
生きるとは何か/本間 豪(ホームケア土屋下関)
「プリンより、君の方が好き」
そう言って笑うその人は、余命一か月と宣告され、普段はボーっとした様子で動きも少ないが、私と会うと精一杯の愛情表現をしてくれる。私も嬉しい気持ちになる。
ところが別日、女性アテンダントが入ってくると、目を輝かせて表情も引き締まり、なんかモテようとしている。
本能に勝るものはないようだ。
余命一か月。
その言葉から私たちが想像する姿と、目の前の現実はあまりにも違っていた。
食事を楽しみ、冗談を言い、好きな人が来れば笑顔になる。
私は今、初めて看取りの介護に向き合っている。
前職から長い付き合いのあるクライアントで年齢も近い。
だからこそ、目の前にいる人がもう長くは生きられないという現実をどうしても受け入れられないでいる。
そして同時に、「生きるとは何だろう」と考え続けている。
今回読んだ本には、代表が創業当初から大切にしてきた思いが綴られていた。
「必要な人に必要なケアを届ける」
利益だけを追い求めるのではなく、小さな声を探し求め、本当に支援を必要としている人へケアを届けること。そして、その思いを一時的なものではなく、どうすれば未来へ永続させられるのかを考え続けること。
また、その理念に共感した創業メンバーの方々は、それぞれ異なる業界や職種、異なる人生を歩んできた人たちであったにも関わらず、それでも理念のもとで同じ方向を向き、それぞれの強みを生かしながら会社を築いてきた姿は、まさに「多様性」を体現しているように思えた。
土屋のバリューは、多様性を認め合い、ひとりひとりが理念を実践するための道標なのだと感じた。
私も自分自身の歩みを振り返ってみた。
私は福祉とは最も縁のない人間だったと思う。
学生の頃は障害のある人を「自分とは違う世界の人」だと思っていた。
学校にあった特別学級との交流は積極的に避け、ちょっとでも自分に近づいてくる人に対してはひどい対応をしていた。
そもそも他人にもあまり関心がなかった。
人のことはどうでもいい、と自分の価値観だけを信じて過ごしていた。
そんな私が福祉の世界へ入るとは、自分でも不思議でならない。
就職氷河期という時代背景もあったが、就職活動が思うようにいかず、やさぐれ生活が続いていた中、偶然観たテレビで障害福祉の現場を知った。
訳ありの若者が介護を通じて自分の人生を見つめ直していくというドキュメンタリーで、登場した若者に強くシンパシーを感じた。
「自分もやってみようかな」
これが今に繋がるすべての始まりだった。
さらに私を変えたのは妻との出会いだった。
妻は私を変えようとはしなかった。ただ理解し受け入れてくれた。
人は理解されることで安心感を得て、受け入れられることで能力が発揮できる。環境を整えることが何よりも重要。
そのことを私は妻から学び、今も福祉の現場で応用している。
本に書かれていた理念や多様性は、覚えることではなく自分自身の経験と重なったときに初めて自分の言葉になるのだと思った。
違いをなくすことではなく、違いを認め合うこと。
それが人と人を強く結びつけるのだと思う。
だから私は「支援」という言葉があまり好きではない。
利用者を支えているつもりでも、実際には私も支えられているからだ。
仕事ということで生活を支えてもらい、自分を内観する機会を与えられて、生きることを教えてもらっている。
看取りの現場に直面している今、そのことを以前にも増して強く感じる。
余命という言葉では、人の生き方は測れない。
好きな人に会えば嬉しくなる。
おいしいものを食べれば喜ぶ。
お互いの持っている時間を共有する。
そのひとつひとつが、人が「生きる」ということ。
かつて障害のある人を遠ざけていた私が、今ではその人たちから人生を学んでいる。
誰かを一方的に支えることが福祉ではなく、お互いを尊重し支え合うことでようやく成り立つもの。
今回の本を読み、その思いは確信へと変わった。
代表が思い描く未来は、誰かひとりの力で実現できるものではないため、ひとりひとりが理念を自分の言葉として理解し、日々の実践を積み重ねてこそ、未来へ受け継がれ、永続していくのだと思う。
私もその一員として、クライアントのみなさんから人生を学び続けながら、福祉とは「生きること」であるという答えを、自分自身の実践で伝えていきたい。





















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