―小澤さんがこれまでされてきた、システムエンジニアのお仕事について伺いたいです。
そうですね。
プログラマー時代と、そこから経験を経てシステムエンジニア(SE)時代でちょっと違うんですが――。
まず、プログラマーから始まって、最初の1、2年はお客さんとお話しすることもほぼなく、プログラムとテストに明け暮れてましたね。
たとえば、バグが出ました。
システムが思ってもない動作をしてます。
で、その原因をとことん突き詰めていく――それが謎解きみたいですごく面白かったんですね。
プログラムをつくるよりも、テストをしてバグを出して、バグを直す。もちろん時間はかかったんですが、むしろ好きでした。
3年目ぐらいからかな。
だんだんお客さんとお話しするようになって。
「こういうことできる?」「できますよ」「こういう仕様だったらどうですか」といったやり取りをするようになって初めて、“システムエンジニア”って呼ばれるようになるんです。
5年目ぐらいからは価格交渉もするようになって――SE時代になると、プログラムはあまりつくらなくなっていくんですが、人と喋ったり、交渉したりする仕事が増えて楽しかったですね。
そんな感じでキャリアを積んでいきました。
―SEの仕事というのは……まず、「こういうシステムをつくってほしいです」っていう依頼があるんですか?
そうですね。
もしくは、「こういうところで困ってるんだけど、なんとかならない?」といったご相談があるんです。
最初のうちは自分がプログラムをつくりたいものだから、100メートル先のコンビニに行くだけでいいのに、“トラックみたいな”プログラムをつくっていたんです(笑)。
このたとえ、わかります?
―すみません……全然ついていけなかったです(笑)。
コンビニに行くだけだから機能としては“自転車”くらいのものをつくればいいのに、自分がアメ車に乗りたいから、お客さんにアメ車を勧めちゃう、みたいな(笑)。
―あぁ、なるほど。たとえの乗り物が、小澤さんがつくっていたプログラムってことですね。
そうですそうです。
コンビニにお弁当を買いに行ければいいだけなので、前カゴがついてる自転車があれば、本来はお客さんは十分だったんですよ。
そうやって、求められる機能のサイズと、自分がどれくらいのプログラムをつくればいいかがだんだんわかってきて。
「システムをつくるだけがSEの仕事じゃないんだな」と思うようになりました。
30代後半から40代になると、「それはシステムつくるまでもないですよ」「紙に鉛筆で書いた方が早いですよ」なんてことも平気で言えるようになって(笑)。
そうすると、エンジニアどころか、コンサルティングのような仕事になってくるんですね。
そうやってだんだん仕事の内容が変貌していって――それはそれで面白かったですね。
「最適解を見つける」という仕事になりました。
SEになって最初の頃は、クライアントである企業さんのシステム管理者と、直接お話をするので話が伝わりやすいんですが、年を取るにつれて専務や経理部長といった企業の上層部の人とお話をするようになるんです。
その方たちは、当然ですが、コンピューターに関する知識はほとんどありません。
そうなると今までどおりのお話をしてもなかなか伝わらない。
でもそれも「これまで自分がやってきた伝え方では伝わらないんだな」ということがだんだんわかってきて、伝え方を工夫したり、「どうやったらわかってもらえるかな」って一生懸命考えたり。
そうなって仕事の面白さがだんだんと変わってきました。
―SEという仕事はどんな働き方をされているんですか?もちろん会社には属しながらも、単独で動くような働き方をイメージしてしまうのですが。
僕自身はずっと「自分はサラリーマンだ」と思ってるんです。
上司がいて、同僚がいて、部下がいて、きちんと連携が取れてないと仕事にならないっていうこともわかってる。
社内では割と一匹狼的な仕事や立場だったことが多かったんですが、それでもちゃんと連絡、報告、相談は欠かさずに働いてましたね。