7つのゼロの実践と、それを支えるマネジメント

7つのゼロの実践と、それを支えるマネジメント

4月14日に開かれた高齢者地域生活推進委員会では、総合ケアセンター駒場苑の坂野悠己施設長にご登壇いただきました。「介護百人一首」など、SNSで介護業界の奥深さを発信する坂野施設長。背景には、業界全体を変えていこうという思いがあります。

講師 総合ケアセンター駒場苑 施設長 坂野悠己氏

今回は、駒場苑の特養で取り組んでいる「7つのゼロ」についてお話したいと思います。

特養は55床と、比較的小規模です。利用者さんの介護度は平均4・2と重め。職員の人数は必要最小限で、看護師さんやリハビリ担当の職員さんが加わり、何とかやっている状態です。建物は古く、一度見学しただけでは「こんなところで7つのゼロなんてできるのだろうか」と思うかもしれません。
それでも、ソフト面を工夫すればできるんだ、と分かっていただければ嬉しいです。

7つのゼロを掲げると「無理やりやっているんじゃないか」「施設側の自己満足じゃないか」と誤解されがちです。
私たちの目的は「最期まで気持ちよく、主体的で、その人らしい生活を支えること」。

7つのゼロは、あくまで目的を達成するためのツールです。

また、全項目がゼロになっているわけではありません。例えば「おむつゼロ」と言っても、おむつを全否定しているわけではないんです。ただ安易におむつを使うのではなく、その人にとってベストかどうかをしっかり検討することが大切だと考えています。

(1)おむつ・下剤ゼロ

駒場苑の利用者のうち、6~7割は綿パンツにパッドを着けて生活しています。残りの3割の方はいわゆるリハビリパンツ(紙パンツ)とパッド。テープ式おむつを着けている方は、1人いるかいないかです。 綿パンツにこだわっているのには、いくつか理由があります。

①皮膚トラブルや不眠の減少

パッドとおむつを着け、ズボンをはき、布団をかけて寝ると、いくら通気性が良いおむつでも蒸れてしまいます。あせもができてかゆくなり、かきこわしたり、皮むけが起きたりします。それが理由で、不眠になってしまう方もいます。
パッドも多少蒸れますが、外側が綿パンツだと、風通しが良いんです。利用者さんの褥瘡や発赤は激減し、よく眠れる方も増えました。

②利用者さんのメンタルケア皮膚トラブルや不眠の減少

高齢者の中には「若い人におむつを交換してもらうぐらいなら、死んだほうが良い」とおっしゃる方がいます。私も介護現場で、そういった台詞をよく耳にしました。パッドだけ替えてもらうのと、おむつを交換するのとでは、利用者さん本人の受け止め方が違うと思います。駒場苑ではおむつをやめてから、そういった発言を聞いていません。

③職員のマネジメント

組織には、「優秀なトップクラスの人」が2割、「割り切って働いている中間層」が6割、「劣悪な仕事(職員都合でスピードのみを重視した介護)をする人」が2割という、いわゆる「2・6・2の法則」があると言われています。下位の2割がいなくなることは、基本的にありません。そこで、仕事の仕組みそのものを検討する必要があります。

例えば意識が高い職員は、おむつでも綿パンツでも、利用者さんの排泄のタイミングをしっかり見極めて対応します。
一方、意識が低い2割の人は、おむつ着用の場合、交換せずに放置することがあります。
でも、綿パンツとパッド着用の場合、長時間放置するとズボンやシーツが濡れてしまう。職員の負担が増えるわけです。すると業務量を増やしたくない下位の2割は、パッド交換のタイミングを見極めるようになります。人の意識を変えるのには限界がありますが、行動は変えられるんです。

その他の工夫

●おむつを使うことに対して、職員に特別感を感じてもらうため、駒場苑ではある「演出」をしています。おむつを別の場所に保管する、というものです。必要な場合は職員が申請し、必要な分だけ受け取ります。おむつが倉庫にたくさん置かれていると、「どうぞたくさん使ってください」というメッセージになってしまい、工夫につながらないからです。

●ポータブルトイレを使って、座位ができる人はなるべく座って排泄してもらうよう工夫しています。寝たままだと腹圧がかからないため、お通じを出すのは難しく、心理的な抵抗も生まれます。なるべく食後に、座ってトイレをしてもらうことで、便失禁は減少。下剤の量も最小限に減らすことができ、内臓への負担も少なくできています。

(2)機械浴ゼロ

機械浴を標準装備としている老健施設は多いですが、必ずしも適切な方法といえるのだろうか、と思っています。たしかに職員も利用者も楽ですが、楽=良い、とは限りません。自分で体を洗えるのに機械を使ったり、自分で浴槽をまたげるのにリフトに乗ったり。利用者さんが本来持っている力を使わないと、体の機能はどんどん衰え、重度化が早まってしまいます。一時的には楽かもしれませんが、長期的な視点にたつと、結果的に介助者の負担は増えるといえます。

 従来の駒場苑はすべて機械浴でしたが、個浴を導入したことで重度化が遅くなり、利用者さんによっては介護度が軽くなった人もいます。生活リハビリの力は、それだけ大きいんです。

駒場苑では、ヒノキ風呂を導入していえます。一度台に腰かけてから出入りする形状で、深さもカスタマイズできます。香りが良く、利用者さんからは「温泉に来たみたいだ」との声があがりました。入浴拒否していた人が入るようになったケースもあります。

 

職員から「重度の人にこそヒノキ風呂に入ってほしい」との意見が出たため、施設内に入浴委員会を立ち上げ、座位が難しい方でも入れるヒノキ風呂を開発しました。体を洗うスペースを広くとり、台も低く設計してもらうことで、利用者さんに安心して入浴いただいています。

介助の方法も変えました。機械浴の時は、利用者さんを呼びに行く人、着替えを手伝う人、洗う人、部屋に送る人と分業体制でした。効率は良かったのですが、ゆっくりできず、利用者さんの満足度が高くありませんでした。そこでヒノキ風呂に変えてからは、マンツーマン体制に変更しました。

毎日すべての浴槽をオープンにし、1日に各フロア6人ずつ入る形にしました。午前中に2人、午後に4人。1人につき45分です。生活リハビリになるのはもちろん、お風呂でコミュニケーションを取ることで、食べたいものなどの聞き取りもできます。

また、マンツーマンにすると、職員の責任の所在が明確になります。45分あるので、心に余裕をもって接することも可能になりました。介助の質は上がり、お風呂での事故は減少しました。

(3)誤嚥性肺炎ゼロ

もちろん、寝ている状態で唾液が気管に入ってしまうケースは防げません。ここでの「ゼロ」は、我々が配慮できる範囲のものをゼロにする、ということです。

①小スプーンへの変更

以前、駒場苑では誤嚥性肺炎が多発していました。原因のひとつは、食事の介助時にカレー用のスプーンを使っていたことでした。大容量をすくえるスプーンを使えば、介助のスピードは上がるからです。でもそれだと誤嚥や窒息のリスクが高まり、非常に危険です。

そこで、まずはスプーンを小さいものに変更しました。先ほど「2:6:2の法則」についてお話しましたが、下位2割の職員は、どうしてもスプーンで大盛りにしてしまいます。でも、注意喚起には限界がある。そこで、大盛りにしても大丈夫なように、小スプーンで対策しました。

②座って食事介助する(おやつの時間を廃止)

スピードや効率を重視して、立ったまま介助するケースがあります。これだと利用者さんの顎が上がり、気管が開いた状態になるため、誤嚥のリスクが高まります。そこで駒場苑では、座って介助することを基本としました。

当時は職員から「座った状態で小スプーンを使って介助していたら、業務が押してしまう」とクレームが来ました。具体的にどの業務が押すのか聞いたところ、「10時のお茶の時間が押す」と返ってきました。

多くの老健施設では、朝食→10時のお茶→昼食→15時のおやつ→夕食という日程が組まれています。利用者さんの水分摂取量を増やすためです。でも私は、このお茶とおやつの時間が良くない、と思いました。職員にとって、ノルマになってしまうからです。

10時のお茶の時間に、利用者さん全員を集める必要があります。その状態に至るまでを逆算して、職員は利用者さんを起こし、水分を取ってもらい、朝食の介助をし、排泄の介助を進めます。すると、一番早い利用者さんは5時台に起こされるんです。朝食まで2時間ほど待たされ、食べ始めるころには眠くなって寝てしまいます。当たり前ですよね。

そこで駒場苑では、10時と15時のお茶の時間を無くしました。普通に暮らしていたら、早起きの人も、そうでない人もいますよね。駒場苑でも無理に起こすことはせず、その人の起きた時間に合わせて、3陣ぐらいに分かれて食事を提供します。食事の時間が長くなる分、水分量も増え、お茶の時間は必要なくなります。

(4)脱水ゼロ

駒場苑では週に1度、利用者さんが好きなものをネットスーパーで注文する機会があります。人生最後に過ごす場所だからこそ、好きな食べ物や飲み物を楽しんでもらいたい。利用者さんたちは甘いもの、コーラ、カップラーメンなどを注文します。

健康のためにずっとお茶を飲んでいたら、飽きますよね。好きなものを飲んでもらえれば、脱水にはなりません。そういったメリハリは大切だと思っています。

(5)寝かせきり、拘束ゼロ

駒場苑では、地域ボランティアやリハビリ職の方たちに協力いただき、余った時間でレクをしています。普段から最小限の人数でやっているため、介護職員には「レクはやらなくて良い」と伝えています。

拘束ゼロを掲げるメリットは、その方針に賛同・共感した利用者さんやご家族が来てくれるところです。入所前には、「転倒や事故のリスクはあるものの、利用者さんの自由度を確保したいため、拘束はしません」と伝えます。ブランディングという点でも、大事なことだと思います。

 以上の話を聞くと、「大変そうだな」と思うかもしれません。でも、その分「やらなくて良いこと」も増やすことで、業務量のバランスをはかっています。

おわりに

以上、駒場苑での取り組みについてお話しましたが、私は法人や地域を越えて、業界全体の質向上に貢献する事業所になりたいと思っています。良い事業所が増えれば、業界で働きたい人も増えます。そんな未来を目指して、今後も発信していければと思います。

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