【高齢者地域生活推進委員会】第7回 勉強会レポート
テーマ
このケアって意味あります? 〜認知症重度の方の“無反応”を理解する〜

開催概要
日時:2026年5月21日(木) 17:00~18:00
講師:坂本孝輔氏(認知症専門の介護福祉士)
~重度認知症の方の「心(パイロット)」に語り掛けるという視点~
本勉強会では、認知症ケアにおける「反応が乏しい」方との向き合い方の「シリーズ1」として、「認知症重度の方への接し方(深掘り理解編)」について学んだ。
反応が乏しい方の背景にある心理、「手ごたえのなさを感じるケア」の捉え方を変え、明日から納得感を持って現場に向き合える学びの場となった。
1.認知症ケアの現場で直面する「認知症重度の方への接し方」

事例
入居施設で生活する認知症重度の冬月さん(男性)を巡る、若手介護職員・加地君と葛城さん(共に介護歴2年目)の戸惑い、上司のイカリさんを題材にした事例。
課題
加地君は、反応が乏しい冬月さんに対して「介護の張り合いがない」「ケアをする意味があるのか」と疑問を抱いており、その言動が気になっている葛城さんが、上司のイカリ管理者に相談する。
管理者は、「重度認知症の方のケアについての助言」をどのようにすべきかを悩んでおり、その相談への回答を探している。
認知症後期(冬月さんのような)の人のイメージ「無反応に見える」
- 日常生活すべてに介助が必要(食事·排泄·更衣·移動など)
- 言葉でのやりとりはほぼ困難(返答がない)
- 感情表現が乏しい(笑う·泣く·怒るなどが見られにくい)
- 反応が薄く、表情の変化が少ない
- 自分から動くことはほとんどない(声をかけても反応が鈍い)
- 意思表示も難しく、判断力が低下している
2.「反応が乏しい」という評価を見直す
認知症重度の方を「反応が薄い」「感情表現が乏しい」として、捉えてしまいがちだが、本勉強会ではその認識の「考え方の転換」が提示された。
「反応が乏しい」の正体
認知機能の低下により、不快な刺激(暑い、痛いなど)を感じても、それを処理して表情や態度として反応をアウトプットする「余力」を失っている状態である可能性が高い。
「心」はある
反応が乏しい=心がない、と決めつけるのは不適切。本人は感じているが、それを伝える手段を失っているだけである、という「仮説を持って関わる」ことが重要である。
3.心の知覚という本能を超える
人間には、自分と同じように意思を持って動くものに「心」を感じる一方、そうでないものに「心がない」と判断して「心の知覚」という「本能的なバイアス」がある。
介護職として求められる専門性は、この本能を乗り越える姿勢である。
相手を単なる「機能が壊れたロボット」としてではなく、その中にパイロット(心・意識)がいる前提で働きかける姿勢が、専門職として重要。
4.介護という行為の意義と人間らしさ
能力や生産性で人を評価し、排除する社会は「心理的安全性が低い」殺伐とした社会。
人間らしい行為
人類は長い歴史の中で、役立つ・立たないに関わらず「どんな状態の人でも尊重し、仲間の介護や治療で生かしていく」という道を選択してきた(例:古い化石から介護の痕跡が確認されている)。
専門職の誇り
介護とは、どんな心と体であっても幸せに生きる権利を保障する、人間が作り上げた世界の尊厳を支える役割としての到達点であり、非常に人間らしく、意義のある仕事である。
【結論】
「反応が乏しい」に見える方へのケアにおいて大切なのは、当事者意識を持ち、その方がどのような状況に置かれているかをリアルにイメージすることが必要。
自分の「心の知覚(本能)」が働いていることを自覚し、本能を超えて、相手の存在に語りかける専門職の姿勢を持つことで見え方が変わる可能性がある。
以上














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