一人として、加藤はクライアントの視線や心配りに気づくようになりました。

加藤「皆さん、ご自身の体調管理をするのに、湿度や気温、明日の天気によく耳を澄ませているな、と感じます。
ちょっとの気候の変化が、体調に大きく影響するので、私も重訪に入るようになってからは、自分の体調管理をより考えるようになりました。

だからこそ皆さん、私たちのことも『体調は大丈夫?』『ちゃんと水分とってる?』と気にかけてくださるし、ご自身の体調が崩れやすいからこそ、相手の体の変化にも気付きやすいんでしょうね。そういえば母も、自分は食べれなかったのですが、私が食べている姿をすごく喜んで見ながら『もうちょっと肉食べなさい』なんて気にかけてくれていましたね。

今日は私は、重訪の夜勤明けなんですが、ダブルワークをしているので、『じゃあ、本業も頑張ってね』なんてクライアントの方が送りだしてくださいました(笑)。

もちろん、相手の体調を気にかけるのは、自分を守るためもあると思います。私が食中毒みたいになった時に、母の表情がすごくこわばったことがありました。その時は『明日、自分はどうなるんだろう』という不安がよぎったんだと思いますし。

介護の仕事では、感じることや、コミュニケーションが大事――と教科書にもよく書いてあります。人間だったら誰しも、『よく寝れた?』『体調どう?』『暑いけど、水分取れてる?』なんて声をかけてくれる人がいることは大事なことです。

特に認知症がある方や、高齢になって言葉を発することができなかったりすると、こちらも声をかけることが段々少なくなってくるんです。でもそうやって声をかけて、体に触れて、『大丈夫かな』というのもコミュニケーションだと思うので。それが“自分らしく生きること“と繋がるんだろうな、って。

施設と比べると、重訪は“家”に入っていくので、より場所の空気みたいなものを感じやすいですね。『ちょっと前まで喧嘩されてたかな』なんて雰囲気も伝わりますし(笑)。

『今日、どうかな』『ちょっとしんどいのかな』と思いながら、クライアントやご家族の方に言葉をかけながら、その場に合わせていく。声をかける以外にやっていることですか?うーん、何をしてるんでしょうね(笑)。でも、静かに……沈黙が必要な時もあります。そんな時は無理に喋ってもダメですし、時間を過ぎるのを待つ時もあります。その人の喋りたいタイミングもありますし。言葉にするのは難しいですけれど……。こういうことが言葉にできるといいんですけどね」

 

CHAPTER6

頼られた時、『大丈夫ですよ』って応えられるように

彼女にとっての「しごと」となったA L Sを持つ人との関わり。家族として、支援者として、介護という仕事を見つめてきた加藤は、当事者が置かれる環境をどのように見てきたのでしょうか。

加藤「重訪はまだまだ地域格差があって、私が住んでる市では、『重訪やってます』と書いてあっても『ヘルパーさんがいないので今はやっていません』ということも多いんです。

母を看ていた時、身のまわりの人のサポートはもちろんですが、安定した公的サービスが入ることも本当に大事だなと思いました。小規模な事業所にお願いしていた時に、急に『撤退します』ということもありました。そうするとまた1からスケジュールを見直さないといけない。それは本人も家族も、すごく心が疲れてしまいます。安定して支援を継続してくれる事業所がいる、ということは本当に大事でした。

私の場合は母が発症してから他界するまで2年ほどでしたが、もっと長い年数をサポートされている家族の方もたくさんおられます。ご家族にとって、公的サービスが入って、しっかりと休息を取れることはとても大事なんですが、夜勤ができる事業所は今も本当に少ないですね。土屋以外にも事業所が増えて、ご家族が安心して眠れるようになったらいいな、と思います。

それから――こればかりは、クライアントの人数とのバランスなので、難しいとは思うんですが――もっともっとアテンダントが増えて、安定した支援ができるようになったらいいなと思います。私が当時、嬉しかったのは事業所さんに『この日、お願いできますか?』と伝えた時の、『大丈夫ですよ』という言葉。それが本当に心強かった。その言葉で私の心が安定したんです。『大丈夫ですよ』『できますよ』って言ってくれる事業所が増えるといいですよね。

重訪はまだまだ認知度も低く、制度を利用するまでにもいくつも壁があって、ご家族の方が諦めてしまうこともあると思うんです。『私が頑張ればいいよね』と思う事も多くあると思う。でも諦めないでほしい。家族だけで頑張らずに、自分だけで頑張らずに、頼っていただきたい、声をあげてほしいな、と思います。

そんな自分も、当時は、“自分が大変だ”なんてわかっていなかったんです。市役所の方と話していた時に、担当の方が泣きながら母の話を聞いてくださったんですよ。『そんなに、そんなに大変だったんですね。今から行かせてください』って仰って、すぐに家に来てくださった。そうなって初めて『自分って、大変だったんだ』と知りました」

CHAPTER7

母と娘、文字盤を通して伝え合った思い

文字盤で話すようになって知った「母の思い」とは

加藤「私は3人きょうだいなんですが、姉は親の言うことをよく聞いて、勉強もできる姉でした。下には弟がいて、私はちょうど真ん中。父も男の子がほしかったようで、『私っていらないんじゃないのかな』なんて思いながら大きくなったところがあるんです。

母は本当に厳しくて、休みの日も朝からちゃんと化粧して過ごすような人でした。お茶をずっと習っていて、定年退職した後にはパソコン教室に通って、年賀状を書いたり、グラフを作ったり、なんでもできるまでやり抜く。母が亡くなってから、パソコン教室の先生が来てくださったんですが、『(お母様は)一度伝えたことは二度聞くことはなかった』と仰っていました。私は母と正反対で、子どもの頃から勉強もあまり好きじゃなかったし、マイペースな性格なので『なんであなたはそんな勉強しないの』なんてよく言われていました。

母が亡くなってからですね。皆さんそうだと思うんですが、ものすごく多くのことをしてもらっていたんだな、とわかりました。私はそれまで、『母からあまり愛されていないんじゃないかな』と思ってきたんですが、そうじゃなかった。例えば、ちっちゃいことで電話してきて、『あれいる?』『これは?』とか、その時は『うるさいなぁ』なんて聞いていたんですよ。でも、なんかね。そんなこと言ってくれる人いないのにな、と今なら思います。

母が文字盤で話すようになってから、私に『登志子を産んでよかった』『ありがとう』って言ってくれたことがあったんです。でも謝らないといけないのは私の方だったなと後で思いました」

CHAPTER8

介護のしごとは、自分にとっての居場所でもあります

唯一自分ができる、世の中で本当に役に立つところ。私にとっては介護しかない。

加藤「私はそねさんや母ほど旅が好きなわけではないんですが(笑)、旅に出て、季節を感じたり、花を見たり、おいしいものを食べていると、一緒に楽しんでくださってるような感じがします。

例えば、今だと紫陽花がうちの庭に咲いているんですが――花屋さんで見かけた時に『あ、この色の紫陽花、多分そねさんが好きだな。買ってみようかな』とか、私はあまりケーキを食べないんですが、なんとなくそねさんが好きだったチョコレートケーキを選んじゃってることがありますね。

つい2、3日前には、福岡に行っていました。今回はRADWIMPSというバンドのライブを見に行ったのと、美味しいものを食べに。

土屋ケアカレッジの実務者研修で、母を看ていた時の写真をまとめた動画を生徒の方に見ていただいたことがあるんです。その後ろで流していたのがRADWIMPSの『告白』という曲でした。ボーカルの方が友人の結婚式のために作った曲で、その曲の中に『見渡した人の その胸の中に ふと一つだけ 場違いなほど美しい色の魂 それがつまり あなたでした』という歌詞があるんです。

私にとっては『たくさんの中の 本当に美しい色の魂、それがつまり母だったんだなぁ』って。なんかその歌詞を聴くと、母を想ってしまうんですよ。

本当に、生きてるってたくさんの人がいるおかげです。美味しいものを食べてる時も、一生懸命ご飯を作ってくれる方がいるおかげで、私が楽しい思いも便利な思いもさせてもらってる。その私ができることって、この介護なのかなと思うんです。

いろんな人に感謝しながら、ちょっとでもご家族の方が休めたり、母やそねさんのことを伝えていくことで、これからの世代の人にも『ALSになっても大丈夫なんだな』と思ってもらったり。それは『障害があっても土屋がいるから大丈夫』『岡山にはあの施設があるから大丈夫』っていうふうに、みんなが安心して暮らせるような世の中につながっていくんじゃないのかな。少しでも実現できるようにがんばれたらいいな、と思います。

私にできることって少ないんです。でも、そうですね……。唯一自分ができる、世の中で本当に役に立つところって、私にとっては介護しかないので。自分を認めてもらえる場所でもあるのかな。『社会の役に立った』と実感できる場面でもありますし、自分にとっての居場所みたいに思えるところでもありますね」

加藤さんがお話されていた「ひめ」こと、そねともこさんは本を出版されています。
「ひめは今日も旅に出る」 そねともこ著・長久啓太著
(日本機関紙出版センター刊/2019年)
https://www.amazon.co.jp/ひめは今日も旅に出る-そねともこ/dp/4889009728


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