皆さんは、介護殺人という言葉を聞いたことがありますでしょうか。
日本認知症国際交流プラットフォームによると、介護の困難が原因となる殺人や心中事件は、報道されるものだけでも年間約40件ほど起こっていると考えられています。
大切な家族に手をかけてしまうほどに疲れてしまう在宅介護は、超高齢化社会が続く日本でも大きな社会課題のひとつとして注目が高まっています。
在宅介護の中でも近年ひときわ注目を浴びているのが、認知症のクライアントに対する介護の難しさです。
認知症は言語力や理解力といった認知機能が低下するだけでなく、人格にまで影響を及ぼす症状が出現する病気です。
介護者にとって認知症の介護は大きなストレスがかかり、介護殺人という結末にまでは及ばずとも、介護放棄や介護虐待といったトラブルにつながりやすいという特徴があります。
そこで今回は、認知症の介護放棄について詳しくご紹介していきます。
家族の認知症や在宅介護に悩んでいらっしゃる方は必見です。
認知症介護の辛さ
認知症は、脳細胞の一部が損傷したり壊死することによって生じる、脳の認知機能が低下する病気です。
認知機能低下によって記憶力が低下することで「今日は何曜日だったっけ?」「朝ごはんはまだ?」という質問をしてきたり、「鍵の開け方が分からない」「ボタンやチャックを開け閉めする方法が分からない」というように、日常生活が困難を極めます。
また認知機能の直接的な低下(中核症状)以外にも、行動・心理症状としてせん妄や徘徊、暴力性や暴言性の増幅などのように人格に影響が生じることもあります。
そのため大切な家族であっても認知症のクライアントを介護する介護者としては尋常ではないストレスを感じ、肉体的な疲労もあいまって強いストレスから介護放棄の感情が生まれてしまうのです。
その他にも経済的な事情や、これまでの家族関係が複雑に絡み合うことで、介護放棄につながってしまうと考えられています。
介護放棄の具体例
介護放棄は、介護を必要としている家族に対して食事を与えない、オムツ交換しない・入浴を禁止する・医療機関へ連れて行かないなどのように、クライアントを放置や無視する行為のことです。
介護放棄は介護虐待の一部と位置づけられており、過去には認知症の家族を残して引っ越してしまったケースや、認知症の家族に対して暴力をふるっていたケースが確認されています。
直接的に介護放棄をしていなくとも、余力の範囲内でできる介護に関わる資金援助をしなかった場合は子から親に対する生活扶助義務の違反が認められます。
また介護放棄や介護虐待が続くことで、冒頭にご紹介した介護殺人などのような取り返しのつかない事態に発展してしまうことも懸念されています。
介護放棄は法律上できない
「認知症の親をこれ以上することは無理」「認知症の在宅介護に限界を感じている」という思いは誰しもが抱く可能性のあるものですが、日本では親に対する介護放棄をすることはできません。
民法877条第1項では「直系血族及び兄弟姉妹は、互いに扶養をする義務がある」ということが定められていますので、認知症や高齢による介護度の有無に関わらず、子が親の介護を放棄することはできないのです。
義理の両親の介護義務はない
民法で定められている「直系血族及び兄弟姉妹」に該当するのは、クライアントから見ると祖父母・父母・子・孫・兄弟・配偶者となります。
そのため血のつながっている二親等以内の家族と配偶者には介護義務が生じるのですが、例えばクライアントにとって義理の娘や息子は直系血族及び兄弟姉妹に該当しないため、介護義務はありません。
勘違いされることも多いですが、配偶者に対しては介護義務があるものの、配偶者の家族に対しては介護義務が発生しません。
また扶養義務者の優先順位については法律で定められていませんので、認知症のクライアントに4人子供がいた場合、生まれた順番や性別などで特定の1人にのみ介護義務が生じることはありません。
4人の子供に対して平等に介護義務があります。
介護放棄をした場合の罰則
介護放棄をしてしまうと、保護責任者遺棄罪という罪に問われます。
扶養義務を怠り、適切な介護や介護に関わる資金援助をしなかった場合には、保護責任者遺棄罪として3ヵ月以上5年以下の懲役に科せられる可能性があることを覚えておきましょう。
また介護放棄によりクライアントが死亡してしまった場合は3年以上20年以下の懲役、ケガを負ってしまった場合は3ヵ月以上15年以下の懲役が適用される可能性があります。
認知症の介護放棄を事前に防ぐために
認知症の介護放棄問題では、「介護が辛い」と感じる前に介護保険制度や自治体の支援制度をしっかりと把握しておくことが大切です。
特に介護保険制度で要介護1以上の認定がおりると、訪問介護や通所介護など利用できる介護サービスの種類が広がります。
また症状や介護度の進行によっては、入居型の介護施設の利用も選択肢に入ってきます。
認知症のクライアントはもちろんのこと、家族全員の生活を尊重した介護を実現するためにも、介護保険制度の適切な利用は必要不可欠です。
介護保険制度の利用にあたり、地域包括支援センターの窓口やケアマネージャーなど、現状を相談しやすい人間関係を築いておくことで、介護者がストレスをため続けず、適度な息抜きをしながら改めてクライアントに向き合えることができるようになります。
そして先ほどご紹介した通り、介護は直系血族及び兄弟姉妹に等しく生じる義務になります。
家族や兄弟のなかで誰か1人が大きな負担を課せられることはありませんし、義理の両親に対しては介護義務は生じません。
介護義務に該当する家族で協力して、金銭的な負担や実際の介護などを分担することで、認知症のクライアントにとっても、大切な家族にとっても納得のいく介護が実現します。
改めて介護放棄に感情が向いてしまう前に、家族全員で認知症と向き合い、介護の方法を検討していきましょう。