研修事業部

土屋ケアカレッジ

山根健

関東 講師 / コーディネーター

クライアント一人ひとりの、尊厳ある生活の実現へ

 《interview 2022.02.10》

土屋ケアカレッジ関東で講師として、またコーディネーターとして活躍する山根 健。これまでの20年間、高齢者介護施設に勤務し、施設介護を通して人間の尊厳についての考えを深めてきました。土屋に入社して半年という山根が今、重訪に見る未来とは。クライアント一人ひとりの、尊厳ある生活の実現へ向けた想いに迫ります。

CHAPTER1

「人のために汚れることができた」。新たな自分の発見から、介護業界

東京・三鷹にあるケアカレッジ関東。

カレッジが毎週行なっている重度訪問介護従業者養成講座 統合過程で、山根は介護実技の講師を担当し、移乗介助やボディーメカニクス等の指導をしています。統合過程は、重度訪問介護(重訪)の現場に向かう人が必ず取得する資格研修のひとつ。また、カレッジでは資格を目的とした外部の受講生に向けてのサポートも行なっています。

大学卒業後、高齢者介護の世界で長年経験を積んできた山根ですが、在宅介護の現場は初めて。入社して半年が経った今も「まだまだわからないことだらけ」と言います。

「学生の時は、介護や、人のためというものに全く興味を持っていなかった」という山根には、介護業界に飛び込むきっかけになったというエピソードがあります。

山根 「大学の時に、ある飲み会がありました。その席でトイレに行った時、男友達が吐くということがあって。その時、『飲み会だから、と張り切って着てきた洋服が汚れるのもちょっとかわいそうかな』とパッと思い、彼の吐瀉物を手で受け止めたことがあったんです。そうやって自分の手が出た時に、『介護なんて』と言っていた自分が『人のために汚れることができるじゃないか』と思ったんです」

頭よりも先に、動いた手。咄嗟の行為から、自分の新たな一面を発見した山根は「とりあえず」ヘルパー2級(現在の初任者研修)を取得し、近所で仕事を探していところ、たまたま出会ったという介護老人保健施設(老健)へ就職をします。

老健は、「病院に入院した高齢者の方が、退院後、スムーズに自宅に戻れるようにADL(日常生活動作)のリハビリを行なう、いわば通過地点としての場所」でした。

山根 「施設だと、目の前の鈴木さんに関わりたいけれど、あっちで転びそうな佐藤さんがいて、今度は山本さんが向こうから呼んでいて……これが現実としてありました。土屋に入社してからは、自分がやりたいこと、クライアント本人の希望を考えた時に、在宅の方が『尊厳のある生活』ができるんじゃないかと思っています」

CHAPTER2

尊厳、そして恩義。ふたつの価値観に導かれた入社

山根には、大事にするふたつの価値観があると言います。

そのひとつが、“尊厳”。

以前、山根が勤めていた老健には、先述の「尊厳のある生活の実現」という理念がありました。高齢者の方と日々を共に過ごしていく中で、そして介護の仕事を続けていく中で、その価値観を培ってきた山根。

山根 「私が考える尊厳というのは、“その人本人が、自分の人生をどうしたいかを選び、本人はもちろん、まわりもそれを尊重して生活していくこと”だと思っています。それを考えていた時、土屋のミッションである“小さな声”と“ありったけの誇らしさ”という部分に、まったく=(イコール)ではないにしても、≒(ニアリーイコール)として共感をしたんです」

そしてもうひとつ、山根が大事にしてきたのが“恩義”です。

山根には、前職で、介護について、そして人間の尊厳について共に意見を交わし、影響を受けてきた仲間がいました。その一人が現在、ホームケア土屋関東でマネージャーを務める小川 力信。その小川も通っていたというスクールで、恩義を感じた出来事があったと言います。

山根 「以前、とあるビジネススクールに通っていました。経営学や仕事の楽しさを学んだところも大きかったんですが、そこで大きな失敗があったんです。1年間学んだことを卒論として発表するんですが、その発表会を、金銭的なことも含め、自分たちで運営する機会があって。そこで身の丈に合っていない会場を選び、それがキャンセルになって、かなりの金銭的な負債を抱えました」

「正直なところ、寝れない生活が続き」、心身ともに潰れそうになっていたという山根。

山根 「負債をどうにかするという、自分ではどうにもこうにもできない状況の時にヘルプしてくれたのが小川マネージャーでした。厳しい状況が続いて、自分の中で必要なものを削っていかなければならなかった時、いちばん最後に残ったのが恩義だったんです。これは、仕事をする上で大事なものなのかなと思っています」

その後、20年近く同僚として勤めていた老健を先に退職し、土屋へ転職をした小川。そんな彼を追うように、山根自身も土屋が掲げるミッション「探し求める小さな声を ありったけの誇らしさと共に」への想いを深めていきます。

山根 「私は高齢者施設というものしか知らなかったので、訪問介護、なおかつ障害の部分は、関わりは薄かったんです。ただ、私が今まで進めてきたことをどう活かせるのか、大事と思っていたからこそ、前職でも進めてきた尊厳の部分に対して、そこを声高にどんと押し出している土屋という会社に興味が出てきて。小川マネージャーから話を聞きつつ入社を決めました」

“尊厳”と“恩義”。

長い時間をかけてあたためてきた、ふたつの価値観に導かれ、2021年6月、山根は土屋へ入社します。

CHAPTER3

ある音楽家一家が営む「尊厳のある生活の実践」との出会い

土屋に入社し、はじめて向かった在宅の現場。

目の前のたった一人に向き合うという重訪の現場で、山根はカルチャーショックを受けます。

山根 「ある方の支援に入った時のことでした。その方はかつて音楽家だったんですが、ALSを発症されて、楽器の演奏が難しくなっていたんです。でも『毎週、この時間』というふうに、奥様と息子さんと一緒に家の音楽室に入って、3人で音楽を奏でる時間がありました。
例えば同じことを施設でやろうとすると、フロアによっては30名、40名いらっしゃるので、個々のやりたいことをするにはあらゆる準備が必要です。なおかつ、家族と一緒となればさらに難しくて、年1回できたらいい方なのかもしれません。音楽家の方の支援現場を訪れた時、より実践していくことを考えると、在宅の方が圧倒的に尊厳のある生活ができる、と感じたんです」

前職では、部下に尊厳についてレポートを書いて提出してもらうなど、「面倒臭い上司だったんですよ(笑)」と自らを評する山根ですが、そこには介護という仕事、人間の生に正面から向き合う、たしかな志が見えてきます。

「そもそも、尊厳とは何かを理解していないと、尊厳のある生活の実現はできない」と言う山根。

山根 「例えば、大手コーヒーチェーンでは、長時間いても、『出ていってください』とは言わないんです。そこが目指すミッションはコーヒーを売ることではなく、たとえ学生でも、ビジネスマンでも、コーヒーを飲みながらその場でリラックスしたり、賢く学ぶという栄養を摂ってもらうこと。
それって、我々、介護の仕事も同じだなぁと思って。その場その場、その瞬間瞬間だけの介護やケアをするのではなくて、本人が求めていること──例えば、ご本人の背景とか今までのこと──を知った上で、生活を支え、コーディネートしていくということが、ひとつ、介護職がすることなのかな、と。そんな話のひとつが、先の音楽家一家の生活だと思うんです」

カレッジで自ら講師を務める時には、これから現場に向かうアテンダントたちに向けて、自身の経験を受講者に伝えている、という山根。考えるだけでなく、伝えるという仕事を通して、尊厳とは何か、日々、問いを投げかけています。

CHAPTER4

自分の言葉で伝えること。「理念と経営」、そして「学びと実践」の往復を

山根は今、株式会社としての土屋で、新たな価値観に触れています。

山根 「志や理念もそうだし、ケアということももちろん大事なんだけれど、それだけではダメで。経営や、お金というところも両輪ないと、失敗しちゃうのかな、と思います。私自身はどちらかというと、理念や『介護ってどういうところなんだろう』というとこしかやってきていないので、正直、経営的なところはとても弱いです。なので、これから、そこに対してできる限り追求したいと思っています」

ソーシャル・ビジネス・カンパニーである土屋。利益を追求しつつ、社会問題の解決を目的とする事業である限り、その理念と経営の両輪は欠かすことができません。

入社して半年。今いる場所から見る、自身の「これから」とは。

山根 「今すぐできるのは、自分の言葉で伝えるというところなのかな、と思うんです。もちろん、事業部の中でも、アテンダントやコーディネーターで考え方に差はあります。でも考え方を同じにするというのは難しいし、同じ方向にするのがいいかと言ったらそれは別なので。
だからこそ、ケアについての考え方、尊厳についての考え方、そこを追求していく。考えるということはし続けていかないと、1アテンダントとしては難しいのかなと思います」

「でも、言葉だけなら誰でもできてしまう」と山根は続けます。

山根 「学びと実践、これも両輪で続けていかないと。学んで実践して、省みて、学んで、っていうサイクルなのかな」

介護とは何か、尊厳とは何か。答えのない中で、考え、実践を繰り返し、新たな価値観の創造へと向かっている土屋の現在。

「小さい頃から日本史が好きで、恩義に尽くすことをした武将たちにシンパシーを感じていた」という山根。静かに高温で燃え続ける志と、他者へ伝えていく言葉という冷静さを持って、山根自身の小さな声もまた、仕事を共にする仲間たちに向かって響きはじめています。


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