介護事業部

土屋ケアカレッジ

細井俊一

関東 運営マネージャー

今ある仕事が誰と、またその向こうの誰に響き、つながる仕事なのか

 《interview 2026.10.09》

土屋ケアカレッジ事業部で関東エリアの運営マネージャーを務める細井俊一(ほそいしゅんいち)。
近道よりも遠回りをすることを教えてくれた剣道、そして仕事へとつながる出会いとなったボランティアの経験。
その後、障害を持つ方との様々な関わりを経て、土屋へ。
そこには、「重度訪問介護」という支援のあり方、そして「株式会社」という事業形態への強い思いがありました。
現在は土屋ケアカレッジで、福祉を学ぼうとする人や講師の方々を広く、そして太く支える細井。
「自分が関わるこの仕事の先に、クライアントやその家族がいる」ーーその誰かに、思いを馳せながら。
仲間と歩む日々を訪ねました。

CHAPTER1

地道に続けることを教えてくれた剣道の日々――「楽しい、でも厳しい、大変!」

幼稚園の頃は仮面ライダーとかウルトラマンといったヒーローものが好きでした

―細井さんが生まれ育ったのはどんなところですか?

そうですね。
生まれ育ったのは千葉です。

公園や自然もほどよくあって、駅やお店も近くてーー“のどか”な住宅街っていうんでしょうか。

川や山が近くにあるってわけではないんですが、そんな街で育ったので逆に友達の家が近くて、よく外や家の中で遊んだりしてました。

―小さい頃はどんなことをして遊んでいたんでしょう。

幼稚園の頃は、仮面ライダーとかウルトラマンといったヒーローものが好きでした。

自動車や乗り物系ではなく、ヒーロー系が好きでよく遊んでましたね。

小学生になると、友達と公園で野球やキャッチボールをしたり、サッカーをしたり。
ゲーム機は持ってましたが、公民館や公園に行った時は体を動かす遊びを楽しんでました。

―中学や高校、10代になると、関心がある分野が変わってくるのかな、と思います。細井さんはその頃、どんなことに熱中されてましたか?

そうですね。
中学生はクラブ活動にのめり込んでいて。

小学生の頃から剣道をやっていて、そのまま高校まで続けたんです。

僕が行っていた中学は剣道が強くはなかったんですが、自分たちで工夫して部活動を盛り上げて楽しんでいました。

高校になると、本格的な部活になったのでそのギャップはありました。
「楽しい、でも厳しい、大変!」っていう(笑)。

ただ、高校の剣道部では、「人としてどうあるべきか」ということを教えてもらってーー僕にとってそれは大きな経験でした。

―そういう思いを持って関わられていた先生がいらしたんですか?

そうですね。
すごく熱意のある方で、人望もある方でした。

「ただ強くなればいいわけではなく、剣道というものを通して人が成長していく」――そういう部分をすごく大切にしてる先生で、恩師としても尊敬していたんです。

すごく厳しくて、怖かったですけどね。その先生は授業中に教室を回って、部員が寝てないかどうかを確認してたり(笑)。

もともと厳しい学校だったのもあって、よりそれを体現してる先生でした。

ただ、厳しいだけじゃなく、ひとりひとりを大切にしてくれる方でもあったんです。

当時は大変でしたが、卒業した時に「よかったな」と思えた環境でした。

―その先生からはどんなことを教えてもらったんですか。

そうですね。
その先生がよく言っていたのは「地道にコツコツやることが重要だ」、とーー。

「近道よりも遠回りをして続けること」。
「地道」という言葉をすごく大切にされていました。

私はもともとヒーローものが好きで、剣道もやってたので、まわりからも自分でも「真面目だ」って思っていたんですよ。

でもその先生は、私のことは「真面目じゃない」と(笑)。

―(笑)

「続けることができなければ真面目とは言わない」と言われたことがすごく印象に残ってますね。

先ほどの「地道」という言葉にもつながってるんですが、「口でだけ言って、やらなきゃいけないことを続けていなければ真面目にやってるとは言えないんだ」って。

ただ、剣道が上手な人だけにフォーカスするんじゃなく、「強い」とか「弱い」も関係なく、ひとりひとりを尊重し、みんなの前でその人の頑張りを称えたりーーそういうことをしてくれた先生だったので、「ついていきたい」っていう気持ちは強くありました。

―細井さん自身もそこで「続けていくこと」を培われてきたんですか。

そうなんです。
このインタビューを受ける前、ちょっとふり返っていたんですが、「自分の長所は“ひとつのことを続ける力”だな」と思っていたんです。

その原点として、「この力はその先生からの言葉と剣道を通して、培われてきたんだな」って感じたんですよね。

「地道」、そして「続ける」――そういうやり方が自分には合っていました。

―当時は、どんなことを練習されたり、続けられたりしていたんでしょう。

そうですね。
剣道は竹刀さえあれば、練習はひとりでも、どこでもできるんですよ。

自分はたしかーー朝練を少しやってました。
ただ、それは続かなかったんですが(笑)。

CHAPTER2

大学時代は合気道とボランティアに明け暮れて

勝ち負けではないもの。

―学校を卒業されてからはどんなことをされていたんですか?

高校卒業後は東京の大学に進学して、ひとり暮らしをしながら大学生活を送ってました。

僕はもともと、「このまま剣道を続けて、大学では法律の勉強をして、卒業したら警察官になろう」って中学の頃から思っていたんです。

でも、大学に入って「いざ剣道をやろう」と思ったら、ちょっと肌に合わなくて……剣道部の先輩方はみなさんいい方だったんですが、全体的になんとなく雰囲気が合わなくてやめちゃった。

ただ、大学時代はふたつの部活に入っていました。

剣道部を辞めて、「せっかく時間が空いたから」と始めたのが合気道でした。

その時、はじめて合気道にふれてーー合気道は、剣道と同じ“武道”なんです。

でも、「あれは一体なんなんだろう」「人がコロコロ転げ回ったりしてるけど、試合はあるのかな?でも勝負ごとではなさそうだな」なんて、ちょっと偏見を持った目で見ていたところもありながら、興味もあってーー合気道はその後、社会人になってからも4年ほど続けていました。

―剣道も合気道もそうですが、日本の武道で培われる何かが細井さんに合っていたところもあったんでしょうか。

そうですね。
多分――合ってるところもあったと思います。

剣道を続けていたのもあって、「柔道とか、合気道といった“道”とつくものをやりたいな」とも思っていたし、「武器をもたない武道をやってみたいな」という思いもありました。

―たしかに。合気道になると、人に直接触れることになりますね。

そうですね。
私が入っていたのが、「勝ち負けではない」というところを大事にしていた流派だったんです。

稽古を通して、一緒に練磨しながら技を磨き、双方で成長していくーー合気道ではそのことをより強く感じました。

それから、合気道には「礼節」というものがあるんです。

「稽古を通して、人の心を鍛えるような、綺麗にするような要素が合気道にはあるんだな」と感じました。

外国人の方で合気道をされてる方も多かったんです。
道場には外国人の方々がたくさんいらっしゃっていました。

「こんなにワールドワイドなんだ」ってーー合気道が生まれたのは日本だけれど、それを海外の人が受け入れて、日本人以上に「礼節」を知っていることに感動しましたし、そこで視野も広がりましたしね。

―そこからお仕事へはどんなふうにつながっていくんでしょう。

話がちょっと戻るんですがーー僕は最初から福祉の仕事で働いたんですが、そのきっかけが大学の時に入っていたもうひとつの部活なんです。

それがボランティアサークルだったんですね。

大学生の時は、朝は合気道、夕方はボランティア、土日もボランティアーーみたいな感じで、ほぼ勉強してませんでした(笑)。

そうやってボランティア活動にのめり込んでーーでも、その経験がその後の人生を変えるきっかけになりましたね。

―どんなボランティアをされてたんでしょう。

例えば障害のある子と一緒に外出するボランティアだったり、地域の緑化活動を手伝ったり、福祉施設で一緒にご飯を食べたり。

あとは地域のイベントですね。
地域のお祭りに出店したり、そういった市民活動が僕は結構好きだったんです。

その頃は、NGOといった国際的なボランティアが流行ってる時期でもありました。

僕はそっちにも行きたかったけど、部活もやっていたので、国内でじっくり、ある地域に関わることができるボランティアにのめり込んで、たくさんの方にそこで出会った。

それがすごくプラスになったんです。

その中で福祉施設にも行くようになって、障害のある方や高齢者の生活といった福祉的な面に初めて触れました。

そこから、「せっかく働くなら、福祉に関わるところで働けたらいいな」と思ってアルバイトも始めて。

そこから、そのまま、土屋に入社する前に働いていた会社に新卒で入社をしたんです。

学生時代。地域緑化ボランティアに関わっていた

CHAPTER3

ひとりひとりと真剣に向き合うスタッフの姿に感銘を受けて、障害福祉の道へ

日中活動支援や居宅介護。ショートステイや移動支援――そして、地域へ。

―土屋に入社する前のお仕事のことを少し伺えたらなと思います。どんな仕事をされてきたんでしょうか。

そこでは知的障害のある方を対象とした支援をさせていただいていました。

未就学児童の日中活動支援や、成人された方がメインとなる就労や日中活動の支援、居宅介護と呼ばれるご自宅での支援だったり。

あとは、グループホームでのひとり暮らしの支援。

それから短期入所と言って、ひとり暮らしや親元を離れる時の練習として、もしくはレスパイト(家族の休息のためのショートステイ)としてのお泊まり支援だったりーー中でもいちばん楽しかったのは、外出支援でした。

ガイドヘルパーと呼ばれる移動支援の仕事です。

その法人内で知的障害を持つ方に関するさまざまな障害福祉サービスを経験させていただいたんです。

そこで障害を持つ方を取り巻く生活や家族の思い、その方たちを取り巻く全体像を把握することもできましたし、先輩方から学ぶことも本当に多かったですね。

施設での支援から地域に出て、当事者の方たちのご自宅を中心とした支援を経験させていただく中で、視野が外に広がったことも「重度訪問介護(重訪)の仕事をしよう」と思ったきっかけになりましたしね。

通所や施設だけだったら、訪問の仕事にまで興味は持てなかったと思います。
施設の外に出たことで、地域での生活支援の重要性を強く感じたんです。

―お仕事をされてきた中で、ご自身にとって転機になった出会いや出来事はありますか?

そうですねーー。
“この人”っていう特別な人はいないんです。

でもその法人で働いていた先輩方はどの人も尊敬していました。

みなさんが思いとして持たれていたものーー「ひとりひとりの利用者さんと真剣に向き合っていくんだ、これから一緒に生活していくんだ」っていう強い意志と思いを感じて、感銘を受けて僕はその法人に入社したんですよ。

僕にとってはそこが「福祉の仕事って楽しい」「やりがいがあるな」と思えたいちばんのポイントだったので。

例えば、アルバイトで支援の仕事を始めた時ーー重度の知的障害を持つ方の中には、スタッフに噛み付いてしまったり、精神的にパニックになってしまう方もいらっしゃいました。

でも、そうなった時にスタッフはその方と向き合って、「なんでそういうことをしてしまったのか」を時間をかけて本人と話をしたり、その後もひとりひとりの様子を見ていってーー続けていくと、パニックになってしまうような行動がだんだんなくなっていくんです。

複数いるスタッフの方、どの方も同じような志を持って、同じように対応をされていた。

そのやり取りを見てきて、ひとりひとりの状況と逃げずに向き合うことの大切さを教えていただいたんですよね。

たまにサイクリング

CHAPTER4

支援現場で感じた思いを実現し、解決できる仕事って?――重度訪問介護と“株式会社”という形

「今まで現場で感じてきた“壁”を、ビジネスの力で解決できるんじゃないか」

―その後、2021年に土屋に転職をされます。その流れやきっかけを教えてもらえますか。

前職で地域生活の支援に入った時に、重訪の必要性をすごく感じたんです。

「その人をより深く知るためのお仕事をしてみたい」と思ったのがひとつーーあとは移動支援や居宅介護、ショートステイのお仕事をさせていただく中で、「ご本人とご家族がどれだけ困っているのか」がより明らかに見えてきた。

重訪という仕事はトータルにその人の生活の支援ができるーーそこがすごく大きかったです。

当時、僕が働いていた法人では県外からもサービスを申し込む方がいました。
その中で、より福祉的支援を必要としている方と出会うことが多くなって。

例えば家庭環境の事情があり、親御さんがお子さんを見れない状態で、このままショートステイを利用して生活ができなければ離れて生活しなきゃいけないーーという状態の方や、刑務所に入った経験がある方もいました。

その実情を知れば知るほど、「より支援が必要な方がいるんだ」ということを強く感じたんです。

ただ、その中で感じたのは、「そもそも人がいなければサービスが提供できない」ということでした。

その日の支援はできたとしても、「本当はこの方も受け入れたいけど、支援者が少なくて受け入れられない」という壁にぶちあたった。

その時に支援する“人”や“事業所”の数そのものが増えていかなければ、より多くの人の生活を支えていくことができない、と強く思ったんです。

重訪の特性と、多くの事業所の必要性ーー「現場で感じたことを実現し、解決できるお仕事ってなんだろうな」と調べていた時に、「株式会社」という選択肢が出てきた。その時に土屋と出会いました。

ただ、当時の僕は「福祉といえば、社会福祉法人」と思っていたんです。

だから、土屋が「株式会社で福祉をやっている」と知った時は、正直なところ、「営利重視で、利用者さんひとりひとりの思いや家族の思いをないがしろにしてるところがあるんじゃないか」ーーなんて勝手なイメージをしてたんですよ(笑)。

でも、土屋のホームページやその中身をよく読んでいくと、「どうもそういう感じではないな」、と。

そして、土屋のバリューを読んだ時に、「ビジネスはもちろん、社会福祉寄りのメッセージが強いんだ」と思いました。

ソーシャルビジネスを謳う会社をいくつか見ていく中でも、「私には土屋が合ってる」とも感じて。

「今まで現場で感じてきた“壁”を、ビジネスの力で解決できるんじゃないか」――そこが私の考えと一致したので、土屋に入社を決めたんです。

CHAPTER5

“経験”を一旦横に置いておいて、目の前のこと、目の前の人を見ていくこと

重度訪問介護という仕事を始めるのに必要だったのは専門的な知識でも、技術を持つことでもなかった

―入社当初はどんなお仕事をされていたんでしょうか。

僕は、関東エリアにホームケア土屋ができた時期に入社しました。

重訪には2年ほど携わりながら、「土屋ケアカレッジ(カレッジ)の講師をやってみない?」と声をかけていただいて。

カレッジで講師をさせていただいていたら、今度は「カレッジに来ない?」と声をかけていただいてーー今いるカレッジに異動しました。

―重訪はいかがでしたか?お仕事を始められた時、細井さんが感じられたことがあったら聞かせてください。

前の仕事で知的障害を持つ方が重訪を利用して生活していたので、存在は知っていたんですが、一体どういうものかまではわからなかったんですよね。

実際に現場に入って感じたのはーーご本人が気持ちをそのまま言葉にされて、ダイレクトに当事者の言葉を受け取る経験をしたこと自体が僕は初めてでした。

それまで僕が関わってきたのは知的障害の方でした。

ご本人は「こうしたいんだ」というお気持ちのところは表出してくださるんですが、「こういう理由だから、こうしたいんだ」という形の意思表示ではないことが多かった。

そこに理由がないこともあったかもしれないし、「なんでこんなふうに言ってるんだろう」「なんでこういう行動をしてるんだろう」と、その方の言動の理由や背景を支援者側が読み取らないといけないことがたくさんありました。

それもあって、どうしても、スタッフの視点や推測が入った上での支援にならざるを得なかったんです。

でも、僕が最初に関わった重訪のクライアントの方は、ご本人が文字盤や機械を使って「◯◯だから、こうしてほしい」と言葉でダイレクトに伝えてくださった。

そのことに大きなギャップを感じていました。

その人の言葉をそのまま受け止めるーーもちろん、その言葉の中には言葉になっていない思いもあるんですが。

「今までの関わり方を変えなきゃいけない」そう感じましたね。

それから、他人の家で長時間過ごす中でも感じるものがありました。

長く一緒にいると、その人の生活や周りにいる人たちについても知ることになる。

それは施設や外出、ショートステイ、居宅介護といった短い時間では感じ取れなかった部分です。

その人の生活すべてを知るところが重訪にはあって、「その人の生活に合わせていく」「生活を崩さないように自分が入っていく」という支援のやり方に、「今までとは異なる技術が必要な仕事なんだな」と思いました。

私もそうだったんですが、経験があればあるほど、福祉的な、専門職的な視点が入ってしまいがちですよね。

でも、その“経験”を一旦横に置いておいて、まずは目の前のこと、目の前の人を見ていくことーーそこが最初は本当に難しかったですね。

一方で、嬉しかったことももちろんありました。

いろんなクライアントさんと関わらせていただく中で、ある方と最初、うまく関係を築けなかったことがあったんです。

でも、時間や関係性を重ねるごとに少しずつご自身の思いや考えを話してくださるようになってーー。

私も自分にとっての支援についての考え方を話せて、直接的な思いをお互いにぶつけ合うことができた。

その時、ようやく「この方と一緒にいてよかった」って思えましたし、私がそのクライアントの現場を離れる時に、「細井さんにもっといてほしかった」と言っていただけてーー正直なところ、当初はその方の支援に入ることが「ちょっと辛いな」と思ってたこともあったんです。

でもその壁を乗り越えた時に、そう思えたし、最後にそんなふうに言ってもらえて「続けていてよかったな」って思えたんですよ。

CHAPTER6

自分が関わる仕事の先に、クライアントと、その家族がいる

これから始まる仕事の入口に、受講生と一緒に立って

―そこから少しずつ、カレッジのお仕事に移られていくんですね。長らく現場に携わられてきた細井さんですが、現場から離れることにはどんな思いがありましたか?

そうですね。

直接的にクライアントと関わる仕事じゃなくなった瞬間に、「寂しいな」という思いと、「人と直接関わるお仕事って楽しいし、やりがいがあるな、って思ってたんだな」、ってわかりました。

ただ、カレッジで登壇させていただいてる中で、そこにいらっしゃった受講生さんには、これから介護の仕事を始める方もいれば、すでに働いてる方もいらっしゃった。今働いてる方からは、仕事の大変なところや楽しさ、いろんな感情を聞かせていただくこともありましたし、これから始める人には期待と不安の両方の気持ちをお聞きすることもあります。

クライアントを支援されている最前線の方々と関わっているとーーその人たちのサポーターとして、これから始まる仕事の入口に一緒に立って、背中を押して送り出していくような存在として講師があるーーと思うようになったんです。

講師として登壇させていただいていた時は「その先のクライアントと、現場と、繋がってるんだな」っていうことを感じていました。

今は完全に、その講師さんをバックアップする立場なので、現場からはさらに離れているかもしれません。

でも常に「その先にクライアントがいる」っていう思いで仕事をしているんです。

―現在はどんなお仕事をされているんでしょうか。

事業部では関東エリアに所属し、運営マネジャーをやらせていただいています。

顧客創造活動(法人への訪問等)、教室運営、申請業務やお問い合わせ対応(デスクワーク)と多岐にわたります。

特に重要な業務は最前線で登壇されている講師さんのサポートや受講生さんのサポートです。

ここで講師さんと研修内容について確認したり、受講生さんから現場のお話を聞くこともあるので、熱が入り、ついつい沢山お話をしてしまうこともあります。

CHAPTER7

相手の「素敵なところ」を見つけること。そしてできればそれを相手に伝えること。

できることを認め合ってできないところは正直に伝え合って、お互いを補完し合っていく。それがあることでお互いが成長できるのかな

―今度は、細井さんの価値観の部分を伺えたらなと思います。人と関わる時、大事にしていることを聞かせてください。

月日によってそれがどんどん変わってる気はするんですがーー「人のいいところを見つける」ところは意識してます。

それは仕事だけじゃなくて、プライベートでも。

お話をする時に「この人の素敵なところ」「自分にはないところ」を見つける。ちょっと恥ずかしかったりするかもしれないですが、できればそれを相手に伝えることも意識しています。

行動面の話なので、価値観とはちょっと違うかもしれないんですがーー根底にあるのは、「他者を大切にしたい」ということでしょうか。

―「他者を大切にする」というのはーー例えばどんなことだったり、どんな場面で感じていますか?

そうですね。

「すごく大事なことを教えてもらったな」と思っているのが、土屋のバリューの中にある「対話こそ生命線、深く聞こう、丁寧に語ろう、できるを認め合い、できないを語り合おう」という言葉なんです。

ホームケアに入社した当初は「深く聞こう、丁寧に語ろう」というところを意識してました。

でもこのカレッジに来てからより意識しなきゃなと思ってるのは、「できるを認め合い、できないを語り合おう」っていう箇所です。

どうしてかというとーー今のカレッジでの業務は事務的な業務も多く、デスクワークの仕事です。

これまでやってこなかった業務の中で、「自分ができること」と「できないこと」がはっきり見えてきました。

私も苦手なことがたくさんあります。

でもその一方で、自分ができるのに他の誰かができなかったことに対して、「なんでできないんだろう」って思うことが増えていった時期がありました。

支援してる時はそう思うことはなかったんです。

例えば施設で、他の人ができないことがあっても、そこに寄り添うことができたし、お互いに支えあうこともできていたんですが、教室や在宅で働いていると自分ひとりでやらなきゃいけないことが増えてくる。

余裕もなくなっていたのかもしれないんですが、「『なんでできないんだろう』と他者を責めるような自分になってしまってるな」と思ったことがありました。

でもーー。
できることを認め合ってできないところは正直に伝え合って、お互いを補完し合っていく。

例えばお互いを称えたり。

それがあることでお互いが成長できるのかなって感じたんです。

でも、油断すると忘れてしまったりもするので、常にこの言葉を頭の片隅に置いておくようにしてます。

―私もバックオフィスになり、パソコンを相手に仕事をしていると、その先にいる人のことを想像できない時期があったのを思い出しました。ちなみにーー細井さんにとって、得意なことや、逆に「苦手だな」と思う部分ってどんなところですか?

講師の方々と対話をして、課題を発見するところは得意かもしれないですね。

ただ、それを解決するところはうまくはないんですが(笑)。

逆に苦手なのはーー基本、デスクワーク全般があまり得意ではないです(笑)。

そうですね……細かいところを見ること、ですかね。

「ここ、間違ってますよ」なんてよく同僚から言ってもらってます。
よく周りの方のお世話になってますよ(笑)。

同僚の渡邊良平さん(土屋ケアカレッジ名古屋教室コーディネーター)が演奏するライブへ。

CHAPTER8

楽しく、「お互いいい仕事ができたね」って語り合えるような。

自分ひとりの時間を過ごすのがもとから好きなんです。リラックスして何も考えない時間をつくるーーそれが休日の大切な過ごし方。

―ここまでお仕事のお話たくさん伺ってきたので、お休みの日のことを伺えたら、と思います。どんなことされてるか、こんな趣味があります、というところがあったら教えてください。

そうですね。
お休みの日は、家族とーーこどもと遊ぶのが楽しいです。

今はそこがいちばんですかね。

個人的な趣味としては、サウナに行ったりして、自分ひとりの時間を過ごすのがもとから好きなんです。

そういった空間に行って、リラックスして何も考えない時間をつくるーーそれが休日の大切な過ごし方です。

―「整える」っていう感じですね。

そうですね。
“全体的に整える”って感じですね。

―これからのところはいかがですか?カレッジでこんなことに関わっていきたい、こんなところを目指していきたい、という思いがあればぜひ。

そうですね。
働くみんなが同じ目標に向かっていけるようなチームになっていけたらいいな、と思います。

常に目の前のお仕事に追われることは多いんです。

でも、先ほどもお伝えしましたが、自分が関わる仕事の先にクライアントやその家族がいるーーその誰かに、思いを馳せながら。

楽しく、「お互いいい仕事ができたね」って語り合えるような。
そうなったら、きっと素敵な組織になっていけるんじゃないかと思ってます。

―お話を伺う中で、コツコツ続けてくことの強さをずっと感じていました。細井さんにとって、この仕事を続けてる原動力になってるものーー最後に伺えたらな、と思います。

そうですね。
根底には「人と関わっていたい」っていう部分があるんです。

「働くならやっぱり、そういう仕事をし続けたい」って。

それは、現場との距離が離れていようと、どんな形でも今後も続けていきたいですね。

―「人と関わっていたい」「続けていきたい」って思える何か……細井さんにとっては、どんなものだったり、どんな人だったり、どんな夢だったりするんでしょう。

それはーーホームケアの時からなんですが、“人”なんです。

土屋に入って、出会った人ひとりひとりが本当に素敵な方で、相手を思ってくださる方々だった。

「この人たちと一緒にいたい、働きたい」「この人たちとひとつの目標に向かっていきたい」っていう思いがあって、僕は日々の仕事を続けられるんだーーそう思います。

そうでなければここにいる意味――正直なところ、違う会社でもいいわけじゃないですか。

でも、「誰と働きたいか」「誰といたいか」を僕はすごく大切にしてるんだなぁ、って。

今、お話をさせてもらいながら、そんなことを感じましたね。

お休みの日は、こどもとお出かけ。

TOP
TOP