進化論から考える介護の未来とは?セミナーレポート
11月9日、高齢者地域生活推進委員会は介護職をこれからも続けたいと思っている人を対象とした社外セミナー「進化論から考える介護の未来とは?」を開催しました。当日は100名を超える方々が、講師の酒井穣さん(株式会社リクシス代表取締役副社長)の話を熱心に聞いていました。リクシスは「情報とつながりで幸せな長生きを実現する」というミッションを掲げ、仕事と介護の両立支援システムの提供や、シニアビジネス創造支援事業などをおこなっています。また、酒井さんご自身は、お母様の介護を30年以上経験しており、キャリアとの両立に努めてきました。その経験から「一人一人の善意だけで社会を変えるのは難しく、仕組みそのものを変えていくしかない」との考えをお持ちだといいます。昨年に新著『リーダーシップ進化論』を出版されたことから、今回は「進化論から考える介護の未来」をテーマに講演いただきました。
まず酒井さんは、社会全体が貧困に向かっている現状を「自己組織化」の一環だと分析します。高齢化が進み、介護しながら働く人が増え、物価や税金も高騰する中、現役世代は苦しい生活を強いられます。ただこの状況を生み出した「悪者」のような存在がいるわけではなく、それぞれが善意を持って生活していても、こうした悲惨な状況が生まれてしまう歴史的背景について語っています。そして、そうした「自己組織化」が生んだ状況に立ち向かうことが、リーダーシップだと説きます。
では、介護ロボット技術が発達する中、介護の仕事はどのように変化していくのでしょう。酒井さんは、究極のケアとは「人生の意味に向き合う苦しさ(スピリチュアルペイン)に寄り添い、一緒に悩む」ことだと言います。ともに悩みながら、世界のすばらしさに目を向けようとするのが介護であり、これは人工知能にはできないことだと強調します。介護の仕事は食事や排せつ、入浴の介助が時間の大部分を占めるものの、これらは目的を達成するための手段にすぎません。例えば半身不随になった高齢男性が「もう祭りで神輿を担げないなあ」と漏らしたのに介護職が気づき、体を支えながら一緒に神輿を担いだ、という事例があります。介護は、利用者が1日でも長く生きられるために支援するのではなく、世界の素晴らしさと向き合い、その人が笑顔になる瞬間を生み出すことを目的としているのです。
実際どのように行動へ移せば良いのかについて、酒井さんは「群れのルール」を用いて説明します。動物は群れで行動する際、外敵から身を守るために①衝突を避ける②中心位置へ向かう③近くにいる個体と速度を合わせる―といった習性を持っているそうです。人間もまた、長い進化の過程で、これと同じ習性を持っています。ただ大多数が貧困に向かう現在、群れのルールに盲目的に従うことは危険です。酒井さんは「ミツバチのダンス」の仕組みを説明した上で、「社会を変えるために誰かを説得する必要はなく、自ら動くことが大事だ」と強調します。他の人と別のポジションを取ることはむしろチャンスであり、①自分にできること②顧客が求めること③競合にはできないこと、これら3要素が重なる「スイートスポット」が重要だといいます。これらの考え方をもとに、自身のキャリア、そして事業所としてできることを考えていくことが大切とのことです。
講演後の質疑応答では、参加者から「介護職は、相手にありがとうと言われることにやりがいを感じる人が多い。そんな中でリーダーシップを発揮するためには、どんな後押しをすれば良いのか」との質問が出ました。酒井さんは「リーダーシップがないと思われている人を集めると、自然とそこからリーダーが出てくる。リーダーシップは生まれ持ったものではなく、環境によって出現するものだ」と回答しました。具体的に環境とは「勝てるか負けるか分からない、意思決定によって未来が変わりうる状況」だと言います。勝つことが明らかな試合、負けることが明らかな試合に、リーダーは必要ありません。酒井さんは「リーダーシップを育てたいのであれば、目標を設定したり相手への期待値を示したりして、環境を整えることが大事だ」と説明しました。
また別の職員からは「群れで悪目立ちするとたたかれやすく、どうしても没個性が大事だと思ってしまう時がある」との声が上がりました。これに対して酒井さんは「たいがいのことは群れのルールに従う形でも問題ない」と言います。ただ、他の誰かが不当な扱いを受けているときに、怒りを原動力として半歩出てみることがリーダーシップだ、と話しました。