今この原稿を書いている時は8月が過ぎ、9月に入ったばかりの時期です。
社会情勢的には、岸田首相が退陣を表明したことにより次の首相選び問題で立候補者が乱立し、誰を選んで良いのか本当に解らない事態となってきています。解らない中でも、今が重度障がい者にとって生きやすい世の中では無い以上、私は関心を深めていたいと思います。
この世の中を中心で動かしている根本は、それが良いかどうかは別にして国である事は間違いのない現実なので、目を光らせておく必要があると思っているのです。その為、少なくとも動向を把握するように努めています。
一生懸命働いてくださった健常者の方々の納税から生まれる血税を財源とし、活用させて頂きながら暮らさせてもらっている重度障がい者にとっては無関心ではいられない事だと思います。
このような意識が持てるようになったのは、重度障がい者の生活保障を考える運動を精力的に行ってきたことの一つの収穫であると、個人的には思っています。
そろそろ来年度予算の概要が提示されてきています。厚労省予算の中の障害分野に具体的にどう予算が配分されるか、それを基に私自身や介護者の生活のしやすさや、暮らしの質が決まっていくと言っても過言ではない問題です。なので、今後も継続して動向を見守っていく必要があると考えています。
6月21日の岸田首相の記者会見では、支持率低迷の中で何とか支持率アップを狙うために掲げられた低所得者への給付金問題についても、現首相の退陣と共に頓挫してしまったのかどうか不透明なままでした。
所得保障で生計をやっと立てられている私にとっては大きな関心事の一つである事は否めない事実です。個人に国のお金をばら撒く事はあまり良い政策では無い、と私は個人的に思っているのですが、毎月生活必需品の値上げが相次ぐ昨今では生活費の助けがあれば良いなと思ってしまう、甘い考えの私が居るのもこれまた仕方の無い現状にあるのです。
話題は変わりますが、子供たちが二学期を迎えるタイミングで、活動絡みで福祉映画の上映会に行く機会を得ました。「みんなの学校」という2006年に開校した大阪市立大空小学校の1年間をドキュメンタリーで追った映画を観て来ました。
その映画はフルインクルーシブ教育をテーマとしたもので、熱意ある校長先生を中心に、それに追随する教師陣達が繰り広げる、理想の教育課程を実現する一年を再現した映画でした。
私の率直な感想としては、障がい児も普通学校で共に学び共に育つインクルーシブ教育の実現はとても良い事だと思いました。そうなることで、その子どもたちの未来も地域で共に暮らす方向へとかじを切る事につながるので、この一部の学校が先駆的に実施できたという綺麗事に留まらない実現可能なシステムとなっていって欲しいと思いました。
しかし、その理想的な教育を一年だけでは無く行って行く為には、個人の資質や熱意に頼っていては永続性が難しくなるのも現実だと思いました。できたばかりの新しい学校で、人数も小規模だから理想を叶える事も可能であったのではないか、と思える場面も多々見受けられました。
そして、勉強が難しくなったり、担任の先生や校長先生が変わった後に、この映画に出てきた幾人かの生徒達がどのように変化していったのか、変化してもこの学校にい続けたまま卒業を迎える事ができたのか知りたくて、続編を見てみたいと思いました。
それから、大人になったであろう健常児と同級生であった障がい児が、学校という枠を超えて、何らかの形で繋がり続ける事が出来ているのか?一時的な状態として、あの映画を作った時の一年間だけ共に学び育ちあう事ができたに過ぎないのか知ってみたいと思いました。
2006年と言うと、もう18年も前の事となってしまっているので、この映画の中で描かれたフルインクルーシブ教育の実践がどう今の学校に活かされているのかは、大変興味深い事だと思います。
フルインクルーシブ教育が進んで、何処の学校でも共に学ぶ事が当たり前となっていれば、共に支え合う土壌は既にできているのですから、重度障がい者がどんな特性を持っていても、地域で生きていることを支える仕組みは容易に可能となっているはずなのです。
フルインクルーシブ教育が中々実現できない事が、介護人材不足の源流であるように思えてならないのです。
生きるとは、学校にいる時だけの問題では無い事は言うまでもありません。その意味ではこの映画が指し示す理想を一生続けて行かなければならないと思います。
ただでさえ教員の担い手も少なく、学校崩壊が叫ばれている昨今、共に学ぶ教育を原点に、学校で真に教えなければならない事を厳選し、教師の多大な負担の上に成り立つ教育の在り方そのものが、問い直されている時なのだと思います。
「共に生き共に学ぶ」をスローガンだけに終わらせないために何ができるのか、この映画を通じて考え続けていきたいと改めて考えさせられました。その原点は、「養護学校あかんねん」が世に出てきた時代にタイムスリップするように思えてなりません。
◆プロフィール
渡邉 由美子(わたなべ ゆみこ)
1968年出生
養護学校を卒業後、地域の作業所で働く。その後、2000年より東京に移住し一人暮らしを開始。重度の障害を持つ仲間の一人暮らし支援を精力的に行う。
◎主な社会参加活動
・公的介護保障要求運動
・重度訪問介護を担う介護者の養成活動
・次世代を担う若者たちにボランティアを通じて障がい者の存在を知らしめる活動