【CSR推進協議会】サマーセミナー 「津久井やまゆり園事件から10年 ―優生思想を乗り越えるために」への参加報告

【CSR推進協議会】サマーセミナー
「津久井やまゆり園事件から10年 ―優生思想を乗り越えるために」への参加報告

このたび、津久井やまゆり園事件から10年の節目に開催されたサマーセミナーに、当協議会のメンバーが参加いたしました。

犠牲となられた方々に思いを寄せ、黙とうをささげたのち、障害のある当事者によるバンドの歌で幕を開けた一日は、「誰もが当たり前に生きられる社会」について改めて考える貴重な機会となりました。

開催概要

日 時:2026年7月23日(木)13:00〜17:30
会 場:衆議院第一議員会館 大会議場
主 催:NPO法人日本障害者協議会
参 加:土屋より3名

セミナーで共有された主な内容

・事件の経緯とその後の裁判をふり返り、「なぜこの事件が起きたのか」がいまだ十分に解明されていないこと、検証を続けていく必要があること
・強い行動上の困りごとを抱えていた方が、施設から地域のグループホームへ生活の場を移し、3年間の丁寧な関わりの中で暮らしが落ち着き、働いて得る収入も増えていったという実践報告。

ご本人の変化が、支援する職員や法人、地域の側にも変化をもたらしたことが語られました。
「当事者目線の障害福祉推進条例」(2023年4月施行)にもとづく、わかりやすい情報の提供、意思決定を支える仕組みづくり、学校への出前講座、施策づくりの場へのご本人の参加といった取り組み
・知的障害のある当事者の団体から、困ったときに「助けて」と言える仕組みが必要であること、そして「話せないこと」と「気持ちを伝えられないこと」は違うという、力強い問いかけ
・教育・報道・法律それぞれの立場から、いまの社会の中に形を変えて残る「人を役に立つかどうかで測るまなざし」についての報告

参加を通して得られたこと

支援に携わる私たち自身の中にも、無意識のうちに人を比べてしまう気持ちが生まれうること。
そしてそれは個人の心がけだけの問題ではなく、人手不足や働く環境といった課題とあわせて向き合うべきものであること。

こうした率直な声にあらためて背筋を正される思いでした。

締めくくりでは、人権は「尊重」にとどまるものではなく、国や自治体、そして福祉に携わる事業者が「保障」する責任を負うものであるという考え方が示されました。

支援者一人ひとりが「人権保障の担い手」であるという視点を、しっかり受けとめてまいります。

セミナー参加者のコメント・感想

古本 聡

今回のセミナーで、私の心に深く残ったいくつかの言葉がありました。
その一つは「内なる優生思想」という言葉です。

若い頃から幾度となく耳にし、口にしてきたこの言葉の、本当の意味にようやく触れられたような気がして、心が震えました。
それは、法学研究者の方の総括にあった「偏見と差別は違うものである」という一言と、深いところでつながっていました。

優生思想は、誰の心の中にも潜んでいるものなのだと思います。
それは偏見という、あくまで個々人の内側にある、ものの見方であり、外側にいる誰かがそれを真っ向から否定することはできません。

否定しようとする側の心の中にさえ、同じ優生思想が息をひそめているのかもしれない。
そう思うと、簡単に誰かを断罪することなどできないのだと気づかされます。

しかし、この内なる偏見を他者に向けて投げつける行為は、まぎれもなく暴力であり、犯罪です。
私たちはそのことを、決して忘れてはならないのだと思います。

そして、少なくとも社会福祉という仕事に携わる者であるならば、偏見と差別との間にある、その細く危うい境界線を、自分の目でしっかりと見極めていなければならないのだと、改めて心に刻みました。

津久井やまゆり園事件を報じる記事の中で、「19人の障害者が殺された」という表現が使われていたことについて、当事者の方が語られた「障害者ではなく、人間が殺されたのだ」。この一言を、私はこれからも決して忘れずにいたいと思います。

古本 由美子

今回のセミナーでは、事件から10年という節目を迎え、事件を風化させないこと、そして優生思想的な考え方を社会に広げないために、一人ひとりが意識し続けることの重要性を改めて感じました。

4 時間半に及ぶセミナーでしたが、時間が足りないと感じるほど内容が濃く、多くの学びがありました。

特に印象的だったのは、植松死刑囚と何度も面会を重ねた法学者の「彼には考え抜かれた確固たる思想はなかった」という言葉です。

事件を起こしたことで注目を集めること自体が目的だった可能性がある、という話は、衝撃と共に「やはり、そうだったか」という思いがしました。

そして、植松死刑囚もまた、人の価値を「役に立つかどうか」で測ってしまう価値観の中で生きていたのではないか、社会に漂う空気に飲み込まれてしまった一人だったのかもしれないという思いが、胸をよぎりました。

私としては全容が明らかになるまでは、刑の執行はしてほしくないと思っています。

「彼の中には、立派な思想など何ひとつなかったのだ」ということが確実に社会に伝わっていくことこそが、同じような事件を二度と繰り返させないための、確かな一歩になるのではないかと感じています。

原 香織

いまなお、優生思想は形を変えて社会に根強く存在しています。

セミナー内で「内なる優生思想や本音はあっても良いと思う。でも、それを自覚しながら、障害のある人のことを対等に一人の人間として関心を持って欲しい。職員は障害者と向き合い、人として生きていけるように支援をする」という社会福祉法人の施設長の言葉がありました。

現場の支援から教育、メディア、法制度に至るまで、あらゆる分野で一人ひとりが「人権保障の担い手」としての自覚を持つこと、そして分け隔てなく誰もが安心して笑顔で暮らせる「インクルーシブな社会」の実現に向け、私たち土屋としても、この事を忘れず継続的に語り継ぎ、小さな植松、第二の植松を生まない取り組みが必要であると感じました。

セミナーの参加報告を動画でご紹介しています
優生思想について改めて考える機会として、ぜひご覧ください。

今後の取り組み

  • セミナーで得た学びを、研修や各委員会の場を通じて職員間で共有してまいります。
  • クライアントの意思を中心に置いた支援と、わかりやすい情報を届けるということを、日々の実践の中でさらに進めてまいります。
  • 地域に開かれた活動を大切にし、この事件を風化させることなく、語り継いでまいります。

おわりに

10年という節目は、過去をふり返るためだけのものではなく、これからの社会をどうつくるかを考えるための出発点でもあると感じています。

分け隔てなく、誰もが安心して笑顔で暮らせる社会の実現に向けて、一歩ずつ歩みを進めてまいります。

今後も各委員会と連携を深め、クライアント・地域・社会に対して誠実で透明性の高い組織運営を継続してまいります。

TOP