
「小さな声」を探し求める
私にとって、介護のお仕事は当初、人生において選択しないであろう職業の一つでした。
それは私が高校時代の体験談になりますが、友人に誘われて特別養護老人ホームのボランティアに行ったことがあります。
最初こそ、施設の方と一緒に掃除のお手伝いやお茶くみの手伝いなどでしたが、お昼の時間に差し掛かり、グループに別れて、お食事の見守りもやってみましょう、という流れになりました。
今でこそ状況が分かりますが、私が最初に食事の見守りを行った方は、嚥下が弱く、お粥をご自分で口いっぱいに頬張っては、むせて吐き出すという傾向があり、見守り開始5秒で、吐き出したお粥が私の顔や衣服についたのです。
呆然としていた私をよそに、施設の職員の方が飛んできて、「苦しくないですか?」とその方にお声がけすると同時に、食べ物が衣服につくなどお構いなしに背中をさすっていました。
私はこの光景を見て、「私にはこの対応は無理だな」と思ったのと同時に、まず自分の衣服や顔が汚れたことを気にした自分が恥ずかしくなったのを覚えています。
本当は、1週間のボランティアを学校としてはお願いされていましたが、私は1日で心が折れ辞退しました。
因みに一緒に行った友人は適性が合ったのか、1週間の任期を満了し、評判も良かったそうで、その話を聞いた時は嫉妬した記憶もあります。
その友人は現在では、看護の道に進んでいます。
この体験があり、介護や福祉の仕事には距離をとっていた私ですが、再び介護業界と触れ合うことになります。
それは、大学の友人が独立して会社を作る手伝いを行った時です。
元々、友人の発案でOA機器の代理店業で会社を作る方針でしたが、代理店業だけでは、当然売上も月によって上がり下がりが激しいので、動機は不純ですが、安定した売上が立てられる商材はないかと始めたのが訪問介護でした。
幸い、共通の知り合いに介護経験がある方が何名かいたのと、OA機器のお客様も介護業界の方が多かったので、手伝ってもらったり、助言などを頂きながらOA機器の代理店業と並行して訪問介護を始めることになりました。
こうして、1度は挫折した介護の世界にまた舞い戻ることになりました。
仕事ですので、過去のボランティアとは違い、責任感を持ちながら介護の仕事に打ち込むようになりました。
紆余曲折あって、土屋でお世話になっている私ですが、本書を拝読し、様々なバックグラウンドを持ちながらもこれほど熱い気持ち、熱意をもった幹部の方、メンバーに出会え、一緒に働けることが嬉しく思います。
介護の世界に改めて触れて思ったことは、「1日として同じ日はない」ということです。
同じクライアントのケアに行ったとしても、その時々において表情や言葉、食べられた食事、食べられなかった食事、出来たこと、出来なくなったこと、環境の変化など特に生活と密接に関わっている介護や福祉という仕事だからこそ、様々な気づきが生まれると感じました。
また自分自身、この気づきが何かしらの形で、クライアントご本人やご家族、支えていく人々に温かみを感じてもらうきっかけになればと思いながら業務にあたるよう心がけております。
思い起こせば、社会人人生もうすぐ20年になりますが、この介護の仕事ほど挫折し、やりがいを感じた仕事はないかもしれません。
また本書を読み終えて感じたことは、もともとは別な業界で活躍されながらも、あるタイミングやターニングポイントで福祉という仕事、土屋という会社を選ばれた方が多く、だからこそ多角的な視点から、様々な問題に立ち向かっているのだと感じました。
同じく、他業界から福祉の業界に飛び込んだ私ですが、これからも、土屋という環境の中で、仲間や先輩方とともに切磋琢磨しながら成長できればと思います。




















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